多分、今時は新人向けのエントリが流行ってるんだろうけど、これはあまり新人向きでない話。てか、新人はそんなことはどーでもいいので、今はひたすら
会社に慣れ(馴れ)ろ
これはまぁ、どっちかと言えば5月病先取りメッセージかも。
情報の「回り」が速くなったせいで、世の中新しい技術やビジネスがいっぱいあることに気がつく。「勉強会」はそこらじゅうで開かれているし、ネットや雑誌からはどんどん新しい情報が入って来るので、ついそれらに振り回されてしまう。もちろん程々に振り回されることも大事なんだけど、自分の「スキル」として集中するのであれば、表題のようなことを考えるといい。
人間どうしても「流行り」には乗りたくなる。特に日本人はそうらしいけど、コの業界は流行りに乗るのが仕事みたいなところがあるから、乗らなきゃって思う気持ちはひとしおだ。
でも、その時に考えなきゃいけないのは、
流行りってのは、みんながやっていること
だってことだ。「流行っているもの」ってのは、みんながやってる。これあたり前。そうなると、「流行りもの」ってのは、
出来て当然だけど、出来るのは当たり前に過ぎない
のだ。だから、自分の「ウリ」にするにはリスクが伴う。「みんながやってる」ってことだと、たとえば転職市場に出てしまえば、「みんな」の中で評価されてしまうからだ。「みんな」の中で評価されるとゆーことは、
デキる奴から順位付けされる
ということだ。
だから、すごーーーーーくデキるとゆー自信があるのなら、それを「ウリ」のレベルに高めるだけの意味がある。「ウリ」だってことは、それを武器として競争に勝てるということだから、それには価値がある。
だけど、たいていの人は「そこそこ」でしかない。「そこそこ」であれば、そもそもそういった順位付けが問題になるレベルの比較ではなくなって、
コストパフォーマンス
の問題になってしまう。「○○が出来る」とゆーことが比較対象になるのではなくて、「サラリーマンとしての常識」とか「合わせ技」とかで比較されることになる。それらもなければ、
代替可能
と判断されて「代わりならいくらでもいるんだ」みたいな扱いに甘んじなければならない。「流行ってる技術」ってのは、コの業界の習性からすると比較的先進的なもので、それなりに頑張って身につけているはずなんだけど、現実はこんなもんだ。
たとえば、かつては「Linuxのインストールや設定が出来る」とゆーのは、それ自体で起業出来るくらい「特殊技能」だった。だから、「そこそこ」のレベルであっても、ウリに出来た。ところが、そういったものは今やコモディティ化されてしまって、「Linuxのインストールや設定が出来る」ということは、ものすごい高度なことが出来ない限りは普通のスキルとされてしまって、ウリにはならない。まぁ、そーゆー世界にいたら、「出来ない奴はダメ」と言われてしまうのだけど。
そして、この間高々10年くらいしかかかってない。Linuxとゆーもの自体が廃れているとかってことは全くないし、むしろ隆盛なくらいなんだけど、あるいはそうであるがゆえに、コモディティ化されてしまった。「インストールや設定が出来る」とゆーことは、特殊技能でも何でもなくなった。
自分にある種の「才能」があると信じている人なら、「流行りの技術」をキャッチアップして、その世界で名を上げるのは良いことだろう。「その技術」がコモディディ化されてしまった時でも、「その技術」があることがウリに出来る。でも、そこに至ることが難しいと思ったら、頑張って技術を追いかけない方がいい。今すぐその技術が必要なら、それでも学ぶ必要がなくなるわけじゃないが、たいていはその技術が本当に必要になった時に、
オンデマンド学習
すれば十分だ。おそらくその頃には、様々な淘汰を経た「良書」を手に入れることが出来る。単に「早く乗った」だけの、技術も文章もイマイチな「クソ本」にムダ金を払う必要もなくなっている。つまり、学習の効率がいい。
「流行りの技術」ってのは、そんなものだ。流行りにすぐ乗れる、乗らなきゃいけない環境であれば、頑張って乗る必要がある。だけど、「転職考えた時のウリになるかなぁ」とゆー程度であるなら、何も無理して乗る必要はない。
逆に「ウリ」にしたいのであれば、市場性の低い技術を狙うべきだ。そこはまさしくブルーオーシャンなのだ。その中でも
今必要だけど、市場性は全くない
というのは最高だ。その技術がある限り、あなたは必要とされ続ける。
極めて皮肉なことだが、そいった一番の「技術」は、
社畜スキル
つまり上司に気に入られることだったりする。市場性は全くないが、まさに今必要だ。「なんだアホくせー」と思うだろうけど、間違ってるわけではない。
もちろんそれだけであれば、馬鹿らしさの極みだろう。でも、「上司」の部分を「顧客」にすれば、あるいは「市場」にすれば、もうちょっとマシなものも見えて来るはずだ。
あるいはこれから「廃れて行くもの」も良いかも知れない。時々ニュースで「後継者のいない伝統工芸に若者が入って期待されている」的なものを聞く。これはまさしく「廃れて行くもの」に出て行った結果だ。能力以前に「やる」ということだけで評価されている。コの業界で言えば、メインフレームだのCOBOLだのとゆー
レガシー
な世界に志願するようなものだ。「えー?」って思うかも知れないが、そういった世界でも「新しい空気」は必要で、「世の中の先端」から全く無縁になるわけではない。むしろ周囲がそういったことに疎い傾向にあるから、「流行りの技術」に未練タラタラの奴は重宝される。競合が少ないから、
乞食の中で一番金持ち
になることだって出来るし、それを「ウリ」のレベルまで高めることは、「流行りの技術」そのものをウリにするよりはハードルは低い。
とかってことを書いてると、
なんだニッチ戦略か
と思う人は多いと思うけど、つまりはそーゆーことだ。「生き残る」とか「勝つ」ってのは、そーゆーことだ。だから、無理して流行りの、市場性の高い技術を今さら身につける必要はないのだ。
だから、「転職を考えてスキルアップしたい」と思ったら、そこらじゅうで勉強会が開かれているような「流行りの技術」では勝負は出来ないとゆー前提に立った方がいい。もちろん、そういったものを身につけることは大事だ。でも、それだけでは自分のウリに出来ない。
PS.
なんでこれが「5月病用」のエントリかと言えば、ある程度業界とかわかって来て、それなりの規模の会社で仕事してると、今の自分のやっている仕事と、それで求められるスキルが、なんとなく世間の流行とズレてるんじゃないかと感じて来るから。特に、学校の時の専門と、仕事の分野が
比較的一致している時
にこの悩みが起きる。また、勉強会とかよく行ってたような元「意識の高い学生」が思いやすい。自主的に行く勉強会ってのは、「比較的先進的でかつ流行っている」ものであることが多く、それと比較していると「今やっている仕事」で求められるスキルって、なんとなくつまらないものに見えて来るものだ。
そんな時にここで書いていることを思い出して欲しい。「スキルシート」が必要な局面になった時、その時に一緒にやっていた人達、他の土地で同じようなことをやっている人達は、みんな「ライバル」になるのだよ。