モンゴルの医者は月給100ドル

モンゴルは日本の常識はまるっきり通用しない。

このカルチャーショックを受けただけで、随分と良い経験となった。「ビジネス」というものを考え直させてくれた。

まずとんでもないのが、「公立病院の医者の給料は月100ドル」でしかないということだ。ちなみに、ウランバートル市内で普通の生活をするには、月300ドルくらいかかる。携帯電話に100ドルかかるのだが、それも彼等は持っている。じゃ、どうするかと言えば、嫁さんの稼ぎや、実家の稼ぎを使う。それで足りない人はどうするかと言えば、なんと医者に「タニマチ」がいるのだそうだ。

大病は公立の大病院でなければならないし、CTスキャナのような「先進医療機器」は大病院にしかない。ちなみにCTスキャナはモンゴルに1台しかなく、24時間フル稼働しても待ちがいっぱいなんだそうだ。モンゴルは「コネと賄賂」の世界だから、「友達」がそういったところに勤めていることは、非常に重要なのだ。ところが医師の多くは、「生活できない」という理由で転職したがっている。それを食い止めるために、「タニマチ」があるのだそうだ。金持ちは普段から医者にいろいろなものを与えて、公立病院に勤めていてもらう。それで医師は生活が成り立ち、医療が守られている。

本来は病院が医師に十分な給料を出せばいいのに、なんだか知らないがこういった「変」なことが社会常識になってしまっている。そんなところに「先進国の論理」なぞ通用しようはずがない。

これはあらゆる職業にそれに近いものがあって、飲み屋のねーちゃんはちょっと小使いやれば「店外デート」に応じるし、警察官やガードマンも、ちょっと個人的に金を渡すと、何でも聞いてくれる。会社のそこそこ偉い人も、「俺、個人的に協力するよ」と言ってくれる。どうも彼等は「組織への忠誠度」が極端に低いようなのだ。

そういったシステムがわかっている人にとっては、便利で話が早いのだが、誰にとってもいいわけじゃないし、抱き来んだ相手がダメな奴だったら、聞き目が出るまでに話がなくなったりしかねない。

「先進国の論理」で言えば、とんでもないことだし、是正されるべきことだろう。とは言え、彼等の国は彼等のものだから、それが良いとも悪いとも言う資格は、我々にはない。極度の貧困や虐待があれば、何か言うべきだろうが、そういったものはないようだ。

不思議なのはウランバートル人口の半分は「ゲル地区」と呼ばれる、まぁ日本で言えば「部落」に相当するような地域に住んでいる。そこの人達はモンゴルの基準で見ても貧しいし、部外者に対する犯罪も多い。じゃ、日本の「部落」のような差別対象になるかと言えば、「人口の半分」なのだから、それもない (しようがない)。内部での犯罪もせいぜいちょっとした喧嘩があるくらいで、内部では治安も悪くない(他所者には結構あるらしい)。そして、不思議なのは「月100ドル」かかる携帯電話を、その地区の人達も持っているということだ。

「先進国の論理」で言えば、「そんなもの持ってる金があったら生活改善しろよ」なのだろうが、どうもそうではないらしい。彼等にとってはとても必要なものらしい。そのメンタリティは我々の理解の外だ。

そういった「変」なことはいっぱいある。でも、それが彼等なのだ。我々が良い悪いを言う資格はない。

こういったところでは、我々がさも「世界の真理」であるかのように思っている諸々は通用しない。「Web 2.0革命」なんて彼等の文化からは寝言でしかない。ああいった国と関わるためには、「常識」という見方から抜け出さなければならない。と言うよりはその常識は本当に常識かということを吟味しなければならない。

まーそれはさて置き、医者も警察官も、基本的に「月給100ドル」とゆーのは驚きだ。普通のサラリーマンは、その数倍もらってるらしいが。

モンゴルレストランのメニューモンゴルレストランのメニュー

画像はその「月給100ドルの医者達」と食ったレストランのメニュー。ただし彼等にとっては「こんなところ、俺達は滅多に行けない高級店」らしい。

ちなみに、交換レートは9T(ツルブク) == 1円。