Archive for the ‘自分語り’ Category

「悪い大人」

久しぶりに日経BPネタ。

プログラミング教育にも悪い大人が群がってしまうのか (3/3)

ただ、こうした人が自分でソフトウエアを作っているという話は聞いたことがなかった。オープンソースソフトウエアの開発に参加するでもなく、オープンソースソフトウエアを使ってシステムを開発するでもない。「オープンソース推進」という謎の運動の旗を振っているだけだ。

この話に該当する人を私は知らない。

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行かない

八田さめがFacebookで書いてて、風穴君からメッセージ来たんだが、

第1回:オープンソース歴史研究会──ビジネスとコミュニティの視点から

行かない。まぁこんなことは返事書けばいいんだが、話せば長いし、「オープンソース」について私がどう思っているかは興味ある人もいるだろうから、公開の場に書いておく。

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昔、全文検索エンジンを作っていた

これは単なる昔話である。

しかし、ある種の人達にとっては、「技術的昔話」はとても意味のあることもある。それは技術そのものではない事情だ。そういった人達のために記録しておく。この文章の技術的な価値は、現代ではほぼ0であろう。以下の話は技術的なことに見えるが、あくまでもそれは

エビデンス

としてであって、技術そのものとしては価値はない。今となっては、誰でも知ってることに過ぎない。「当時」だから価値があったのだ。願わくは、この文章が価値を持たないで欲しいと思いつつ書いている。

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実践Node.jsプログラミング

IT書翻訳の大家、吉川邦夫氏と共同の本が出ました。

これは、「Node.js in Action」の翻訳です。

これね。

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私がフリーソフトの威力を知った時

その昔、まだ私がCAPTAINなんてものの仕事をしてた頃の話。

ある時プロトコルが変更になって、それまで特殊なモデムが必要だったのが、その辺のモデムとパソコンでも出来るようになった。そしたら、いくつかのメーカとNTTから、そのためのソフトは有償ソフトとして販売されるようになった。「特殊なハードウェア」を要求しなくなったので、一気にいろいろやりやすくなったのだ。

メーカはさて置き、NTTはいろんな経緯からタダで出しても良いよなーと思って、その手の会合の時に「タダにしろ」と迫ったんだが、

「金かけて作ったものを無償配布は出来ない」

とゆー理由で蹴られていた。まぁ、ある意味「正論」である。

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日々のお料理

最近は、毎日のようにフランスパンを焼いてます。そのうちレシピ書こうと思ってるけど、まだまだ実験要素が多いんで。

いかにもセレブっぽいのだけど、どうも御飯を炊くよりも、その方が安くつくらしいことに気がついたからでもあります。オーブンの余熱とか電気食いそうだけど、稼動時間で言えば炊飯器よりも短いし、保温する必要もないので、多分電力的には得をしてる。手間はいろいろ工夫して省力化したので、御飯を炊くのと大差ないレベルになってます。

それ以外のおかず類も、毎食作ります。私は何でも「食べ切り」の量しか作らないので、一般家庭の食卓には「前の時に出たおかずの残りがあって品数稼ぐ」とか「常備菜」とかあったりするようだけど、うちにはありません。まぁその分品数少ないのだけど。

忙しいと作らないかと言えばそんなことはなく、週に5日徹夜してるような時でも、毎食作ってます。

よく「自炊は却って金がかかる」とか言う人がいるけど、そんなこともなく。まぁ、松屋の「ネギ塩豚カルビ丼」のコストパフォーマンスの良さは凄いと思うけど。

また、「男の人の料理って趣味だから」とか言っちゃう主婦とかいるんだけど、うちでは完全にルーチンワーク。「作る」とか「工夫する」ってのに趣味要素とゆーか、

hack

要素はあるのだけど、いかにも趣味の料理ですみたいな、コスト無視なんてものは、まぁ滅多に作りません。毎日のことですから。

私にとってはそれが普段の生活で、ことさら贅沢をしてるわけでもなく、却ってコスト的には得をしてるし、あまり面倒臭いとも思わずにやってます。面倒臭くならないように、手間を減らしたりして、それもまたhackで楽しい。

買って来る食材も、いかにも素材っぽいものばかりで、インスタント食品とか冷凍食品とかは、まぁ滅多に買いません。アメ横センタービルの地下で売ってる業務用の水餃子は、コストパフォーマンス素晴しいから買うけど、まぁそれくらい。

別に自作至上主義とかじゃなくて、インスタント食品や冷凍食品は結構高くつくので、そういったものを買うくらいだったら外食しちゃえと思ってます。それに、素材の方が応用しやすいので、食材がムダにならない。そもそも「××を作るために」とか思って食材買うことってあまりなくて、冷蔵庫覗いて「あー、あれがあるなら、これ作る」とかやってるし。

時々書いてるレシピを見るとわかるけど、あまり計ってものを作りません。「だいたいこんなもん」で作ってます。まぁこれも失敗しない秘訣とかあるので、また機会があったら書こうかと思います。

たまに数値入りのレシピがあるのは、数値通りにしないと再現性が著しく下がると思われるものです。主な材料が小麦粉なものは、ある程度ちゃんと計らないと再現性が下がります。と言っても、数値通りにしたら失敗しないとか、数値通りにしないと絶対ダメだとかってことはなくて、あくまでも目安であって、細かいところは「感触」だったりするわけですが。

つーことで、私が日々作るお料理なんてのは、「いかにもちゃんとしたもの」に見えても、たいして金はかかってないし、実はそんなにちゃんとしてるわけでもないし、凄い趣味でもない。なんつーか、

ルーチンワーク

なのです。

頼む側の論理頼まれる側の論理

伊東せんせの一連の話。

「本当に大切な相手にまじめに何かを頼みたいのなら、必ず万年筆全文自筆の手紙を記念切手でお送り等するのが人間として当たり前」

まー、読むまでもなく、想像に難くなく、ネガティブな反応が多いわけだが。

同じような経験を持っていれば、「ちょっと大袈裟だなぁ」と思いつつ、趣旨には非常にうなづくものがある。この辺の話は、昔も書いてる

出版社

実は以下の文章を書いてから↑のエントリを読んで「なんだ、同じこと書いてんじゃん」って自分で思ってしまったわけだが。

「万年筆全文自筆の手紙を記念切手で」と言うのは、確かに大袈裟なのではあるのだけど、依頼する側はそれなりの敬意とゆーか、配慮を持って欲しいと思う。こういったある意味

不遜

なことを思ったり言ったりするのは、言ってる本人としてもとても心苦しい。難しいことを言わずに、はいはいといい顔をして引き受けているのは、とても気が楽だ。実際、「依頼」が少ない時には自分でもそう思っていたし、そうしていた。

ところが、これも「依頼」がある程度までの話だ。自分の余暇の範囲で、あるいは自分の勉強の範囲で許容出来る範囲の「依頼」であれば、何の問題もない。喜んで引き受けていればいい。暇潰しでもあろうし、自己研鑽の機会でもあるし、顔を売る機会でもある。

ところが、ある閾値を越えてしまって、自分の本来業務を食うとか、自分が本来取るべき休息の時間まで使うとか、あるいは「持ち出し」が出て来ると、話は違って来る。非常に心苦しいが、

お断わり

をしなきゃけなくなる。そして、それでもさらに「依頼」が増えた時には「フィルタ」をかけてしまうことになる。伊東せんせの場合はそれが「万年筆全文自筆の手紙を記念切手で」になるということだろう。

こういった「依頼」というのは、たいていは自分の本来の業務の外だ。自分の自由時間の範囲であれば、それは何に使おうと自由なのだけど、それを越えて自分の自由時間の範囲を越えてしまった場合、いきなり

損得

を考えなければいけなくなる。

サラリーマンでもわかる範囲で言えば、「依頼」が「有給休暇」の範囲であれば、多少多くても我慢の範囲だ。アシさえ出なければ、まぁいくらでも引き受けていい。でも、その「有給休暇」を越えてしまったらどうなるだろう。もらえるギャラとか謝礼が、欠勤で給料カットされる部分を越えていれば、まぁ引き受けてもいい。でも、ノーギャラとかボランティアの類になってしまったらどうなるか。

あるいはそれが、「自己投資」と思えるようなこと、あるいは「自分で金出しても」と思えるようなことであれば、「欠勤」でもいいかも知れない。でも、そういった「依頼」が増えて来ると、そういった納得の仕方が出来ない種類の「依頼」も増えて来る。つまり、

気乗りがしない上に得にならない

ことまでしなければいけなくなるのだ。

こう言った、一種「キレた」ようなフィルタと言うのは、実は「依頼」を誠実に引き受けている人程なりやすいのではないかと思う(実際伊東せんせは@には誠実に返事をする人だ)。自分の経験でも、「依頼」があったので一生懸命準備したり対応してたりしたら、

「やっぱりいいです」

とか軽く言って来る人は少なくなかった。引き受けている方は誠実に対応しているのに、依頼する方の気持ちの軽いこと。そういったのは、何回かに一回というくらいの高頻度で起きる。そういったのを何度か受けていると、

「頼む方も覚悟して来いや」

と言いたくなってもおかしくない。

断わる方は「どうせあちこちで同じ話してるんだろ」とか思ってるフシがあるのだけど(実際、他と同じ話でいいんで安くとか言って来る依頼者もあった)、「誠実」に対応すればそういうわけには行かない。「依頼」の度に準備をする。「もしかして前と同じ人が来ているかも知れない(たまにある)」とか思うと、同じ話なんて出来るわけがない。となると、そういった「やっぱりいいです」の準備は、たいていムダになる。

ギャラや謝礼の類もそうで、自分のいろんな単価と比べて安くなって来ると、元々の自分の顧客に対して申し訳なくなって来る。たとえば、「1人月100万円」の人を1日拘束すれば、5万円だ。ところが、高々1時間程度の講演会とかで5万円は「破格」なのだ。1時間の講演会であっても、準備や移動とか考えれば、1日やそこらはかかるわけだけど、講演者としては素人の隣りの人に、そんなに高いギャラや謝礼は払えない。つまり、「正価」を払ってる客から見ると、

「なんでよそで安く働いてるの?」

ってことになるのだ。

まぁそういった「細かい」ことはどうでもいい。ただ、「依頼」はある程度を越えると突然引き受けることが難しいことになってしまい、「原価」とかを計算しなきゃいけないものになってしまう。そして、誠実に対応すればする程、そのストレスは大きくなるということは、「頼む側」の人は理解しておいていい。

逆にまぁ、ある程度暇になって来ると(つまり閾値よりも頻度が下がると)、「たまにはそんな話来ないかな」とか思ってしまうワガママもあったりするのだけど、それについてはまた別の機会に覚えていたら。ただ、

「偉い俺様に依頼するんだったら、それくらいしろよ」

という意味で言っているわけではないこと、またそういったことを言う人は往々にして対応が誠実で、過剰なくらい手間をかけているんだということは、わかって欲しいなと思う。特に「講演」の類が本業でない人は、時間や手間のやりくり上、ある閾値を越えてしまうとこういったことを言わなければならなくなってしまうものなのだ。

PS.

意地悪なことをつけ加えると、こういったことを言いたくなるような不誠実な依頼者は、

いいことしてる系団体

に多かった。簡単に言えば、「我々はいいことをしているのだから、お前も協力させてやる。協力しろ」という感じなのだ。市民運動とか学会、あるいはFLOSSの勉強会。そういったところに多い。

個人的にそういったもの自体、そうそう嫌いではなかったのだけど、全てに賛同出来るわけでもないし、全てに協力出来るわけでもない。私には私の活動や仕事や考えがあるわけで、優先度としては本来そっちの方が高いはずなのだ。また、動けばコストがかかるのだ。ある閾値を越えると、勘弁して欲しくなるのだ。

と言えば、私がLinux協会の会長やってた時、こういったことを減らすために、講師として派遣した時には、ギャラや謝礼を補填する制度があった。それが十分であったか知らないが、いくらかはマシであっただろう。

割と他人事チックに言っているのは、私はその制度は使わなかったから。それでなくても金を集めていることにgdgd言う奴が多かったんで、「俺の懐には1円も入れてない」と言えるようにしておくためだ。

自分の商品カタログを書いてみる

いろいろ考えるところあって、自分自身を商品化出来ないかと考えています。

もちろんいろいろな形で他人様からお仕事を戴いて働いたりしてるわけなので、そういった意味では既に商品化されているのだけど、きちんとタリフを作って提示しておいたら、頼みたい人が頼みやすいのではないかと。つまり、

今まで取引のなかったところへの新規開拓

です。まぁ「おごちゃん程度ならこれくらいで使えますよ」という話です。この辺、私を軽く見る人達はパシリ同然に使おうとするし、偉い人だと思ってる人は妙な敷居の高さを感じられてるっぽいので、「ぶっちゃけこの程度」ということの提示です。要するに「値段付きスキルシート」みたいなもんです。

こうやって「これならこれくらいでやれます」という提示(求職広告)みたいなのは、Craigslistあたりでも見掛けるので、日本でも流行るといいかなとかとゆーことも思いつつ、提示をしてみます

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コスプレ美容室 Heart Key

プリン化は激しいし、髪がハネてるので、美容院に。

元々、池尻大橋にある美容院に行っていたのだけど、いつもの美容師さんが辞めてしまったので、近場で良いところはないかなと思っていた。せっかく秋葉にいるんだから、「メイド美容室」的なところに行くのが良かろうと、そーゆーつもりで探す。

秋葉原のコスプレ美容室 | Heart Key |
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僕が拡散に参加しなかったわけ

そろそろこの手の話は総括した方がいいかなーって気がしてるんだけど、あちこちで検証されてる「デマ話」の奴。

父親にメールを送りながら亡くなった気仙沼の女の子はいなかった

震災姉妹 最後のメールはデマ!?

???被災者姉妹の最後のメール

個人的には「いい話だな」と思ったんだけど、拡散には参加しなかった。まぁそれで結果的に恥かかなくて済んだんだけど、それは別に私が「情報強者」だったからではない。
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  • 私について

    ただのプログラマです、ハッカーではありません。

    秋葉で暮し秋葉で仕事してますが、秋葉系は嫌いです。物事を冷静に分析することは好きですが、ニヒリストは嫌いです。

    秋葉でちっこい会社をやってます。 こーゆーことがお仕事です。

    詳しいことは、自己紹介のページでも見て下さい。また、mixiの方でもいろいろわかるかも知れません。twitterは@ogochanですが、たいしたこと言ってません。近頃はShorplug内の別館で日記書いたりもしてます。だいたいここのコピーだったりしますが、ログインするとコメントがつけられます。

    日経ITProに連載(生越昌己のオープンソースGTD)を書いています。「ちゃんと書いた文章」が読みたい人は、そっちを読む方がいいと思います。

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    ここは私の雑文の置き場です。WordPressを使っていますが、いわゆるblogのつもりで書いているわけではありません。「覗き見のできるチラ裏」くらいの意味しかありません。

    もしかしたら有用なことがあるかも知れません。あるいはむかつくことも書いてあるかもしれません。それらはみな「そんなものだ」と思っておくに留めましょう。

    コメントを書くのは構いませんが、「反論」の類はよそでやって下さい。同意する気のない人達と議論する気は全くありませんので、議論したければよそで勝手にやって下さい。

    と言っても、「読むな」「広めるな」というわけでもありません。リンク、ブクマの類は御自由に。

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