もうすぐ会社辞めて1年になる。それでも、去年の今頃は必死にデバッグしてたけど。
マイミクの日記を見て思い出したんだが、そう言えば
送別会してもらってない
んだよなぁ。
約10年、多分社内の誰よりも長時間労働して(デスマやってる部下よりも長時間だ)、「明日の仕事」のことを必死に考えて、あるいは凹んでた時に自腹でいろいろおごってやったり。まー、そんなことは「その時の私」にとっては至極当然の行動で、「その時」に感謝を述べられたところで
は? 当然のことじゃん
と言うだけだったのだけど。
それでも退職する時くらい「労をねぎらう」的なことがあっても良かったんじゃないかという気がする。まぁ送別会がなかったのは私だけではなかったんだけど、そうやって「人」、特に辞めて行く人に対してドライだというのは、あまり良いことではないように思う。同じ日に部下が1人辞めているのだけど、そいつの粗大ゴミ(廃品PC)の処理まで「自分でやっとけ」とか命じてる役員には吐き気すらした。それくらい残った奴等がやってもいいだろ。
今年はいろいろ良い年だったようだけど、そういった根本のところの「ボタンのかけ違い」ってのは是正すべきだと思うのだがなぁ。何年か前に社長に「課題」として出したことは、いまだにやってないようだし。社員には気の毒だけど、このままだと「バブル」が終わったら本当にコケるよ。
まぁ今となっては「他人事」ではあるんだが。
どうでも良い指摘で申し訳ないのですが、仕事の都合でogochanの元勤務先と思われる会社のWebページにあるPDFのパンフレットを見たのですが、まだ3ページ目の弊社社員が関わる主なオープンソースプロジェクトに、「生越 昌己 MONTSUQI(OLTPモニタ),EDoMaE(文書管理システム)」と記載されていました。
へー。そうなんだ。
まぁ「いた」という過去は消えるわけじゃないからね。