「 ソフトウェアの資産計上」は業界の求めたこと

Twitterで

というのが流れて来て元ネタの、

Amazonは最大のハックである「税ハック」と日本のソフトウェア産業の競争優位

を読んだのだが、事実誤認とゆーか、読みスジ違いが酷いのでまとめておく。会計士の人が書いているようなので、そういった意味の「間違い」ではないのだが、根本にズレがある。

そもそも、昔は無形固定資産に「ソフトウェア」という科目はなかった。

なかったらどうだったかと言えば、「ソフトウェア」は全て経費であり損金だった。その当時の(今も大差ないが)のソフトウェア開発は、外注費(仕入)と給料(販管費)を払ったら終わりだった。それ以外には何も残らない。そして、その当時「ソフトウェア」というのは資産ではなかった。つまり、昔は件の人達が理想とする姿だったのだ。時代はバブルの前頃までである。パソコンがまだおもちゃ以上のものになれない時代だ。

ではそれがなぜ変わったかと言えば、実に業界の要求だった。

バブル前夜、やっとソフトウェアに単体の価値が認められるようになって来た。それまでの「ソフトウェア」は主に「でっかいこんぴゅうたぁ(メインフレームとか)」のオマケ扱いだった。だから、「ソフトウェア」なんてものは、まさに

価値が認められない

ものであったのだ。

これではソフトウェア業界は成立しえない。事実、「ソフトハウス」といったソフトウェア専業の会社はほとんどなく、

ソフトハウス = ゲーム会社

みたいな扱いだった。この辺は「いっしょけんめいハジメくん」が脱サラしてソフトハウスを始める話のところに出て来る。これが世間の認識だった。

さもなくば、単なる人材派遣業に近い業態であった。私が最初に勤めた会社は、まさにこれだった。一番進んでいたところであっても、コンピュータメーカのためのオマケ製造会社みたいなものがほとんどだった。

世界に目を転じれば、そろそろパソコンをおもちゃ以上にしようという動きがあり、そういったソフトハウスも出来てきていた。「マイクロソフト」とかはその代表だ。

そんなわけで、そろそろ「ソフトウェア」に価値を認めて欲しいというのが、業界の悲願であった。

と同時に、パソコンのソフトが商売になり始めると、それで起業するところも出て来た。「でっかいこんぴゅうたあ」はそういった会社ではなかなか持てないのだが、パソコンやオフコンなら何とかなる。そういったもの向けのパッケージを作る会社とか起き始めた。

その時に問題になったのが、そういった会社の財務体質である。なぜなら、

銀行から借金するには健全な財務と担保が必要

だからだ。銀行は普通は担保なし債務保証なしでは金を貸してくれない。今は債務保証のあたりや政府系金融とかが充実しているのだが、当時はそうではなかった。たまに「技術」を評価して金を借りることが出来るところもあったようだがそれは例外だったし、それであっても少なくとも形式的には担保が必要であった。

その当時の「担保」と言えば、基本的には

有形固定資産

である。つまり、土地、建物、設備といった類だ。

ところが、ソフトウェア会社は、ほぼ有形固定資産を持たない。もちろん目端の利くところはそれを見越して土地とか建物とか購入したところもあったのだが、ほとんどのところはそういった余裕はない。また、歴史を紐とけば、そういった事情で購入した不動産が元で、バブル崩壊時にヤバくなったソフトウェア会社が結構ある。それこそ

資産は技術だけ

なところがほとんどであった。ところが残念ながらここで言うところの「資産」は財務上の資産ではなく、

心の中の資産

に過ぎなかった。つまり、

ソフトウェア会社が本業に注力すればする程
財務上の資産は作られなかった

のだ。企業が借金を出来ないということは、いろいろ厳しいことになるのは、ごく普通のキャッシュフローだ。その「ごく普通」がソフトウェア会社には出来なかった。

そこでどうしたかと言えば、

作ったソフトウェアを資産計上

することを求めたのである。それが出来れば、B/S(貸借対照表)はぐっと美しくなるから、銀行も金を貸しやすい。3年とか5年とかの償却期間も、借金の返済と一致していて都合がいい。

他方、そういった当時のソフトウェア会社で大きくなったところの多くは、パソコンやオフコン向けのパッケージを開発しているところだった。その当時のパッケージは今のように頻繁にアップデートをするものではないし、出来るものでもなかった。だから、作ってしまった後は、ほとんど

いじりたくてもいじれない

状態であった。それだけの完成度が求められていたと同時に、完成するとそこに人が投じられることが急速に減る。じゃ開発者はどこに行くかと言えば、他のパッケージや新バージョンの開発に行っていた。

これが財務的におかしいのは、

無(原価)から有(売上)が発生する

ことである。

もちろん製造原価が0なわけはないのだが、売上から見ればほとんど0と同じである。その結果どうなるかと言えば、

極端に粗利(売上総利益)が大き過ぎる

ことになる。ソフトウェア資産計上されていないので、減価償却費(販管費)も出て来なくなり… なかなかにいびつなP/L(損益計算書)になる。

そんなわけで、ソフトウェア会社の財務というのは、かつてはなかなかに「変」なものだったのだ。軌道に乗るまでは借金も出来ず、儲かり出すと給料払いまくるしかない。

博打

みたいなものだったのだ。世間ではこれを「自転車操業」と呼ぶ。力学で言うところのmすなわち質量に相当する部分が極端に小さい。余談ではあるが、財務をなんとなく理解するには、

「資産」は「質量」に相当する

と思っておくと、だいたい当ってるし、今回の一連の話はわかりやすい。mは小さい程身軽だが、小さい程外乱を受けやすい。「資産」も同じだ。

そういったことを改善させるためにも、作ったソフトウェアを資産計上することが出来ると都合がいい。

まとめると、ソフトウェアを資産計上することは、

  • 金借りたいソフトウェア会社
  • 金貸したい(バブル期の)銀行
  • 税金取りたい大蔵省(当時)

の三者が嬉しいことだったのである。

そういった業界や時代を背景として、ソフトウェアは資産計上されるようになったのだ。そういった背景を頭に入れて元ネタの話を読むと、趣き深い。

他方、件の税制に問題がないかと言えば、そんなことはない。一番の問題は、

いくら計上するかは現場の判断

になってしまうことだ。これは当時から指摘されていたことである。ソフトウェアの価値に応じて資産計上する。それ自体は良いのであるが、その「価値」をいくらにするかについての明確な指針がない。

一応、たいていの会社だと、そのソフトウェアの開発にかかった経費をまとめて、それを「価値」にしている。税務署的にも何となく納得出来るのでそれで通ったりする。

ソフトウエアの取得価額と耐用年数

ただ、それだとパッケージソフトウェアのようなものだと現実から乖離してしまう。そこで「販売価格」を元に算出したりもするのだが、そうするとFLOSSのような「実質タダ」なものの評価が出来なくなってしまう。また、スカンクワーク的に作ってしまったソフトウェアも、どちらの基準でも正しく評価出来ない。「ものすごいハッカーがあっと言う間に作ってしまった凄いソフトウェア」なんかも、うまく評価出来ない。このように、いくら税務署が基準を持っていても、現実の価値と乖離してては意味がない。

また、仕事がない時の人件費を全部ソフトウェアとして資産計上してしまうということも可能になる。そうすると、どんなにヤバい会社であっても、美しいB/Sが作れてしまう。つまり、粉飾決算が容易に出来る。これも当時から指摘されていたことだったと思う。

なので、身に覚えと自制心があると、いくら計上すれば良いか悩ましい。同じことは徴税側にも言える。なので、これで適正であると判断することが出来ないし、その意見が一致しないこともある。まぁ、過大評価すると税金取れる方向になるので、それ自体に税務署は文句は言わないわけだが。

さらに今は銀行から借金しなくても金を作ることは可能だ。また、儲かっていて潤沢なキャッシュフローがあるのであれば、金を作ることに腐心する必要もない。だから、そういった会社は何も借金のために美しいB/Sを作る必要はない。そうなると、減価償却なんて面倒臭いことをしなくてもいい。あっと言う間に技術が陳腐化してしまう世界で、3年とか5年とかは「永遠」に等しく見える。「技術的負債」が「財務的負債」とイコールになってしまうのは、あまり良いことではない。

そういった時代の変化も込みで考えると、元ネタの話も間違いではないので、時代は変化して行くものなのだなぁと感慨深い。

まぁ、一番いけないのは、日本の金を動かす人達が、「技術」を金として評価する能力に欠けているということなのだけど。

余分なことをつけ加えておくと、減価償却するべき資産になるとは言っても、中小企業の場合は

中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例

というのがあって、ごく少額であるなら、これで一括償却(=損金算入)することが可能である。まぁ1件30万未満、年額300万までなんで、本当にごく少額なんだけど。

PS.

「結局銀行が悪いんじゃねーか」的なコメントをTwitterでもらってるんだが、まぁ実際はそーゆーこと。

ただ、そういった財務諸表に頼らずに融資するとなると、なかなかに難しい。無茶やってもうまく行けば咎める人はいないだろうが、失敗した時に「それみたことか」の合唱になることは、この国の常識である。よほど銀行の担当者に力があって、かつ融資先が信用出来る場合でない限りは不可能と言っても良いし、そうなると極めて属人性の高いことになる。そして、日本社会はそういった類の属人性の高さは、極端に嫌われる。それを考えれば、銀行がこういった類の「美しい財務諸表」を求めるのは、銀行だけを悪者にして済むことではない。

百歩譲って、そういった属人性の高さを許容するとした時に、「私」にチャンスが回って来る可能性はおよそないだろう。でも「私」が「美しい財務諸表」を作れる会社にすることは、そこまでの困難というわけでもない。地道に無理せず仕事をすればいいだけなのだから。

さらに言えば、そういった属人性の高いことで「銀行融資」が得られるような会社であれば、何も銀行に頼る必要はない。VCなりエンジェル投資家なりを当たれば良い。うまくやれば返済する必要すらなくなる。

とか考えれば、「ソフトウェアの資産計上」は

現実解

としては妥当なところではないかと思う。「だから日本は終わってる」とか言われるような類のことではない。減価償却の対象になるのは面倒臭いし、財務上の「重し」になるのは確かなのではあるが。

PS2.

あと、多分勘違いしてる人が多数いるような気がしているのだが、「ソフトウェアの資産計上」と言っても、受託開発したソフトウェアまでは対象にする必要はない。なぜなら、それは自社にとっての必要から「取得」したものではないからだ。対象となるのは、

  • 自社の業務に使うもの(会計システムとか)
  • 自社の提供するサービスに使うもの
  • 自社の販売するもの

あたりで良い。受託で開発したものまで資産計上する必要はない。また、研究用として「取得」したもので、商売として直接的にはプラスにもマイナスにもならないものも、対象にならない。つまり、「テストツール」は対象だが、「テストコード」は対象ではない。

他方、これは「必要だから買って来た」ものは対象になる(「取得」の方法は問われない)。業務で使うパソコンにインストールするソフトの類は、「取得」費用相当を資産計上する必要がある。もちろん十分安ければ、消耗品にするなり一括償却の対象にするなりは出来る。

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This entry was posted on8月 23rd, 2017 at 12:09:36. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. Responses are currently closed, but you can Trackback..

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