ベクトル型スーパーコンピュータを批判する人々

批判し続けることの罠」を書いた直接の動機は、複数の「日の丸スーパーコンピュータプロジェクト」に対する批判を読んだからである。

  1. 52. ベクトルとスカラ? (2007/7/28)
  2. コンピュータの「戦艦大和」はもういらない
  3. スパコン漫遊日記

このうち、最初の批判は国立天文台の牧野氏で、氏は実際にコードを書いているユーザであるだけではなく、GRAPEの設計者でもある。つっこみも的確であり、「方式云々よりもコード」ということを言っている。まぁこういった業界ではそれは常識で、TOP500がどうこうよりは、実用的なコードがどれだけの速度で動き、それを書く工数がどれくらいかというのが一番重要だということは、他の計算機応用と同じだ。論理的で納得することが出来る。また氏の場合は自分の守備範囲をわかっての批判だから、無理がない。

2番目は「IT評論家」の池田氏によるもの。巨大スーパーコンピュータは戦艦大和と同じだからいらないという、

非論理的感情論

な批判だ。どうもこの手の人達は二言目には「税金のムダ使い」とのたまい、それによって支持者を集める。しかし、肝心の「何をムダとするか」という部分が欠如しているから、単なる感情論に過ぎない。

目的さえ決まれば、汎用CPUをつなげば速度はいくらでも上がる。研究の目的を抜きにして、計算速度だけを競うのは意味がない。

とか、いかにもわかったようなことを言っているが、「研究用コンピュータ」がそんなことで済むのだったら、誰も苦労しない。この手の計算に必要な速度は、「速けりゃ速い程いい」わけだし、やりたい計算の種類(=アルゴリズムの性質)も様々だ。TOP500で上位になった計算機が使いやすいとも限らないし。前述の牧野氏の話によれば、現在トップのBlueGeneはチューニングが大変で、「計算をした」ということで論文が書けてしまうくらいだから、「実用」ということになると首をかしげざるをえない。

地球シミュレータは確かに図体がデカいから、「戦艦大和」とイメージをだぶらせるのは「イメージ戦略」としては良いかも知れない。しかし、性能で言えば「煮えたぎるヤカン」をきっちりシミュレートすることすら満足に出来ない。だから「大和」どころか「ボート」みたいなものだ。そういった低性能の計算機を騙し騙し使うのが、現代のHPCの世界だ。

まぁ騙し方も技術のうちだから、そういったものを研究することも大事なんだが、たいていのHPCの利用者は「問題を解く」ことが目的であって、アルゴリズムを作ることが目的ではないのだから、「使いやすさ」は第一に考えられるべきで、そうなると「目的さえ決まれば汎用CPUを並べれば」というわけには行かない。

似たような計算の「天気予報」とかだと、ルーチンで走るコードであるし、計算そのものが「実用」であるから、「現実の計算機でC/Pを高めつつ計算をする」ということが求められ、それこそ「目的さえ決まれば汎用CPUを並べれば」良いのだが、「地球シミュレータ」はそういったものとは違うのだ。だから、氏の批判が「数値予報用コンピュータ」とか「数値風洞」に対するものなら正しい批判であるが、計算することそれ自体が研究テーマである「地球シミュレータ」に対しては正しくない。件の批判のコメント欄で提灯持ちをしてる連中も、こういった「問題のすりかえ」に気がつくべきだ。

てか、何度も言ってるけど、

池田信夫ってITわかってねーじゃん

とdisってみるwww

最後の能澤氏の批判も池田氏と大差ない幼稚さだ。まぁいろいろ数字が上がっている分だけ「感情的」な部分が薄くなっているが、手を変え品を変え

BlueGene買えばいーじゃん

と言ってるに過ぎない。本人は「そんなつもりはない」と言いたいかも知れないが、そうとしか読めない。

だいたい、能澤氏にしたって池田氏にしたって、HPCのコード1行も書いたことないでしょ。牧野氏の批判はユーザとしての批判であり、コードも書いている上での批判だから、少なくとも技術的なポイントを外してはいない。3者結論は大差ないけれど、能澤氏も池田氏も

わかったような顔をしてわかってない

コンピュータなんてのはプログラムがなければ(作れなければ)、ただの箱よりもタチの悪いものなのだ。利用者が必要とするプログラムが動かなかったら、どんなに理論的にあるいはベンチマークで高速であっても意味がないのだ。BlueGeneみたいに「計算することそれ自体が研究テーマ」みたいな計算機では、計算機学者やルーチンで動くコードを書く人達にとっては問題なくても、自然科学の研究者にとっては「使えない」ものになってしまう。まぁベクトル型スーパーコンピュータだって、速いコードを書くのは容易じゃないのではあるけど。

まぁ「京速コンピュータ」なんてプロジェクトが必要かどうかって問題になると、やめといた方がいいんじゃないのって気はする。だって、完成した時にTOP500の上位にいるかどうかもわからないし、速度だけが目的だったら(=TOP500の上位になる)、それこそその研究費を使ってBlueGeneを買って来るなり、SXの新しいのでクラスタ作るなりすればいい。FireStreamを2000個並べりゃ1PFだが、それなら5億もあればいい。でもそんなものがあっても誰も嬉しくない。おもちゃとしては悪くないけど、実用性だの仕事だのということを思うと気が重いし、「国家プロジェクト」として意味がない。つまり、速度だけが目的のプロジェクトなんて、国家プロジェクトとしてやるべきことじゃない。

「産業振興」というのは、「有効な税金のムダ使い」だと思うけど、「効果」という点では、かつてのように「メーカに金出して開発させる」よりは、「ユーザを育成したり補助をしたり」する方が、より効果的だろう。「速いスーパーコンピュータ」は確かに必要だと思うけど、「国力への貢献」ということを思うなら、デカいのを1つドーンと作るよりは、「ちょっとした研究機関なら官民問わずどこでもある」みたいな状況を作る方が、「次」につながる。それがうまい「税金のムダ使い」だし、「民活」の利用になる。

池田氏も高いレイヤで評論する「ITもちょっとはわかる経済評論家」なんだから、こういった類の提言をしてくれると、業界のためになると思うんだが。能澤氏は、まぁオナニー本でも書いて糊口をしのいで下さい(藁

PS.

外のリンクから来られた方は、こっちも併せて読んで戴けると喜びます。

京速計算機の批判の続き

ベクトル型スーパーコンピュータを批判する人々” への7件のコメント

  1. 池田信夫はIT分かってませんね。僕も感じました。あんなやつがITを語るとかびっくりですよねw
    ちょっとブログを探索すれば、技術的にな~んも分かってないのすぐ分かってげんなりです。そして、それを理解していない技術者が割と多くいることにもげんなりです。

    梅田氏を批判する位置にすらないというw
    いや、日本にはああいう害虫が多いですね。

    かなり同意しちゃったんで、書き込みました。失礼。

  2. 「技術的にわかってないなら批判するな」というつもりはないんです。ただ、わかってないならわかってないという立場で批判するべきで、ちゃんとそういった自覚があれば意味のある批判が出来ると思うのです。

    頭が悪い人だとは思わないんだけど、「自分の権威」の制御に失敗してるって感じ。

  3. 池田氏の場合は経産省の外郭団体の研究員という身分が前提にあって発言してますからね。

    そこいらの胡散臭いセキュリティやSI 関連のコンサルの人と同じで、どう言えばお客さん(この場合は大蔵官僚とか財界の人になるのかな)が喜んだりびびったりするかという文脈で発言繰り返してるように思えてならないんですよ。

    真面目にコンサルやってる人なんかは客や発注先と角突き合わせてでも最終的には一番お客さんが喜ぶものを出すためにコストでも出来でもやりますけど、胡散臭いコンサルの場合にはその場凌ぎでいいこと言っておいて上手くいかなかったり小細工がバレたりすると仕事降ったり納品頼んだ業者に責任おっかぶせて上手いことやっちゃいますから(;´Д`)

    そういう立ち位置の人だと思いますよ。

    # わかりやすくいえば、何かにつけて抵抗勢力と騒いで邪魔者を敵に仕立てて
    # マスコミ巻き込んでやりたいほうだいやって隠居した元総理とか(汗)

  4. 私なんて「ピュア」だから(藁、素であれをやってると思ってました。

    結局立ち位置の問題なんですかね? 山形浩生のことが嫌いなのは過去の経緯だということは聞いたことがあるんですが。

  5. >似たような計算の「天気予報」とかだと、ルーチンで走るコードであるし、計算そのものが「実用」であるから、「現実の計算機でC/Pを高めつつ計算をする」ということが求められ、それこそ「目的さえ決まれば汎用CPUを並べれば」良いのだが

    自分も流体は専門じゃないので間違っているかもしれないけど、これはちょっと違うような。「汎用CPUを並べれば」良いかどうか決めるのは計算量とバンド幅の比だから、流体コードのような計算量/バンド幅の小さな用途では「汎用CPUを並べ」ただけではまともに動かないと思います。じっさいSXシリーズは国外の気象庁などにもよく売れてますし。

     ただ、牧野先生は計算量を10倍にする代わりにバンド幅が100分の1になるようなアルゴリズムを作ればバンド幅のないマシンでも流体コードを効率的に実行できると考えているみたいです。

     問題は、そのコードを誰が書くかですよね。アプリケーションを使う人にはそんな複雑なコードを書く力はないし、計算機の専門家はそんなコード書いても業績にならないし、企業に外注しようにも、そんなできるかどうかわからないプログラムを外注に出しても引き受けられないです。一番いいのはそのプログラムをほしい研究者が直接優秀なプログラマを雇って書いてもらうことなんですが、日本の場合研究費で人を雇うのがすごく難しいという問題が。特に普通の人の何倍も単価が高い優秀なプログラマなんて絶対に雇えないでしょう。

  6. > 流体コードのような計算量/バンド幅の小さな用途では

    CFDのコードは計算量もバンド幅も要求します。てか、バンド幅の要求が太いものだから、「並べる」ことのオーバーヘッドが出てしまうのでクラスタには向かないとされています。だから、ベクトル型が向くと言うよりは、ローカルのバンド幅が太いから使いやすい。

    > 問題は、そのコードを誰が書くかですよね。

    これについては続編の、

    京速計算機の批判の続き
    http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/953

    を見て下さい。

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