「ハッカーと仕事」

まつもとゆきひろのハッカーズライフ:第3回 ハッカーと仕事

辞めた会社のことをゴチャゴチャ書くのは美しいことではないのだけど。これはまぁ奉職中も同じことを思っていたのだが、内部にいると言えないもんで。この事が、私が辞める気になった「藁の一本」でもある。まぁあくまでも「藁の一本」に過ぎないことで、それがなかったからどうかと言えるものでもないけどね。

この中で、会社のことを、

この会社はハッカーの扱い方を心得ていて、居心地の良い職場環境を提供してくれています。おかげで転職以来8年間、快適に仕事をさせてもらっています。ハッカーの多くは経済的成功への野心が少なく、食うに困らない収入があれば、適当に面白い仕事と技術的チャレンジ、およびほかのハッカーとの良好な交流があるだけで満足します。ハッカーの生産性は「普通の技術者」の数倍から数十倍に相当しますから、会社にとっても十分にお得なわけです。また、有名なハッカーには企業の看板、あるいは広告塔としての働きもありますから、そこでも有効に活用できます。

と持ち上げているが、これは「matzだけの特殊事情」でしかない。このことをあちこちで彼が言うものだから、「麗しい誤解」をした人達が続々来ていた。彼等はそれなりに技術もあり(=他社ならもっと給料がもらえる)、モチベーションも高かった。しかし、彼等はどういう扱いを受けていたかと言えば、結局のところ「人月で計るプログラマ」でしかなかった。「オープンソースプログラマの楽園」のようなことを喧伝しつつ、「オープンソースやってもいいけど、普段は酷使に耐えてね」がせいぜいだったのだ。

いくらそれが「甘い見通し」の上だとは言え、また「全ては自己責任」であるとは言え、夢や希望を持って入って来た人達が、急速にモチベーションを落として行くのを見るのは非常に辛かった。夢を持たなければ失望はないが、夢が破れれば失望になる。

それじゃあいかんし、それを何とかするのが役員なわけだけど、私はだんだん「蚊帳の外」に置かれるようになったので、実質何もできなくなって行っていた。せいぜい元部下Hを「フルスクラッチ」で育て上げて「違う風」を作るくらいだった。まぁそんな努力も「売り上げ」の前には脆くも崩れ去るものなのだが。

彼は「特殊な人」である。それは時間をかけて周囲が納得して来た。とは言え、彼も「一社員」である。そうなると、彼の給料について説明が必要になる。儲かっていて、みんなそれなりにもらっている時なら、彼の給料が高かろうが、一見ブラブラしていようが、誰も構わないだろう。ましてや「特殊な人」だ。飛行機に山が嫉妬しないように、彼が嫉妬の対象になることもない。また、彼や彼に係る仕事が儲かっていれば、そもそも文句を言うスジアイなぞない。

ところが、某社はあまり景気が良くない(決算資料でも見るとわかる)。平均給与も絶対値として低い(能力から見ればもっと低い)。ボーナスも満足に出せなくて、みんなに我慢してもらっている部分が少なくなかった。また、仕事量の偏りがある時には、デスマーチ状態の奴もいる。給料の安いのは我慢できても、デスマーチで身体を傷めるのは嫌だろう。まして、彼の給料の8割はRubyではなくて、COBOLで出来ているのだ。今は誰も文句を言わなくても、誰かが不満を持たないとは限らないし、社員は文句を言わなくても社員の家族が文句を言うかも知れない。実際に私はキレた社員(元はその家族)に詰問されたが、返すべき言葉がなかった。

それでも、役員が「そうする」と決めたことなのだから、「そうする」のは当然のことで、それが会社と言うものだ。しかし、それに従うかどうか、納得するかどうかは、社員それぞれのことだ。

何度でも言うが、彼のあの発言が許されること、彼の身分が許されることは、彼が「特殊な人」だからであって、会社がそうなのではない。あの会社に入れば誰でもああいった生活が出来るかと言えば、それは100%ありえない。

まぁ今さら私が言ってもしょうがないし、個人的にはもっといろいろ思ってることもあるけど、今日のところはこれで許しといてやる(ぉ

PS.

彼は「世界のまつもと」になってからもあの会社にいる。「仁義」という点では彼の行動は正しい。まだRubyが無名であった頃でもちゃんと彼に給料を払い、基本的にRubyに専念させていたということに恩義を感じているという点では、会社を単なるステップくらいにしか思ってない奴等に比べたらずっと偉い。有名になってからホイホイとGoogleやAppleに行かれたら、それまで援助して来た奴等の立場がないではないか。

とは言え、そのことと彼自身のキャリアとかRubyの未来とかと同じに考えるのは、ちょっとマズいかも知れない。まぁその妥協点が「楽天フェロー」なんだろうと思うけど。まぁこの辺も辞めた会社のことなので、多くは語らないことにする。

「ハッカーと仕事」” への3件のコメント

  1. ピンバック: 次なるもの » Blog Archive » おごちゃんの雑文 - 「ハッカーと仕事」

  2. 彼が「特殊な人」であるからこそ、人を雇うのに必要な手間と責任についてちゃんと理解した上で発言して貰いたいと常々思っているのですが、社員にそれを理解させるのが会社、特に上級職の責任なのではないでしょうか?

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