名刺入れ女

会社の連中と飯食いに行って帰り道で部下Hが何か落ちているのを発見した。財布に見えたのだが、その実は名刺入れであった。

財布というのはわりと心当たりのあるところに落ちるものである。もちろん思いもよらぬところに落ちることもあるが、たいていは支払いをした店に落としていたり、忘れていたりするものだ。だから、いわゆる事件になる前に発見されることが多い。

ところが名刺入れは名刺交換の時に出したらそれっきりなので、まず落としたり忘れたりしない。それゆえ落とすと事件になってしまう。ただ、たいて い名刺入れは本人の名刺が入っているし、最悪でも本人と関係のある人の名刺が入っているわけだから、事件の解決も早い。今回の名刺入れには、幸いなことに 本人の名刺がいっぱい入っていたので、持ち主の会社に連絡を入れた。

私が連絡をしようと思って電話番号を入れたところで「相手も女性だから私が出ましょうか?」と部下Hが言うので、それもそうだと思って電話を渡し てしまう。ところが、渡した直後に気がついた。「『名刺入れ男』になり損ねた」と。まぁ会社には連絡がついたので、「本人が帰って来たら弊社に取りに来 い」という旨を伝える。

「『名刺入れ男』になりそこねた」とは言え、私の中では保険屋(落とし主の会社は保険会社)の女性は「おばちゃん」というイメージが強く、まして や「○○のおばちゃん」なんて宣伝していた会社なので、「おばちゃんだからいいや」と思って、ネタとしては「ああ、名刺入れ男になり損ねた」と言ってはみ たものの、別に興味もなかった。

ところが、程なくして会社取りに来た人はどうも「おねーちゃん」だったらしい。うう…

ということがあったのだが、その時に「電車男」というのは、実は「善意の行動はいいことがあるかも知れない」ということを教えてくれたことに気が ついた。何か善行を行う毎に「はっ。これは『○○男』になれるチャーンス」とか思ったりするわけで、そう思えば、いやがうえにも善行に対するモチベーショ ンは高まる。「それは動機が不純だ」と言う人もいるだろうが、

しない善より、する偽善

である。電車男よ。ありがとう。