日本における食用ザリガニ養殖の可能性についての考察

備忘のためにエントリにしておく。

話の発端は、この記事である。

鳥取で食用ザリガニ養殖 中華料理店の販路開拓

弊社のブログを見ている人はわかると思うが、弊社には大量のザリガニが飼育されている。愛玩という目的もあるが、他方食用にしたいという考えもあってである。そこに上記の記事があったので、弊社で考察していたことを書いておく。件の記事については、あくまでも考察の材料とし、直接的には肯定も否定もしない。

ザリガニは美味い

食べたことがない人達は否定的なことを並べたがるが、うまく泥抜きしたものは特に泥臭くなく、「淡水にいるロブスター」だと思っておけば、だいたい当たる。

欠点があるとするなら、サイズである。その辺にいるアメリカザリガニは言うに及ばず、食用にされるヨーロッパ系ザリガニであっても、そのサイズは物足りない。中華ではしばしばアメリカザリガニを食用にするらしいのだが、

ほとんど殻

と言って良い状態になるらしい。それでも好んで食べられるのは、それだけ美味しいということと、手軽な食材であるということである。

なので、「食用のザリガニ」を育てるということは良いことである。

そういったこともあって、

仮に業務としてザリガニの養殖を始めたらどうなるか

ということを検討してみたことがある。

最初に考えなければならないのは、「流通」の問題である。既に食習慣として存在している中国か、あるいは国内の中華料理店なら話は簡単である。

ここで問題になるのは、「競合」が存在することである。

弊社で飼っているザリガニは、

アメ横

で買って来たものである。アメ横には、主に中華料理で使うためだと思われる、採集もののアメリカザリガニが売っている。ミカンの網袋みたいなものにいっぱい(30匹くらいか?)入って2000円くらいで売っている。これを適当に選別して親にして産卵させ、それを育てている。

つまり、普通に中華料理で使うザリガニは、1匹100円程度で市販されているということである。と同時に、それは

普通にその辺の湖沼で採集された

ものである。

日本においてアメリカザリガニは「好まざる生物」である。既に国内に大量に定着してしまっているので、今さら特定外来生物に指定してもしょうがないということで指定は免れているのだが、どちらかと言えば「害虫」の類に思われている。何しろ元々日本にいない生物であるから、環境保護的に好ましくはないのだ。

なので、「乱獲」ということに対しての制限はない。いや、むしろどんどん獲って絶滅させてくれと思われているような、そんな生物である。なので、湖沼や水田で勝手に生息しているアメリカザリガニは、資源枯渇するまで獲って良いのである。

そのため、価格も低めである。小売で1匹100円くらいだということは、卸しだといったいどれくらいになるか。その程度の「雑魚」なのである。

だから、せっかく「養殖」しても、それなりの付加価値をつけない限りは、乱獲上等の採集ものが直接の競合になるのだ。これはビジネスとして厳しい。

さて、それではここで付加価値をつけることを考えてみよう。

まず考えられるのは、

生食可能にすること

である。日本人は何かと言うと、魚介は生で食べたがる。しかし、一般に川魚には寄生虫がいる。アメリカザリガニも吸虫類が存在している。

肺の吸虫感染症

これがいるせいで、アメリカザリガニ(に限らずザリガニ類全て)は生食不可である。

弊社で飼っている奴は、そういった吸虫類寄生虫の類が存在するのは好ましくないので、買って来た時にかなり長い期間薬浴をして寄生虫フリーの状態にし、さらに仔を育てるということでリスクをなくしている。当然、それなりの環境に置いているから、寄生虫の心配はない。

ところが、件の記事の「養殖設備」を見ると、どうも「自然環境」に置いているようである。

吸虫はその生活環に淡水産巻貝を持っている。こいつらは、自然環境だとどこにでもいる。タニシやカワニナなんてのは、そこそこ綺麗な田んぼにはいくらでもいるものである。むしろいる環境は好ましいものとされている。なので、ああいった養殖をすれば、当然に養殖池の中にはタニシやカワニナはいるだろうし、それらは結局吸虫のリスクとセットになる。

そんなわけで、件のやり方では生食可能にすることは出来ない。てゆーか、別に生食にしなくても、そういった「吸虫に汚染されているかも知れない食材」を普通のキッチンで料理するのは、それ自体がリスキーである。

ベルツ肺吸虫

なので、安全な食材として流通させるためには、

閉鎖環境での飼育

が必須である。

またアメリカザリガニは最初の方で言ったようにサイズが小さい。そのせいで、料理のバリエーションは制限を受ける。

小さいクルマエビサイズのロブスター(それもかなり小さい)

では、「ちょっと食べてみた」以上の料理にはなりえない。せめて普通サイズのクルマエビであって欲しい。そうなれば、色の華やかさも意味を持つ。食べたら殻の山という問題もマシになる。

会社のザリパのザリガニは、IKEAで買って来たものだ。こいつはそこそこのサイズであるのでまぁ食いでがある。これの正体は何かと言えば、ヨーロッパ系のザリガニ、おそらくはActacus属のザリガニである。

ところが日本では、全てのザリガニ科(Astacidae)とミナミザリガニ科(Parastacidae)は特定外来生物とされている。つまり、食用にして嬉しいサイズのザリガニは全てが

飼育不可能

なのである。このせいで、阿寒湖産のウチダザリガニ(Pacifastacus leniusculus)は飼育も生体での移動も出来ない。何が困ると言って、

泥抜きすら出来ない

のである。

実はザリガニのミソはとても美味い。どれくらい美味いかと言えば、

ミソ食ってなんぼ

と言っても良いくらい美味い。ミソの美味さと比べたら、身の価値なんてのはゴミにも等しいと言っても良い。まぁ「ゴミ」とか言いつつそれなりに美味いんだけど、それをゴミと断じるレベルにミソが美味いのである。

ところが、泥を抜かないとミソは食えない。そりゃ食って食えなくはないのだが、泥臭くて食えたもんじゃない。そんなわけで、

阿寒湖漁業共同組合

のザリガニは残念なのである。身は美味しいんだけどねぇ… なので、今のところ美味いザリガニを心行くまで食べるには、IKEAで買うしかないのだ。

そんなわけで、「商品」として流通させるには、「アメリカザリガニ」の「閉鎖環境での飼育」が必須な上に、「食用として十分なサイズ」という制約がある。

ザリガニ科の生物を育てられないとなれば、アメリカザリガニ(アメリカザリガニ科)の品種改良をして、大きな品種を作り出すしかない。実際、アメ横で買って来たザリガニからは、大きく育つものも小さく育つものもいるので、「遺伝的多様性があるのだなぁ」ということを感じる。それゆえ、大きなものから「品種」を作出すれば良い。

「作出すれば良い」と簡単に言うが、これはまた茨の道である。これについては細かくは書かないが、素人が「ちょっとやってみました」というレベルでやれるものではない、凄い厄介な手間がかかることである。「ペットショップで稚魚を」みたいなお気楽なものではないのだ。

これらがまず解決しなければならない「流通」の障害である。つまり、

  • 従来の用途では競合が激しい
  • 安全に使ってもらうにはコスト(つまり価格)が厳しい
  • 従来の用途でない用途に使うにはサイズが厳しい
  • サイズを解決するには品種の問題が厳しい

のである。

これらがクリアされる見通しを立ててから、始めて実際の飼育を計画する必要がある。もちろん飼育するに当たっては、

ザリガニは肉食性の強い雑食性で共食いをする

というあたりに起因する問題が大量にあり、その解決はまた流通問題にも関係する問題だったりする。

また、「養殖」するからには「エサ」と「水」、そしてそれによる「排水」の問題もついて回る。これらもまた容易ではない問題である。

ということで、弊社がザリガニの養殖事業をすることは、少なくとも今はない。可能性があるとすれば、十分なサイズに育つ品種が作出された時である。今のところは愛玩用の小さい系統が見つかったというだけで、まだ「品種」に固定されてはいない。

それにしても、「弊社」と言うよりは、私の

老後の楽しみ

くらいではないかと思う。

PS.

朝日新聞にもうちょっと経過について書いてある記事を発見した。

アメリカザリガニで町おこし 「生態系脅かす」と反対派

この「反対派」は半可通だなぁ。いや、心配はわかるけど、業としてやるならそれくらいは対策して当然だし、逃出はロスなんだから極力減らすさ。それに、元々アメリカザリガニはその辺にいくらでもいる外来種なんだから、個体数はそこの生態系の中でバランスしていて極端に増えることはないし、外来種に遺伝子汚染もクソもない。水害等で施設が破壊されたら、大量に逃出することになるだろうけど、すぐに程々で落ちつくだろう。元々、ものすごい繁殖力がある上での現状の個体数なんだから。

ただ、ここに書かれていることを本編で書いたことと併せて考えるなら、「事業」としては成り立たないだろうなということは想像に難くない。こういった考えで事業化出来るほど、単価は高くないからね。