ぶろがー達の退職

この年末に、よく見ているblogの中の人が退職するという話を、2つ見掛けた。

有機化学美術館・分館 退職のご挨拶

退職報告及び自己紹介

どちらも、本業でバリバリの雰囲気だったので、何か思うところがあったのだろう。書いてあることを読むと、どうやら「好きを貫いた」結果らしい。いずれも本文のどこかに「梅田望夫」が出て来る。また、「転職」ではなくて、「退職」らしい。

こういったのを読むと、「じゃ、俺も好きなことをやるために会社辞めるど」「会社ではその辺の奴等よりは仕事出来てたんだから、大丈夫だ」と思ってしまう人もあるんじゃないかと「危惧」する。もちろん、「好きを貫く」ことは悪いことじゃないし、物事を始めるには勢いが必要だし、いいアイディアがあるんだったらそれを活かすことは大切だ。だから、やれるんだったらやった方がいい。大いにやるべしだ。

でも、

誰もがやれると思ったら大間違い

だ。と言うよりも、ほとんどの場合、「好きを貫く」ためにはサラリーマンやっている方がずっと効率がいい。効率をベースに考えたら、起業とか独立とかってのは、ほとんどの人にとっては、むしろ「対極」にあると言っていい。

多分、日本の国の中で一番好き勝手が出来るのは、

そこそこのポジションのサラリーマン

だ。役員になるといきなり自由が効かなくなるし、ごく下っ端だと使われるだけだ。下手に管理職になれば、部下のお守りの方が仕事として大きくなってしまう。つまり、「そこそこのポジション」の上でも下でも、「好きでない」仕事がわいて来るのだ。

そうしたら、「僕、君達よりもずっと出来る人なんだよねー」な空気を漂わせつつ、「俺いなくなったら困るよね君達」みたいに思いながら、働く。これが一番だ。あるいはそんなことをさせてくれる会社に「転職」する。これでもいい。つまり、「自分のわがまま」を言える環境を作るか、そこに行くことだ。自分のやりたいことをさせてくれて、自分のやりたくないことを避けてくれる「上司」の下で働く。そうすれば、面倒なことは「上司」に押しつけられる。そういった面倒を引き受けてくれる「上司」がいるのが良い環境なのだ。「転職」の勇気がなかったら「異動」を申し出てみるのもいいだろう。

これが、「独立」だの「起業」だのをしてしまうと、「上司」は「社会」だったり「顧客」だったり「お役所」だったりになってしまう。どれを取っても、「面倒を引き受けてくれる」という度量はない。だから、面倒なことは全部自分でしなきゃいけなくなる。しかも、その「面倒なこと」は、サラリーマン時代よりもずっと増える。

さらに、「技術者の給与が相対的に安いらしいが…」のコメントにわいて来たような「出来るエンジニアがいい給料もらうのは当然だ」みたいな甘ちゃんは言えなくなる。自分が手に出来る報酬は、

自分の能力の総合評価の結果

になってしまう。一言で言えば、「技術だけがあっても商才がなかったらダメ」ということ。

そうなると、自分の本業でどれだけ能力が高くて、その評価を高く受けていても、「商才」がなかったら金にはならなくなる。つまり、「好きを貫く」なんてことをしちゃったら、食えなくなるということだ。好きでないことをいっぱいしないと、そもそもの生活が出来なくなってしまう。「サラリーマン」の時代はその辺を甘く考えがちだが、これはなかなか厳しい現実だ。一人なら、まぁ「水飲んでも生きて行ける」的無茶も出来るが、会社にしちゃったり家族がいたりというような「一人じゃない身」の場合はそういうわけにも行かない。

私の場合は、元々が役員だったし、他のエントリを見てもらうとわかるが、こういったことも含めて

俺のhackの対象

と思っていたからそれ程苦ではない。だから、それなりに「好きを貫く」ことを楽しんでいる。しかし、そういった類ではなく、「技術者としての好き」だけを貫くということは困難、いや不可能だと覚悟するべきだ。

「起業するデメリット」は他にもたくさんあるから、その辺は調べてみるといい。有給休暇もなくなるし、借金も容易でなくなる。住宅ローンを通すのだって容易じゃなくなる。事故で死んでしまうのなら良いが、長期療養なんてことになったら、何も出来なくなってしまう。そういった現実を見ると、それこそ

デメリットだらけ

だと言っても過言ではないのだ。だから、そういった諸々のデメリットを超えるだけのメリットが得られる時でない限り、「独立」だの「起業」だのは考えない方がいい。昔、誰かが

経済的裏付けのない自由 = 乞食

ということを言っていたが、まさしくそうなるのだ。世の中で言われる「ワーキングプア」よりも、もっと深刻な事態が待っていると言ってもいい。「好きを貫く」というのは、そういったことも含めて「貫く」のであって、「好きをやる」ではないことに注意するべきだ。デメリットの山を超えて行くくらいの、「貫き方」でないとやって行けない。

件のぶろがー達はそういったことも含めて、自分の道を決めたのだと思うのだが、他の人達がそれに連られ(釣られ?)てしまったりすると不幸だなと心配する。

確かに「梅田望夫」はあなたの背中を押してくれるかも知れないが、「その先」がどうなっているかまでは心配してくれない。もしかしたら「その先」は、

段崖絶壁

なのかも知れない。