「技術者の労働問題」でごっちゃにしてはいけないこと

既に書いたエントリの解説を書くのは馬鹿げているので、別の側面も見ながら考えてみる。

誤解されないように何度でも言うけど、私は「技術者」でも「経営者」でもあるので、その分技術者についてドライな見方をするようにしている(同じくらい経営者にもドライだが)。なぜなら、自分の(⊆自社の)技術に拘泥してしまったり、技術者の心情ばかりを意識すると、経営を見失うからだ。

そのあたりのことの手本は元富士通専務の「池田敏雄」だ。

氏のことはリンク先を見てもらうとよくわかるのだが、古いFACOM(IBM互換になる前)のアーキテクチャはほとんど氏一人の手によるものと言っても過言ではない… くらいの技術者だ。とんでもない技術者であるというエピソードには事欠かない。しかしそれであると共に、その手塩にかけたアーキテクチャを会社としての大義のためにすっぱり捨てて、IBM互換機を作るという判断をしたのも氏だ。「技術者」としてどんな葛藤があったのかあるいはなかったのか、それは想像の域を出ない。しかし、「経営者」としてそういった決定が出来る潔さ。これが「技術系経営者」のあるべき姿だと思う。

以上は前置き。

技術者、特にオープンソース系の人は「やりがい」を重視すると言われる。もっと正確に言えば、「やりがいがあれば報酬なんて低くていい」ということを思う人が少なくない。転職雑誌の「成功例」にも「給料はちょっと下がったけどやりがいが得られた」といった類のことが書かれている。確かにやりがいを感じない仕事を我慢しながら高給をもらうのと、給料はいくらか下がってもやりがいがあるのとでは、後者の方がQOLは高い。と言うのは、半分正しい。いや、もっと正確に言おう。これは

半分しか正しくない

のだ。「間違っている」のではない。「半分しか正しくない」のである。

あなたが転職しようとしたとする(動機は何でもいい)。目の前に「やりがいはないけど高給な会社」と「やりがいはあるけど薄給な会社」があったとする。自分が決めればどちらでも行ける。ではどちらを選ぶか。

もうちょっと細かく選択肢を設定してみよう。目の前に「やりがいはないけど安定な会社」と「やりがいがなくて高給だけど不安定な会社」と「やりがいあって薄給だけど不安定な会社」とどれを選ぶか。

あたり前のことなのだが、こういった条件をいろいろ組み合わせて選択肢を大量に作っても、「全てが満たされた選択肢」を作らない限りは絶対的正解はない。また、設定した選択肢が仮に将来に渡ってもそうだという仮定をしても正解はないし、自分の努力で変化するかも知れないとなると、ますますわからなくなる。

でも、誰にとっても一番いいのは「やりがいがあって高給で安定していて… の会社」のはずだ(「やりがい」の具体的な内容は人それぞれだろうが)。つまり、「やりがいがある」ということは大事なことなのだが、それが満たされていれば他の条件はどうでも良いかと言えば、そうではないということ。ただ「現実の選択肢」には全てを満たしたものがあることはあまりないから、自分の人生設計とセットで考えて、優先度を設定しつつ選ぶということになるわけだ。その辺の「ケリ」のつけ方は簡単に言えば、

人それぞれ

でしかない。「やりがいがあれば給料はそこそこでいい」というのは、あくまでも一部の人の意見でしかないのだ。だから、「好きを仕事に」とか言う人の言葉を鵜呑みにしてはならない。それで幸せかどうかは、「それ以外の条件」やら「その人の主観」に左右されているからだ。だいたい、

「好きを仕事にしてるから薄給でも満足」

なんて言葉を家族の前で言ってみるがいい。普通は親なら嘆き、嫁なら怒り、子供ならグレるだろう。もちろん彼等を「納得させる」努力はしてもいいとは思うし、働くのは自分なんだから周囲のことばかりを考えてもしょうがないが、傾向としてはそうだ。

何にせよ、「仕事の満足」と「待遇の満足」の問題はごっちゃにしてはいけない。相互に無関係ではないが、無理やりつなげて考えるべきではない。ましてや経営者は

「○○さんは仕事で満足してるから給料は無理に上げなくていい」

なんてことは言ってはならない。労働を評価するなら、それは待遇に反映されなければならないのだ。もちろん会社には会社の事情があるから、ストレートに反映させることは困難かも知れない(とは言え、給与原資を作るのは経営者の仕事だ)。だが、それでも何らかの形で反映させなければならないのだ。

だから、前のエントリの23にあった、

自分たちより頭がよく、社会的にも重要で意義のある仕事をしている上に、給料まで高いと悔しくてしょうがない

というのは、本当に「社会的に重要で意義のある仕事」をしているなら、その報酬(=待遇)は良くないといけないから、それが出来ていないという点でマズい環境なのだ。そんな環境にあるのだったら、是正を求めるか、それが評価される環境に移るべきなのだ。「仕事に満足してるから、それ以外の待遇はそこそこでいいよ(しょうがないよ)」と言っていたのでは、技術者の地位を向上させない。

「仕事の満足」と「待遇の満足」は無関係ではないがごっちゃにしてはならない。また、ごっちゃにさせようとする意見には警戒しなければならない。

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