「女性取締役の効用」

女性取締役の効用

大雑把な話、役員が野郎ばかりの会社と、女性役員のいる会社では、女性役員のいる会社の方が収益が良かったという話。

いろいろ数字が出ているのだが、これは直感的には

あたりまえ

のことだろう。なぜなら、

  • 普通は顧客も従業員も半分は女性
  • 選別の母集合が増えれば、良い人材に当たる確率は高くなる
  • 視線の相互補完

等々、肯定する論理はいくらでも挙げられる。とは言え、今までそういった統計がなかったので、反論されるがままだった。だから、ちゃんと数字が出たということは意義がある。仮にそれが恣意的な操作があったにせよ、「少なくともそういった結論が1つは出た」ということは、それだけでも意味がある。

私はむき出しのフェミニズムは嫌いだ。どちらかと言えば、嫌悪の対象ですらある。「男女平等」の類も糞くらえだ。「女性の看護師」を「看護婦」と呼んではいけないとか、そういったのも勘弁してくれと思う。

とは言え、機会に関しては平等であるべきだし、性別それ自体が制約になってしまうというのは、いろんな意味でナンセンスだと思う。世の中の半分が男で半分が女なんだから、いろんな創造的なところで両方が必要なのは当然のことだし、男と女では「目線」が違うのだから、相互補完しておくのは「隙」を減らす意味でも大切だと思う。

技術者に関しても当然そうで、コンシューマ向け製品を作るなら、エンドユーザと同じ目が必要になる。服のように、「男性用のもの」であっても、「女性にとって良い」というのと「男性にとって良い」というのは違っていたりするわけだから、「男性用のものは男性が作る」というのは、必ずしも正しくなかったりする。結局のところ

男女どちらの目も必要

なのだ。

そういったことを考えれば、普通にコンシューマ相手の商売をやっているところで、極端に男女比が違うという会社は、

なんかおかしい

と言っても良いと思う。一時的に良くてもいずれ持たなくなってしまうだろう。そういったことを思うと、フィールドのSEなんて仕事に女性が極端に少ないというのは、業界としてどうかしてると思う。まぁ「男が作った」「女が作った」ということが無関係の製品というのもいっぱいあるので、そういった世界には男ばかりでもおかしくないと思うのだが、エンドユーザが使うものはやっぱりおかしかろう。

性差は絶対にある。男女は同じであろうはずがない。だから、フェミニズムな文脈で言うところの「男女平等」はナンセンスであるが、またそうであるがゆえに、男女は平等でなければならない。

まぁそれを思うので、自分の会社の最初の部下は女性が良いなと思ってる。これで弊社は男女同数になる。そして、なるべく同じ比率で推移させたいなと思う。野郎ばかりのむっさい職場になるのは勘弁だし、当然顧客にも喜ばれたいからね。