mixiで日記書くことをやめたので、こっちに日記を書く。
とは言え、昔mixiで書いていたように、
くだらないblogは害毒
という考えに変わりはない。
続きを読む
気疲ればかりするので、mixiの日記をやめてみた。
マイミクやら日記閲覧者がやたらに増えると、blogを書くのと大差ない気のつかい方をしなきゃいけない。いろんな意味でダルくってしょうがない。
mixiの日記は「なれあい」の場だと思っているのだけど、閲覧者が増えるとなんとなく殺伐として来る。マイミク同志で利害が対立してる人もいるわけで、そうなるとよけいに殺伐とする。つまり、当初の目的から外れてしまう。
つーことで、mixiの日記はしばらく休止。気が向いたら再開するかも知れないけど、今のところあまりその気も起きない。
前々から気になっていたのだが、ちょっと前に「ビッグイシュー」を買ってみた。
何しろこの辺では「販売員」には困らない。御徒町の駅周辺でもどれだけいるか。しかし、今時「R25」みたいな本がタダであるんだから、何も好き好んでホームレスから200円(買った号は300円)で買うこともねーだろーとも思ってた。
それに「ホームレス支援」なんつーのも、胡散臭い。その辺の胡散臭さは「真性引き籠り」のblogにまとめられているのだが、私もだいたい同じようなことを感じている。
続きを読む
小倉先生やら池田信夫やらotsuneさんやらあたりの議論を見て思ったこと。
この議論はなぜか以下のことについてすっぽり抜け落ちているような気がする。
いわゆる「先進的ぶろがー」達は、スルー力やら何やらを鍛えれば、コメントスクラムは気にならない。だから匿名でコメントするのは「保身」のためとして有効だと解く。それに対して、小倉先生やら池田信夫やらは、一貫して「匿名コメントの類は卑怯」という立場を取る。
続きを読む
あるところで、「35歳定年説」について話していた。
生越「メイドはね。35歳で定年なんだよ」
相手「だから35歳過ぎたら、家政婦になるんだよね」
なるほど。
ものごとを「要するに」とまとめるのは、とても乱暴な行為だと思う。
「要するに」が本当に要するにであれば良いのだけど、たいてい微妙なところにズレがある。また、「あんたの注目してるところと違うところに意味があるんだよ」というようなこともある。だから、他人のやってることを「要するに」とまとめる時には注意が必要だし、他人が「要するに」とまとめてしまったものは眉唾で聞くべきだ。
という前置きをしておいて
ということを思った。
もちろんいろんな舞台装置は違うし、方法も違うのだけど、「要するに」Web + DBでMS Accessみたいなことをやるのが、RoRではないかと思った次第。そう考えれば、他のもので模倣する時にも考えやすい。
RoR派の人達にしてみれば、「いや、DRYが本質だ」みたいに言うかも知れないけれど、言語やフレームワークの目的がアプリケーションを開発することだとするなら、DRYだなんだというのは手段に過ぎない。目指すものは結局「MS Accessみたいなもの」ではなかろうか?
そう考えれば「この手のもの」で何をするべきか、どうするべきかということがよくわかるような気がする。と同時に、限界もわかる。
私は例の「光市母子殺人事件」の弁護団については、「消極的支持」だ。つまり、「彼等のために」みたいな行動を起こす気はないが、あれを叩くための運動に与しないということ。
もちろん、件の被告人について支持する気は全くないし、弁護団もかなり香ばしいなと思っている。被害者のためには、とっとと死刑で結審すりゃいいなと思っている。
とは言え、その被告弁護団を叩く運動を支持するかと言えばそうじゃない。
続きを読む
「ディスコ・キッドデー」なるイベントで、銀座のヤマハへ。
本当はコンサートとかやる予定だったはずだけど、諸伴の事情で東海林修先生オンステージ。そこで先生が、「アドリブについて」というお話をされた。
アドリブとは、決まりを守りながら自由に演奏することです。決まりを守るから滅茶苦茶にならないし、みんなが追いて来れます。みんなが追いて来れないと、意味のわからない退屈なものになります。うまく合わせられるから、スリルも楽しめます。
というお言葉。文章にすりゃあたり前のことなのだけど、言われるとちょっとした衝撃がある。上から目線の「自由について」と同じようなことを言っているに過ぎないのだけど、「なぜそうか」というのを音楽として語られると、ストレートに納得できる。
先生が「アドリブしましょー」と会場の楽器を持って来た人に言うのだけど、そんな話の後だと逆に出来なくてビビってた。
イベントはかなり少人数で、「こりゃ赤字だな」という感じだったのだけど、逆に今まで雲の上の人でしかなかった大先生と話せたりして、随分とお得だった。
イベントが早く終わったので、たむろっていたら謎の外国人が来てデモ用の楽器を弾いていた。いかにもヤンキー兄ちゃんだったのだけど、やたらにうまい。たむろっている中の一人が、「あれ、ブラストの人だ」と騒ぎ出す。そーいやー見たことがある顔だ。
普段遠くからしか見ない人達を真近に見るというのは、なかなか素敵なことだった。
24時間テレビをやってたらしい。
テレビ見ないし、いわゆる福祉な世界から離れて久しいんで、「らしい」としか言えないところがアレだけど。
で、この時期になると、24時間テレビにどーだこーだと「にわか評論家」達があれこれ言う。まぁそれは今に始まったことじゃなくて、始まった時からそうだった。
続きを読む