半可通にならない方法(1)

私はヲタが嫌いである。

嫌いな理由はいくつかあるけれど、その中の一つとして「半可通のくせに他人の専門領域に平気で土足で踏み込む」というのがある。「半可通」がいっぱしの口を叩くことにイライラするのだ。それは「自分の専門」でも「(自分が見ている)他人の専門」でも同じ。特にコンピュータ業界はプロとヲタの境界があいまいだったり、特定能力に関しては「出来るヲタ」の方が「かけだしのプロ」よりも上であったりすることも多いので、よけいにその傾向がある。

いわゆるプロはたいてい「制約事項」の下で「全体最適化」を行い「再現性」のあるような結論を導き出す。それがプロのプロたるゆえんである。だから、「リソースは有限」とか「収益性」とかを意識して最もC/Pの高いことを、無理なく行う戦略を立てる。また、それが出来なければ、どれだけ能力があってもプロではない。

そのためには、幅広い系統だった知識が必要だ。批評するには断片的知識でも出来なくないが、「行う」ためにはそうは行かない。また、そういった「断片的知識による批評」はたいてい「制約事項」とか「全体最適化」あるいは「再現性」といったあたりに目が向いていないので、半可通同志にはウケが良いが、プロから見ると「わかってないなぁ」なことが少なくない。それでも批評は批評なので、まるっきり無視は出来ないというのが、ありがたくもうっとおしい。

ということで、半可通は嫌いなのだ。

SEなんて仕事をしていると、いろんな知識が要求される。コンピュータに関すことはこちらは「専門家」であるわけだし、その自覚を持って取り組めばいい。また、日常的にその中で仕事をして過しているわけだから、放っておいてもだんだんに身につく。コンピュータのプロであることは、あたり前だ。

ところが、「いろんな知識」の方はそうは行かない。元々自分の専門ではない世界のことだし、その分野の系統だった知識なんて持っていない。ところが、客のシステムを造るためには、その世界の知識がなければ設計どころか文字通り「話にならない」わけで、時としてはこちらは「その世界のコンサル」のような顔をして語る必要さえあったりする。だから、「いろんな知識」に関しては一生懸命勉強するわけだ。とは言え、それで到達出来るのは、「半可通レベル」でしかない。

ところが「半可通レベル」で知識をふり回せば、顧客に嫌われるのがオチだ。一般論としてのヲタに理解がある人でも、自分の専門分野で半可通素人が知識をふり回せば、うっとおしく感じない方がおかしい。だから、「知識があるような会話」をしつつ、「半可通知識のふり回し」にならないような努力が必要になる。

私が意識してやっていることの第一は、

とにかく謙虚に相手の話を聞く

ことだ。何しろ相手は「専門家」のはずだからこっちより知識は多いし、謙虚な態度で接していれば、プロとしての語りをしてくれているはずだ。それを謙虚に聞く。もちろん、時々わからないことは質問したりすると、相手は大喜びで「こいつは話がわかる」と思ってくれる。予習して来たことと違うことがあっても、そこでつっこんではいけない。

「相手が喜ぶこと」に増して良いことは、その「プロの知識」を自分の知識にすることが出来ること。どうせ自分はその仕事そのものをやるわけじゃないんだから、その人の「語り」の範囲で十分わかればそれでいい。だから、あらかじめ自分で勉強しておくのは、「相手の話がわかる」程度でいい。「生の専門家の意見」を聞くのは、大いに勉強になる。

そんな時でも意見を求められたりして、「知識のふり回し」をしなきゃいけない時もある。そんな時は「自分の土俵」に昇華した話をすればいい。とにかく相手の領分を侵すことはしないで、ひたすら吸収する。

時々「専門家」も間違いをする。でも、そこでつっこんではいけない。質問くらいは良いが、「おかしい」という態度でつっこんではならない。それは本当に間違いかも知れないし、予習して来た元ネタが間違っていたのかも知れないし、流儀の違いかも知れないし、「全体最適化」の結果かも知れない。そこを「おかしい」という態度でつっこまれれば、当然相手は不愉快になるし、その結果関係が悪化するかも知れない。そうすると、知識を吸収する先を失うことになる。メリットと言えば、高々自分のちっぽけな自尊心をその瞬間に満足するだけだから、皆無に等しい。だから、「おかしい」と思ったら「質問」に昇華しておくのがいい。その時の答えがおかしくても、「この人にとってはそうなんだ」くらいに思っておく。

第二は、既に半分くらい述べてしまっているのだが、

系統だてて勉強する

ことだ。「専門家」の知識と「ヲタ」の知識の根本的な違いはここにある。だから、自分も「専門家」の知識を得ればいい。

と言ってもこっちは素人だし、それなりの経験を積んだ「専門家」に敵おうはずがない。そこで妙に頑張れば、結局半可通になってしまう。だから、「謙虚に聞く」ということはやめてはならない。じゃあどうすれば良いかと言えば、

「専門家」の話がわかる程度

を当面の目標にする。それは非専門家が専門家と会話するのに十分な知識である。基礎をしっかり勉強しておけば、妙に知識をひけらかさなくても「こいつ侮り難し」と思わせることも可能だ。さらに「鋭い質問」が出来るようになれば、お互いに得ることも増える。

これに手っ取り早い方法は、2視点の「入門書」を読むことだ。1つは「オヤジ向け」のもので、もう1つは「実務者向け」のものだ。「オヤジ向けの入門書」には、だいたいその世界の概観が出ている。それを読んで概観を知れば、「ディティールにばかりうるさい半可通」になることは避けられるし、その知識についての「意義」を知ることが出来る。「実務者向けの入門書」には、その世界の実務について細かく出ている。それを知れば「うわべだけの半可通」になることが避けられる。

トップダウンとボトムアップの両方で概観を知ると、うまい具合に系統立てた知識の代用くらいにはなる。これは「専門家」になるにしてもそうでないにしても、「新しい分野」について知識を得るためには、常に使える即習法だ。 急ぐ時には程々に、じっくり深くやるには両方がうまくつながるまでやる。原理的にはどっちかからやっても良さそうに見えるし、学校教育ではそうなっているものなのだが、自分で学習するには「わかる感」というものが大事だから、両方から攻めるのがいい。

そして最後に挙げたいのが、これも既に書いたことと重なるのだが、

自分の知識の足りなさを自覚し続ける

ことだ。これは何事もそうで、自分の専門分野でもそうであるが、それにも増して自分の専門でもない場合は肝に命じておくのがいい。いや、自分の専門分野に関しては、自分の未熟さは見えやすいから自覚もしやすいのだが、非専門分野だと自分の知識の足りなさすらわからないこともある。たいていどんな世界でも、「芸の道は長く危しい」はずだから、自分の未熟さが見えないというのは、

自分が未熟でないのではなく、
自分が未熟であることすらわかない

と思っておいた方が間違いがない。そう思えば、「半可通の知識のひけらかし」がどれ程恥ずかしいことかわかるだろう。「知識のひけらかし」に喜んでいるうちは、未熟なのだ。

# もっとも「知識のひけらかし」を公にやれば、「知識の共有」につながる。もしあなたが「知識の共有」に関して何かしなければならないなら、そういった「ひけらかしたい盛りの人」をうまく使うことを考えるべきだ

「自分の知識が足りない」というのは、学習のモチベーションたりうる。そういった人は「専門家」にもどんどん質問するはずだ。そうすれば「かわいい」し、知識も吸収できる。

私は「人は見た目が全て」だと思っている。どうせ程度の差はあれ、何事も(自分の専門分野であっても)半可通であることには変わりはない。だったら、「半可通であることを見せない」ようにしておけばいい。そうしておけば、知識は勝手に転がり込んで来る。

賢い人はこの文章を見て、「それでは結局仕事にならないではないか」と思うだろう。そこをどうするかは、「(2)」で。

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This entry was posted on10月 15th, 2007 at 20:55:20. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. Both comments and pings are currently closed.

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