プロ仕様

うちから最寄りのスーパーは「ハナマサ」です。

ハナマサには「プロの店」と書いてあり、中の商品にも「プロ仕様」と書いてあったりします。

ところで「プロ」という略語は何も「プロフェッショナル」だけの略語ではありません。「プロセスコントロール」が「プロコン」だったり、「プログラミングコンテスト」も「プロコン」だったりするわけです。

ハナマサの「プロ」について私は、

「プロレタリアート」

の意味だと確信しております。

ちなみに、会社の近所の食いもの屋ではよくこの「プロ仕様」と書かれたパッケージを見掛けます。それを見ると、「あそこで買ったんだ_| ̄|○」と思ってしまいます。

ちなみに「プロ仕様」のティッシュなんぞを見た時に、何かに似てるなーと思ったら、「無印良品」のそれによく似てます。実は良品計画が作ってる?

いまだに

オープンソースに「見返り」だの「寄付」だのと言った精神論を持ち出す奴がいるんだなぁ。私はこれを「乞食モデル」と呼んでるんだけどさ。まぁ趣味でやるのは構わないんだけど。
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自転車

去年の暮にマイルがexpireするので、expireさせるくらいだったらと、自転車と交換した。乗らないまま会社に置いておいたのだけど、家が近くなったので乗ることに。

ところが、この自転車は空気がない。自転車屋で空気入れは貸してくれるけど、その店で買ったわけでもないから… と思っていたら、近所のバッタもの屋に安いのがあったので購入。いろいろ不満もあるけど、まぁ空気入ったからいいや。

これで乗れると思ったら、今度は自転車に鍵がない。どこで売ってるかわからなった(この辺DIYとかないもんなぁ)けど、自転車にならあるだろうと、近くの自転車屋に行って購入。この辺は問屋があったからか、なぜか自転車屋は多いのだ。

さて、これで乗れるかと思ったら、この自転車には燈火もなけりゃかごもない。しょうがないので無灯で走ったのだが、さすがに東京だ。道が明るくて全く必要を感じない。しばらくこのままにしておこう。

でも、ちっこい自転車だから疲れること。マトモな自転車が欲しくなってきた。

台東2丁目

引越した先は台東区台東2-7-10 第二池田ビル 4F です。

ここは末広町の駅から徒歩10分以内です。気分的には、前に住んでいたところから渋谷駅に行くよりも近いという感じ。秋葉の電気街はセンター街よ りも近い感じだし。もっとも秋葉は夜は何もない街だから(やっと深夜営業の鈍器ができる)、夜徘徊するような場所はないのだけど。

JR秋葉駅もJR御徒町駅も徒歩15分以内。そういった意味では交通の便はいい。会社には徒歩5分だし。

とは言え、最寄りのコンビニまで徒歩5分だったり、ハナマサはあっても普通のスーパーは近所にないし(最寄りは御徒町駅前の吉池か)、電気街は あっても普通に白物家電売ってる店は少ないし。家の近くはそんなに街じゃない(家だの町工場だの問屋だのばかり)し、前のことを思うと微妙だなぁ。

さようなら円山町

荷物は一応運んだのだが、ゴミの片付けやら運び忘れていたもの(結構あるのだ)を運ぶために、元の渋谷の部屋に行った。

ゴミは一通り片付け、ゴミでないものでもいらないものはどんどん捨て。冬服のうちもう擦り切れたような服(トップ画像で着ている服とか)は捨てる ことにした。服にはいろんな思い出があったりするので、こんな時でもないと捨てられない。思い出が染み込むほど着続けるのが悪いんだけど、根がケチだから 着られなくなるまで着てしまうのだ。

部屋の奥の方からじゅんちゃんのスーツが出て来た(彼女が大阪にいる時、うちは彼氏とデートするための「前線基地」だったのだ)。それも捨て捨て (持ち主おらんからねぇ)。彼女にもらったジャケットも擦り切れ陽に焼けてしまっているので、捨てることに。せっかくなので一緒のゴミ袋で捨てだのである が、一緒に捨てられた服達は何を語らうのだろうか。

ゴミや不用品を片付けてしまうと、やけに部屋が広く感じられる。約4年この部屋に住んでいたのだけど、こんなに広かったのかと驚く。

いろんなことのあった部屋を後にするのは、ちょっと寂しい。あの部屋は私の住んでいた4年間、幸せだったのだろうか? ちょっと部屋に聞いてみたのだが、当然のことながら何も答えてはくれなかった。

引越し

やっと主なる荷物を渋谷から移して、ほぼ引越し完了。

まだ元の部屋の掃除とかゴミ出しとか、引渡しとかあるので、あと2回くらいは渋谷の部屋に行かないといけないのだけど、これで生活の拠点は秋葉 (と言うか台東2丁目)に移ることになる。とりあえず近所を探検して、スーパーとか発見しなくては。まぁ御徒町まで行けば吉池はあるし、近所にハナマサも あるのだけど、どうもお手軽感がうすいもんで。

引越して最初に困ったのは、洗濯機の置き場の具合がイマイチで、廃水がうまくつなげられないこと。洗濯機にちょっとゲタをはかせてやれば良いの で、適当なゲタ探しに秋葉を歩く。ふと見ると「じゃんぱら」の店頭にリテールのCPUファンがジャンクで出ているのを発見。こいつをバラしてヒートシンク だけにしたら、具合のいいゲタになるのではないかと思い、4つ購入。ぷらっとに行けばタダでもらえそうな気もしたのだけど、暑いんで、1個200円で購 入。

情報処理学会情報規格調査会

そろそろキレかけて来たんで書いておく。

私はこの組織でJIS COBOLの規格を作るための仕事をしている。今やグローバルスタンダードということもあって、JISは独自の規格ではなく、出来る限りISOやANSI に合わせた規格を作ることになっている。そのため、実質の仕事はISO規格の翻訳である。翻訳そのものは翻訳屋さんがやってくれるので、私の仕事は訳語を 決めることと、校正である。校正の過程で変な訳を発見すると、また訳語を考えて…の繰り返しである。COBOLくらい歴史のある言語になると、過去に 決めた用語というのがあるので(それをベースに書かれた教科書があるわけだ)、それと矛盾しないような訳語を考えなくてはならない。技術の進歩は時として 予測を超えるわけなので、なかなかとんでもないことが起きてくれている。英文と訳語と戦いながら訳語を決めて行く。そういった地味な仕事の委員会である。

ここで作ったJIS原案が、経産省のそれなりの委員会を経て、JIS規格となる。そしてJIS規格は処理系や教科書を作る時の根幹となる規格なの である。我々の責任は重大である。実装者はISO規格の方を読むことが多いので、あまり重要ではないと思っているようだが、教科書の類はJISの用語や文 章を使うことがままあるので、かなり重要である。

ところがこの委員会に出席しても、1円の日当も出ない。交通費も最初の数回は出るのだが、それを消化すると出なくなる。そればかりか、規格調査会 はいろいろ利権の絡む委員会ということになっているために、正規に入会すると年間60万もの大金が取られてしまう。責務は大なので、なかなか時間も労力も 使う。はっきり言って全くペイしないのである。

まぁ私のような自分でスケジューリングできる身分で、都内に住んでいるものであれば、下っ端でもあることもあるし日当なぞ出なくても構いはしない (つか諦められる)。ところが、遠くの委員となると、奈良や神戸から来る人もいる。彼等にも交通費は出ない。そのために、委員会があると、それにぶつけて 他の用事を入れて、そのついでに会議に出るという方法を取っているようだ。もちろんそういった人達に手間賃なぞ出ていない。上役のいる人なんて、どうやっ て説明しているのだろう。そういった人達はモチベーションも低いし、動こうにも動けない。かくして、JIS規格の制定は遅々として進まない。COBOLの ISOは2002年に作られたのだが、JISは2004年度内に出せるかどうか。

JIS規格は日本の規格の根幹である。そのJISを作る現場がこのような情けない状態であるということに、日本の未来の暗さを感じてしまう。

頑張って委員会出たら、「論文掲載券」とかもらえて、論文を優先的に査読掲載してくれるとかって特典つかないかなぁ。「肩叩き券」と同じで元がかかるわけじゃないと思うのだけど。

自転車男

スーパーからの帰り、途中のマンションの前で座っているおねーさんがいた。なぜかそのおねーさんの上には自転車があった。

ではなくて、どうやらそのおねーさんは自転車で転んだらしい。あんまり凄い様なので「大丈夫?」と声をかけてみた。「いたいのぉ。でも大丈夫」と かって甘え声を出してみるところにノリの良さを感じて好感。「大丈夫なら」と行こうとしたら、「ちょっと自転車持ってて」とのことなので、支えてあげる。 自転車起こして、おねーさん立って。「ありがとー」「いえいえ」

そんだけのことで、何事も起きる気配はない。

冷蔵庫

やっと冷凍室付き冷蔵庫を買った。これでアイスも溶けないぞっと。

予算10万くらいと思って行ったんだが、選択肢多過ぎ。と言うよりは、10万も予算があったらよけいに迷ってしまう。容量はデカい方がいいし、使いやすい方がいいし。

ところが、メーカ毎に「これくらいの値段はこれくらいの容量」というのは決まっているようだ。10万くらいだと、だいたい私の背丈くらい。容量にして350〜400Lくらいか。

機能の差と言っても、実はそう大差あるわけじゃない。基本機能は「物を冷やす」だけのものなのだから、差なぞつけようがない。違いは、いわゆるオ マケの部分とか、扉の開き方や数が違うくらい。だいたい、私はメカものは苦手なので、機能が増えるとダメだ。また、「流行りの仕様」というのがあるよう で、オマケも似たようなもの。

これらのことは、つまるところ「どれを選んでも決定的な違いがない」ということである。なので、ひたすら選択に迷う。結局、「小さく見えて中身がデカい」という尺度で選ぶことになってしまった。

またドライフラワー

引越しの準備でいらないものをドンドン捨てている。

以前書いていたドライフラワーも、ほぼ今日捨てた。くれた人、くれた時のシチュエーションとか思い出すと切なくなるが、逆にそんな過去はとっとと捨ててしまった方が良いかとも思う。

色褪せてしまったドライフラワーも、捨てて潰す時にはまた香りがする。かつて自分が花であったという主張をするように、まだ自分は価値があるのだと主張するように。その時にまた切なくなるが、ここでセンチになってもしょうがないんでグシャグシャに。

片付けをすると、かなり過去と訣別できるものだな。さようなら美しき思い出たちよ。