地方からの情報発信?

最近の田舎の自治体の課題は、「地方からの情報発信」なんだそうである。何でも、これは「地方」から「中央」に向かって情報を発信して、地方の存在をアピールすることなのだそうである。

しかし、これはどう考えても

ナンセンス

である。なぜなら、一度情報を「発信」すれば、もはやそれは「地方」ではなく、

その情報に関しては中央

なのであるからだ。

そういった意味では、そもそも「地方からの情報発信」などという言葉自体が、ナンセンスなのである。この「地方からの情報発信」が、地方でもこういったことが出来るという意味なら、

そんな情報はいらない

情報は情報そのものに価値があるのであって、同じ内容ならどこから発信されようと同じであるし、「頑張ったから素晴しい情報」などということはなく、「良い情報だから価値がある」だけである。だから、情報を出した側は、「地方でも出せた」などと自己満足的に喜ぶのではなく、その情報は「中央的価値」を持たねばならないのである。「○○でも」ではなく、「○○だからこそ」に価値があるのだ。最初から「地方」をハンディにしてもらおうなどという発想自体がさもしい。それは単なる

甘え

に過ぎない。

情報に地理的な意味での中央や地方は存在しない。出したものが中央に位置するのである。そういった情報の特性を理解せずして「地方からの情報発信」などと言うのは、

何重ものナンセンス

なのである。

もし、どうしてもそういった意味のことを言いたいのであるなら、

現場からの情報発信

とでも言えば良かろう。情報はその発生現場からのものが一番生々しい。現代では無用な加工が加えられた情報よりは、生に近い情報に価値があるのだ。だから、現場からの生々しい情報には価値がある。このような情報を出すことは、「地方でも」出来ることではない。「地方だからこそ」出来ることなのだ。そして、その「情報発信」をした瞬間に、その「地方」は「中央」になるのである。