僕が在日外国人を悪く言わないわけ

私は在日外国人のことを悪く言わない。そりゃその中にもいろんな人達がいて、尊敬できる人もいればクソもいる。だから、私に悪く言われる人もいればそうでない人もいるだろうけど、「在日外国人だから」ということ自体が悪く言う理由じゃない。

と書くと、「いや、俺だってそうだ。だけど在日外国人には…」と言う奴がいる。しかしそれは結局「在日外国人だから」という理由でしかない。もしかしたら在日外国人の犯罪は多いかも知れない。しかし、それであっても個人を所属カテゴリで分類して悪く言っているという根は同じだ。

「犯罪」は習慣や文化の違いそれ自体や、彼等の習慣や文化と我々の習慣や文化のミスマッチによる磨擦が原因なのかも知れない。それを思えば、多少彼等の犯罪率が高くてもしょうがないと思うべきだ。「郷に入りては郷に従え」と言いたいだろうが、そもそもそれ自体が日本の文化だということを忘れるな。

じゃなんでそこまで肩を持つかと言えば、我が家は在日外国人と同じ扱いで差別を受けて来た歴史があるからだ。

生越家は生粋の日本人である。だから、「外国人」ではない。また、郷里ではそう悪い家柄ではない。大戦前までは地主で、それもかなりの規模だったらしい。何代もきっちり先祖が辿れる。

ところが、うちのじーさんは今で言うベンチャーみたいなもので、当時日本の領土であった台湾に渡った。そこで何をやっていたか細かいことは知らないが、親父の話によると「家には砂糖倉庫がいくつもあった」とか「じーさんは明治神宮の鳥居を切り出した」という話をしていたから、まぁそんなことをしていたのだろう。ちなみに、現在の明治神宮の鳥居は作り直したもので、じーさんが切り出したのはその前のものらしい。

敗戦後、引き揚げるわけだが、GHQのせいで土地はほとんどなくなっていた。もちろん引き揚げの時には、何の財産も持たずに帰ることになる。いくらか恩給はあったらしいが、そんなものが役に立つ程じゃないのは、今も昔も同じこと。

おまけに、当時の「引揚者」はひどい差別の対象となったらしい。差別する側には差別するなりの論理があるのだろうが、本人達にしてみれば言われもないことだ。しかも、その差別の内容は、日本人でありながら、外国人として差別されたものだったのだ。つまり「在日差別」と同じようなものだ。まして、元の小作人どもが元の地主を良く言うわけもなかった。とにかく、戦後しばらくはロクでもないことだったらしい。

「在日は国へ帰れ」と言う奴等がいるが、彼等が帰らないのはわからんでもない。帰ればそういった言われもない差別が待っているであろうことは想像に難くない。そりゃ帰りたくもないだろう。「日本で生活保護でぬくぬくと」みたいな言われ方もしているが、そんなことよりは「帰るとロクな目にあわない」ことの方が重大だろう。帰った先で、経済的にレベルが上なら上で、下なら下で、いいように言われるのだ。それでいて自分の文化を捨てたいわけでもない。

外国籍を持っている在日外国人に選挙権は不要だと思う。しかし、普通に市民生活をしている分に、あれこれ本人自身のせいでもなく差別するのは、大人気ないこともさることながら、想像力の欠如だろう。