「勝ち負け」はダメな人の思考らしい。
ちっとも成功してない私が言っても何の説得力もないんだけど、私は「勝ち負け」は意識するようにしている。意識するべきだと思っているからだ。
実は勝ち負けなんて意識しない方が楽である。何ごともマイペースで、「私は私」ってやっておけばいいからだ。他人に競り勝つためにエネルギーを費すくらいだったら、自分の道をひたすら歩む方が成功にも近いだろう。
それが続けられるなら
だけど。
人間なんて弱いもので、自分だけのモチベーションが続くことはあまりない。また、そもそも絶対的なモノサシを持ってない。だから、「自分の道をひたすら歩む」というのは、実はとっても難しい。それよりは、自分の相対位置を見ながら、程々に負けない頑張ってる方が、頑張りやすいのだ。
自分の方向においての自分の位置を知り、その進む速度を最適化するようにエネルギーを使うことが出来れば、それに越したことはない。そもそもイノベータたるもの、同じ道を相対位置なんてことが考えられる時点でおかしい。だから、「勝ち負け」なんてことが意識出来た時点で、既に「負け」と言えなくもない。
でも、「自分の方向においての自分の位置」なんてことを知ることは、それ自体でエネルギーを使う。そこでの最適な速度なんてものを考えるのも容易じゃない。ましてや人間なんて弱いものだ。そういった「自己の評価」はつい甘くなってしまう。一度「言い訳癖」をつけてしまったら、そこからの回復は困難だ。
その点、「勝ち負け」を意識するのは楽でいい。どんなに自己評価を甘くしても、どんなに自己正当化を図っても、
負けは負け
という冷酷な事実が見える。「言い訳癖」は治らなくても、いくら言い訳しても、負けた事実は変わらない。
もう何度も何度も書いて来たけど、
人間は弱いもの
なのだ。晴れた日もあれば雨の日もある。いつも高いモチベーションを持ち続けることは容易じゃない。つーか、そんなものが持てたら、その時点で「勝ち」だ。「勝ち負け」を意識するのが悪い習慣とかじゃなくて、そんな人は
意識する必要がない程強い
わけで、「勝って当然」の人なのだ。
だから、そんな超人でない「弱い私」が「勝ち」を得るには、「勝ち負け」を意識した方が頑張りやすい。そりゃ競り勝つのは楽じゃないけど、
高いモチベーションを維持し続けるより楽
なのだ。ビジネスの世界では、大事なのは結果であって、その途中の意識の高さはどうでもいいのだ。ルール違反にならないことであれば、何をやってもいい。
まぁそれでもやっぱり注意しておかなきゃいけないのは、
勝たなきゃいけないけど、
勝てばいいってもんじゃない
ということ。勝っている時こそ、いろいろ考察しなきゃいけない。理由のわからない勝ち、敵失による勝ちとかは、確かに勝ちには違いはないけど、実力の結果じゃない。もちろんいかに自分が失敗しないようにするかってのも、努力のポイントだったりするのだけど、
勝ち負けは意識するけど目的じゃない
のだ。だから、件のエントリの「第四の悪習慣」は「勝ち負けが目的化する」と言っておいた方が良いように思う。
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