煽り風味は仕様ですwww

長いことネットに書きものをしていると、つっこんだり煽られたりというのが日常になって来る。

長いこといるんだから耐性がつけば良さそうなものだけど、実はあまり耐性がない。「そんなものに耐性がついたら、人として軸がずれるんでは?」とも思っているので、そんなに耐性をつけるつもりもない。というのは自己肯定に過ぎないのだけど。

その代わりと言っては何だが、つっこんだり煽られたりしやすそうな文章は、こちらから先に「煽り風味」にしておく。「つっこんだり煽られたりしやすそうな文章」はたいてい、人を動かしたり意識改革を求めたりというネタだから、まぁどうやってもいくらかの煽り成分は入るのものだが。

具体的にどうするかと言えば、

  • 「7割」くらいの人にとってはあたり前のことを言う
  • 少なくとも自分にとっては正しいことを言う
  • 煽り風味を多めにしてついつっかかりたくする

というようにする。

当然ながら、「あたり前のこと」をストレートに言っても面白くないので、ちょっとひねってみる。ひねると言っても、あんまりこねくり回しても誤解の元なので、せいぜい見る方向を変えてみるとかなんだけど。「方向を変える」と言ってもそんなに難しい方向じゃなくて、やろうと思えばたいてい誰でも出来る範囲にしておく。

で、どれだけ「特異なこと」であっても、少なくとも「自分はそれで間違いがなかった」という事実を持って来る。その時も「それが通用するのはあんただけだろ」的なことじゃなくて、同じような経験をした人が「あるあるー!」と思うくらいのがいい。

そして大事なことは、「おかしいことなんだけど、たいていの人が納得出来る」ことにすること。「観客」の7割くらいが納得してくれないと、いくら正しくても意味がない。人のやることに「絶対」ということはない。絶対正しいということも、絶対間違いだということもない。そこで「7割くらいが味方についてくれる」というのは、「多数決的には正しい」ことになるから、その辺を狙う。たいていのことで、それ以上の人が味方につくことはまずない。あるとしたら、それはどーでもいいことだ。5割しか味方についてもらえないことだと、「そういうこともあるかもね」で終わってしまう。

その「7割」が味方だということを背景に、煽る。煽るのは「罠」でもあるけど、レトリックでもある。かなり昔に一度書いた話なんだが、背景も変化しているので、あらためてもう一度。

何らかの形で人を動かしたい時、いくら正しいことを言っても、「ふーん」で終わっては意味がない。何らかの形で「もっと話を聞こうじゃないか」と思ってもらわないと、せいぜい「いいお話」で終わってしまう。「いい話だったな。ところで何の話だったっけ?」なんてのでは、波風が立たなくて良いけれど、進歩もあまりない。殻は破り、寝ている奴は起こす。そのためには、「はっ!」としてもらうことが大事だ。

いくらここが「チラ裏」でしかないとは言え読者はいるわけで、そういった読者の時間をさいて読んで戴いてるわけだから、「何か」が残らないと申し訳がない。うんと腹が立つこともあるかも知れないけど、そうやって怒っている間だけは「不幸な現状」が忘れられるかも知れない。何にせよ、時間をかけて読んでもらったんだから、何かが残ることでないといけないと思って書いている。

賢い人は「煽り」で一瞬むかっと来ても、私が間違っていない限り、あるいは問題意識の共有が出来る限り、話のエッセンスで納得してくれるはずだ。既に書いたように私は「7割」くらいの人達に納得してもらえることを目標に書いている。煽りに刺激されつつも冷静に読める人は「罠」にはかからない。

煽りに過剰反応して他のことが見えなくなってしまう人、反発として脊髄反射的に反論する人はそこで「罠」にかかってしまう。怒りのままコメント欄を荒らすと「7割」の人達に冷笑されてしまう結果になる。

「3割」の人達が愚かだというつもりは全くない。なぜなら、それは私と意見を異にするというだけだ。だから、賛成出来ない人は反論コメントを書いたり荒らしたりする暇に、「自分の言論機関」で自説を展開すると良いと思う。頑張って書けば、そこで「7割」の支持を受けると思う。「異論」なんてそんなもんだ。何度も言っているよう、「ネットの意見はそれはそれ」であるし、たいていの意見は反対意見であっても共通点は多数あるものだ。

まー、冒頭で自分が「イマイチ煽り耐性がない」とか言っておきながら、他人にそれを求めるのは

ダウト

なんだけど、自分の弱点な部分はたいてい他人も弱点なのよね。

煽り風味は仕様ですwww” への2件のコメント

  1. > 「いい話だったな。ところで何の話だったっけ?」なんてのでは、波風が立たなくて良いけれど、進歩もあまりない。

    例えばちょっと前の技術者 (の賃金) についてのエントリなど、「わざとああいう書き方をしている」という感触は持ったのですが、やっぱりある程度計算されていましたか..

    # 私の場合、まだ書く文章が「良い話」で終わってしまっているので、今のうちにそういう「技」を身につけておくべきなのかもしれません。

  2. 「ある程度」じゃなくて、完全にレトリックとしてやってます。

    本当はもっと上品にやれるといいんでしょうけどねぇ…

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