40にして惑いを知る

dankogaiがお誕生日らしい。

不惑

とっくの昔に40過ぎた私が来ましたよ。「40」なんてまだまだ惑いまくりだ。

40の誕生日に何してたか思い出せるのは、嬉しいのか悲しいのか。まぁ何があったかは書かないけど。

ネットって自分よりも若い奴が大勢いて、それでいて自分よりも明らかにデキる奴も大勢いて、「あー、俺ってもう隠居とか考えた方がいいかなぁ」とか思ったりしてた。でも、自分をふり返れば、まだ「女の子にモテモテになりたい」みたいな若い頃から続く不純なことばかりではなくて、「自分の時代を築きたい」とか「その築いた後に続く奴を育てたい」とか、歳を食ったら歳を食ったなりの「欲」が出て来る。もうそれに向かって、

まっしぐらに惑ってる

ことに気がつく。矛盾してるようだけど、「まっしぐらに惑ってる」としか言いようがない。目標はあっても試行錯誤、あるいは目標の正当性を考えるのに試行錯誤。

幸いなことに我々には「吉岡さん」と言う煩悩の大先輩(笑い)がいて、そういった人間としての欲やらエンジニアとしての欲にまみれた姿を見せられているので、「あー、私なんてまだまだ迷ってていいんだ」とか思って安心してみたりする。

そう思えば、「40にして惑わず」なんてのはありえなくって、むしろ

40にして惑うことを知る

くらいがちょうどいい。

そりゃ、「若い頃」と同じことをやっててもしょうがないんだけど、歳を食えば歳を食ったのに見合った「惑い」があるんだから、遠慮なく惑い続ければいいのさ。