「人並み以下の頭脳しか持っていない男性ほど、自分は知能が高いと信じる傾向があることが判明 」

何でも評点より。

人並み以下の頭脳しか持っていない男性ほど、自分は知能が高いと信じる傾向があることが判明

要するに頭の悪い奴程、偉そうだということ。このことはなんとなく感じていたことなのだが、ちゃんと調べた結果が出ているというのが興味深い。

実はこの記事が出る前に、

上から目線でネガティブなことを言う奴が馬鹿を晒す件

といった感じのエントリを書こうと思っていた。下手なタイミングで書くと「燃料投下」になりかねないので、タイミングを計っていたのだけど。

一つ具体例を挙げると、もうかなり昔、PS2 LinuxをSCEIが出すの出さんのというタイミングの時に、私が久多良木さんと結託して「署名」を集めるという話があった。この辺のことはチラっとWikipediaに出ているし、今見ると自分でもちょっと書いてる。今だから言うと、これはもう本当に「出来レース」みたいなもので、一種のアリバイ工作的にやったものだった。

ところが、この「署名運動」の時の2ちゃんの反応が面白かった。2ちゃん特有の「上から目線」の「評論家」達が、「何をムダなことをやっているんだ」と半分馬鹿にしていた。こっちは事情がわかっているから、「ああ、馬鹿晒してんなー」と思って見ていたのだけど、書いてる奴等はそれなりに本気で「評論」していたようだった。まぁSCEIが嫌いなだけだったかも知れないけど。

似たような事例は探せばいくつも出て来ると思う。既に結果の白黒がついているものについて、2ちゃんの過去ログを探せばいい。ここでなんで「2ちゃん」かと言えば、2ちゃんは好き勝手なことが言えるだけじゃなくて、「過去」が消せない。blogだと後で消すことも出来るから残ってないかも知れないのだが、2ちゃんではそうも行かないのでサンプルにしやすい。

実は「ネガティブなこと」を言うのは、偉そうにふるまうには都合がいい。世の中のたいていの新しい試みは失敗に終わるし、仮に成功してしまっても「警鐘を鳴らしたのだ」と言い訳も出来る。だから、

ネガティブなことは言ったもん勝ち

なわけだ。だから、安心して偉そうにふるまうことが出来る。数学的にも「あることが成立しない」というネガティブな証明は、「あることが成立する」というポジティブな証明よりも簡単であることが多い。「成立しない」ことは証明すら不要で、実例が1つあればそれで良いからだ。

というようなことを意識してるかしてないかに関わらず、「偉そうに上から目線でネガティブなこと」を言う奴は多い。ところが、多いがゆえにそれが当たったところで目立ちはしないが、外れた時に目立ってしまう。私の経験の中で目立ってしまったのが、件のPS2 Linuxの話なわけだ。間違いが目立ってしまったものだから、馬鹿を晒してしまっている。

というようなことを書こうと思っていたわけだ。

つまり私は「大衆迎合」と同じように、ネガティブに迎合していれば、それなりに自分の地位の安全が保証されるから、安心して叩くことが出来る — つまり、偉そうに出来る。のだと思っていた。「正義感」あふれる漢達が、「けしからんblog」を炎上させるのと同じようなメカニズムなのだろうと。

ところが、件の記事によると、もっとはっきりと、

人並み以下の頭脳しか持っていない男性ほど、自分は利口だと信じる

ということを言ってしまっている。となると、PS2 Linuxの「ネガティブな評論家の馬鹿晒し」は、むしろ「偉そう」であったがゆえに馬鹿だったということか。

ただ、前にも書いたことだが、知識を得るために一番手っ取り早い態度は、「謙虚」である。偉そうにする(=自分の知能が高いと信じる)ことはその逆の行動だから、知識を得にくい態度だ。となると、件の記事の話も、実は因果が逆で、

自分は利口だと信じていたから、人並以下の頭脳しか持てなかった

のではないかという気もする。これなら納得もしやすい。

何にせよ、「偉そうにする」ことと「偉い」ということは、たいてい不一致なので、偉そうにして良いことは何もない。また、「馬鹿ほど偉そうにする」ということが一般的知識になってしまったら、「偉そうにしてるから馬鹿だ」みたいに思われるようになるかも知れない。

それとは逆に、「本当に偉い人」には偉そうにしてもらわないと、他人が困るってのもあるんだけどね。

「人並み以下の頭脳しか持っていない男性ほど、自分は知能が高いと信じる傾向があることが判明 」” への4件のコメント

  1. >自分は利口だと信じていたから、人並以下の頭脳しか持てなかった

    逆転の発想ですが真理をついていそうですね。

    以前「「創作もの」が上達する早道は、他人にボロクソに叩かれることだ」と言われていましたが、これも

    「うるせー!俺の芸術に口出しスンナ!」

    と思ってしまえばそこまでですからね。

    しかし、「自分が絶対に正しいわけじゃない」と言う事を理解するのは社会人というか大人への階段の必須ステップだと思うのですが、最近はどうなんでしょうね?

    何歳位の人が、ああ言う「大上段に振りかぶった知ったかぶりの評論に見えるただの根拠の乏しい否定」をしてるのか知りたい気はします。

    そう考えると、個人情報に当たらない程度の情報が公開されると、2chは社会統計学者が涙を流して喜ぶ実験場になりそうですねw

    まぁ、自分が正しいかどうかはおいといて、他人を叩いて気持ちよくなりたいだけかもしれませんが(苦笑)

  2. 仮想的有能感,という言葉を思い出しますね.
    出典: 速水敏彦「他人を見下す若者たち」講談社現代新書1827

  3. > 仮想的有能感

    思うのではあるんだけど、「仮想的」と言えど「有能」だと思っている人達の行動が、あまりに「小さい」のが不思議。

    > 何歳位の人が

    実は「若者たち」に限ってないような気がとてもするのよね。

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