QEMU

Linux上でIEが使いたくなったので入れてみる。

いろいろ苦労してWin2000を入れる。XPはアクティベーションがどうこうとうるさいらしいし、2000の方が好きなのだ。

ハマリポイントはいくつかあるが、

http://www.h7.dion.ne.jp/~qemu-win/qemu-doc-ja.html#SEC30

こいつが一番面倒。まぁメゲずに何度かsystem_resetを繰り返しながらやると入る。2回くらいで入った。

デバイスのチェックあたりで恐しく時間がかかるが、ホストCPUの負荷がそれなりならハングアップはしてない。

ということで、いろいろやってとりあえずWin2000は動いてくれたのだが、一度QEMUから脱けるとHDDイメージをうまく認識してくれない。どうも割り込みのエミュレーションがうまくいってないようである。

hackまでする気力もないので、ダチョウアルゴリズムで解決することにした。

「トーバルズ、Solarisを斬る」

「トーバルズ、Solarisを斬る」

まぁ「斬る」ったって、要するに「興味ないよ」ってことなんだけど。

この中に、

新しいこと、変わったことがしたいという理由で、ゼロから新しいもの、変わったものを作ろうとするのは、私にいわせれば愚の骨頂であり、思い上がりです。Linuxが目覚ましい成果を上げているのは、細事にこだわり大事を逸する愚を犯していないからです。しかし、この穴に陥るプロジェクトのいかに多いことか。NIHシンドロームは病です(編集部注:NIHはNot Invented Hereの略。NIHシンドロームとは他所で開発された技術を嫌い、自社の研究成果にこだわる考え方のこと)。

というのがある。ちょうど昨日、会社の連中と昼飯を食っている時にこんな話をしたところだった。
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カテゴリー: OSS

処女と臓器移植とオープンソース

今日は帝京大学まで診察に行った。その途中でふと思ったこと。

処女の「あそこ」は汚ないものである。「そんなことないよー」という声もあるだろうけど、それはそーゆー心掛けをしている人がいたというだけで、一般的にはそう綺麗なものじゃない。むしろ「綺麗だったらニセ処女」だと言っても良いくらいだ。

ところが男を知り、経験を積み、セックスって良いものだと思うようになると、綺麗にするようになる。
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swapしたら負けだと思っています(c)minmin

働いたら負け

部下Hのマシンは2GBもメモリを積むこととなった。

こいつのマシンは入社した時に買って来たP4 2.4GHzで、弊社の普通の人が普通に使っているマシンと同じ。まー細かい差異はあるのだろうけど、だいたい同じ頃に入社した人達は、同じようなスペックで使っている。

私はそれとは別にある日ぷらっとで安かったので衝動買いをした、P4 Xeon 2.4GHz x 2である。ハイパースレッドでCPUは4つあることになっている。メモリは1GBで、今朝までは社内最強マシンだった。とは言え、メモリがあるのをいいこ とにいろいろ重いことをしてしまっているので、かなり重い。

Hのマシンは再インストールということで、私の作ったミドルウェアも再コンパイルすることになった。もちろんソースから入れるしかないのでmakeをする。

これが速いのだ。とんでもなく速い。見ているとCPUを完全に使い切って動いている感じである。まぁミドルウェアと言っても私が書いたものだか ら、そんなにデカいわけじゃない。つまりメモリの中にソースから何からみんな入っているわけだ。そうなると、メモリがデカいシステムだと、swapもしな けりゃバッファのお陰でI/Oすらほとんどない。つまりCPUは待つことがない。

そうなると、いかにCPUの利用効率やらスケジューリングやら工夫されていようと、若干メモリが不足して待ちの発生しているマシンでは、メモリがいっぱいあるマシンに負けてしまう。せっかくの「CPU 4つ」が意味がない。

そりゃもちろんスケジューリングの効いて来るような、生きてるプロセスがいっぱいあるような状態になれば、多少メモリが不足していても全体の処理 効率は私のマシンの方が速いだろう。しかし、「コンパイルの速度」みたいなものの比較だと、メモリ潤沢な方が圧倒的と言えるくらい速い。

今時だと、CPUにかける金はメモリにかけた方がお得だと言うことですな。あたり前っちゃーあたり前なんだけど、今日は思い知らされた。

無邪気な死神

どうも人の善意を期待する世界では、一部の人に心理的負担をかけて、他の大多数は無邪気にやっていることが多い。そういった無邪気な人達は、一部の苦しんでいる人が裏で頑張ってるからだということを考えもせずに、無責任に「楽しければいいのです」みたいな論陣を張ってくれる。あるいは、「難しく考える必要はないのです」とか言ってくれる。

確かに問題を難しくしてはいけないし、たいていの問題の答えはシンプルだ。しかし、その「無邪気」は一部の人の苦労の上に成り立っているものだし、そういった人達が言う「難しく考える必要はないのです」と、無邪気な人達の言うそれとは、まるで意味が違うのだ。

苦労している人達が「あー俺は苦労してるんだ。お前達も苦労しろ」なんて言うのはダサいことで、苦労している人達はそれを知っている。また、それを感じさせないようにするのが甲斐性だと思っている。だけど、そういった「苦労している人達」が苦しんでいるのを垣間見た時に、無邪気な論を張るのはいかがなものか。

確かに考えてどうなるというものではない。しかし、本来みんなで考えればどうってことないことを考えないということ、そういった無邪気な行為は、「コミュニティ」に死を招く死神なのだ。いわゆる「ボランティア」ないくつかの組織に属して来て、そのいくつかを率いて来た経験からそう思う。

別に難しいことを考えたくなかったら考えなくてもいい。だったら、考えていないなりに、人前で何かを語って欲しくない。逆に一度語ろうと思うのなら、無駄なことであっても考えなければならない。みんなが頭の片隅でチラとでも考えていれば、それだけで随分と相互の負担は減るはずだ。

要旨不明…

カブドットコム證券のシステム説明

http://kabu.com/feature/system/

なのだけど、この中に、

旧態依然としたホスト中心のクローズドなアーキテクチャでは、急拡大し常に変化が要求されるネット証券のシステム基盤としてハンディキャップとなり、 システム投資費用も膨らみます。

とか書いてある。

「ホスト中心のクローズドなアーキテクチャ」が問題なら、「Windows中心のクローズドなアーキテクチャ」も問題じゃないの?

真に「オープン」を求めるならオープンソースにするしかないのではないの?

システムの柔軟性を云々したければ、自分(と開発部隊)がソースを持っていれば済むから、たいていの業務システムは問題なくって、問題があるとすれば、「それが扱えるかどうか」だけだと思う。

システム投資費用云々については、レガシーだろうがオープンだろうが、「投資」は大差なかろう。システム開発にかかる人数と期間だけの問題。今時、いわゆるオープンシステムとレガシーシステムで、使えるツール類が極端に違うわけじゃないのだし。

自分ところのシステムの内容を公開して信頼を得るようにしようという意図は理解するけど、メーカのセールストークにありがちな「わけのわからんテクニカルターム並べて素人を感心させる」の域を出ていない。素人は騙せるかも知れないが、玄人はいろいろツッコミたくなるだろうし、ヲタクはヲタクでいろいろ言うだろう。

もうちょっと内容を考えた方がいいと思うが。

XMDF形式

まぐまぐのダウンロード書籍が好きで、時々買っている。たまに重複して買ったりするが。

たいていはpdfなのであるが、最近になってXMDFという形式も入った。これはZaurusの「文庫ビュアー」の形式であるが、画面のサイズ変更に耐える優れた形式らしい。

ところがいけないのは、この形式はオープンになっていない。そのため、シャープが出しているプログラム(もちろんバイナリ)でしか読めない。
Zaurusならそれで良いのだが、席で読もうと思うとWindowsが必要となる。困ったものである。何もオープンソースで出せとは言わないから、

  • Linux用バイナリを出す
  • ファイル形式を公開する
  • 他のオープンな形式への変換サービスをする

といったことをやってくれないものか…

OSSのロードマップ

吉岡さんのCNETでゲストで書いてるblog(http://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/001904.html)を見て思ったこと。

吉岡さんは、「舌禍事件」はたまに起こしつつも、それなりに業界ではマトモなことを言う人だと思っているし、誠実な人だと思うのだけど、どうももの足りない。と言うか、件のblogを読んで思ったのは「私が随分昔に言ってたことを言い直してるだけだなぁ」ということ。多分、私が件の吉岡さんの文章を読んで思ったような感想を持たなければ、きっと今でも似たようなことを書いただろう。
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MSの広告

久々にLinux雑誌を購入。買いに行ってもらったら、なんか3ヶ月分まとめて買って来た。つまりそれだけ買ってなかったということ。

いつも思うのだけど、こいつらにMSの広告が出ている。まぁそれは別に良かろう。たいていの人にWindowsなしのシステム設計なんぞありえないだろうから、必要なところに必要なものを用意するということは悪いことではない。
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「LinuxデスクトップはWindowsの代替ではない」,オープンソース推進団体OSDL Nelson Pratt氏

http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/NEWS/20041112/152512/

裏にどんな考えがあるか知らないが、こいつ大馬鹿だな。よくこんな奴がOSDLのディレクタとかやってるもんだ。

アプリケーションの互換性って何についてだ?
そこの部分をマトモに説明してないから何も言いようがないじゃん。

少なくとも私はプログラマとしての業務と、管理職としての業務をLinuxだけで行っているし、それで特別困ったこともない。前は「Word文書は勘弁ね」と言っていて、今もそれは変わってはいないけど、読む分には読めるから別段困らないし、書く方はたいていpdfで足りるし。

それにOSDLのような団体だったら、「○年後にWindowsを駆逐する」みたいな大見得切ってもいいじゃん。そういった政治的発言だってするべきだろ。

結局OSDLも「メーカ間の政治力学の産物」であり、「政治スキルを持たないヲタ」の集りに過ぎないということか。