「京速」は潰れるべきだったのだ。明日の世界一のために

「京速」見送りで、コンピュータのわかってる人までが残念がっているのが不思議でしょうがない。

スーパーコンピューターを復活してほしい – 西 和彦

こういった主張を見ると、「なんでもかんでも世界一になってりゃいいのか」と思えて来る。

もう何度も書いているけれど、あのプロジェクトは「次の世界一」のために潰れるべきだったのだ。

日本が世界一のコンピュータが作れるようになること、これに異論はない。「二番目ではダメなのか?」と言われれば、「ダメに決まってるだろ」と答えるものだ。これに異論があるコの業界の者は少ないだろう。いや、異論なんか持つな。この気概こそが日本のコの業界の未来につながるのだ。

しかし、そう思うからこそ、「京速」は潰れるべきだと考える。

まず、TOP500リストを見て、近年の傾向を見るといい。

今年1位だったJaguarは、公称2.3PFLOPS、実測1.75PFlopsだそうだ。「京速」が完成する予定の2012年に1位がどうなっているかという予測は難しいのだけど、大雑把なところは下のグラフで見当がつけれられる。ちょうど10PFlopsくらいになる(赤のポイント)。つまり、当初計画通りのパフォーマンスが出るとしたら、

京速は2012年の1位

になれる。やった、これで世界一奪還だ。

とは言え、翌年には20~30PFlopsが世界一だ。どこのコンピュータがそれを達成するかはわからないが、多分それは「京速」ではない。なぜなら、「京速」は

物量で勝負した一品もの

でしかないからだ。理研に導入されたものが1式あるだけで、それっきり。理研で倍の速度を出そうと思えば、CPU数を倍(以上)にするか、クロックを倍(以上)にするかしかない。それに合わせてインタコネクションの速度も上げなきゃいけないかも知れない。どれだけ「京速」の設計に余裕があるかによるけれど、「10PFlops」が目標化してしまっていることを考えたら、

パワー振り絞っての10PFlops

であってもおかしくなく、そうであれば翌年にはどこかにトップをあけ渡すことになる。

今年のリストを見る限り、トップには「おなじみ」のものが並んでいる。「どこに置いてある」ということは変わったりしているけれど、Cray XT5にしてもBG/Pにしても、普通のメーカの商品だ。つまり、これは

注文さえあればお届け出来る

ものだ。しかも、ここ数年は商品としては固定してしまって、ノード数が増えたものがより上位になっているだけだ。アーキテクチャもハードウェアも安定している。

だから、ここで仮に「京速」で頑張って1位を取ったにしても、翌年はどこか別のコンピュータが1位になる。量産の「商品」になってしまわない限り、1式作ったらそれまででしかないからだ。

かつて、ESが数年に渡ってトップにいた時代がある。これは、需要とか当時のメーカラインアップの都合もあって、なかなかESを越えるものが作られなかったからだ。ESがトップに座ってしまった結果、アメリカ勢が「威信」をかけて商品開発した。それが今の状態だ。ESよりも卓越した「商品」を作った結果、「注文さえあればお届け出来る」状態になり、同じ製品でトップを回しあう状態になったわけだ。

だから、本当の意味で世界一になるためには、

「現在のトップ勢とは違うアーキテクチャ」

「商品」

を開発しなきゃいけない。1品もので物量勝負にしてしまったら、工場でポンポンと量産しているものに勝てるわけがない。その辺の視点が「京速」には欠けているから、最大に運が良くても2012年に1位になるだけでしかない。

日本の科学技術力やコの業界の未来とか考えてこれで良いだろうか? 「それでもいい」と思っている人は、TOP 500を

オリンピックか何かと勘違い

しているとしか思えない。何年もの時間と安くはない開発費(と調達費)をかけてやることとは思えない。「波及効果」ももっと大きくなければ、国民に説明がつかないはずだ。

「国家の威信としてのスーパーコンピュータ」というのは、私はそんなに愚かなことだとは思わない。スーパーコンピュータの需要なんてのは実はいくらでもある。だから、どんなに速いものを作っても、それ自体はムダになったりはしない。しかし、そうであるがゆえに、「力振り絞った1位」ではなくて、「注文さえあれば、いくらでももっと速いものが作れます」でないと困るのだ。だからこそ、「力振り絞った1位」でしかない「京速」なんてのは潰れるべきだと言うのだ。

ここで「こういったプロジェクトが潰れると将来に」とかいう議論が必ず出て来る。いわゆる「ロストテクノロジー」論だ。しかし、よく考えてみればこの(コの)技術が遍在する時代に、「ロストテクノロジー」なんてものがあるだろうか? てか、そもそも「日本独自のコンピュータ技術」が市場で受け入れられ続けるような時代だろうか? それを考えれば、「京速」で作る予定だったCPUもインタコネクションも、「未来」に期待するためには海外に技術移管しなきゃいけない。「日本独自技術」のままでは、すぐ化石化してしまう。そう考えれば、「京速」で作る予定だったCPUにしてもインタコネクションにしても、

必要なら買って来れる

状態に出来ないと困るのだ。「ロストテクノロジー」になりそうなものなんて、最初から開発しちゃいけないし、期待してもいけない。どうせ規模のデカいチップはTSMCが量産するのだ。

あとまぁお約束「中国脅威論」が出ているのだけど、少なくとも今年のTOP 500を見る限り、中国は何の脅威でもない。と言うか、別の見方をすれば、

中国でさえも入れた

とも言える内容だ。

中国トップのTianhe-1を見れば、Xeon 5540とATI 4870を使い、InfiniBandのDDR 4xで構成されている。つまり、

秋葉で売ってるパーツ

で作られたに過ぎない(IBは秋葉で売ってないと思うけど)。つまり、ハードウェア的にはどうってことのない、市販品を並べただけで「金さえあれば作れる」ものでしかない。逆に言えば、「だからこその脅威」でもあるし、「コモディティなパーツ」を使うことに意味があるとも言える。「中国でさえ」と侮ることは厳禁なのだけど、そういったものがいつでもトップを狙える位置にいるんだということは、考えておくべきだ。

そんなわけで「京速」プロジェクトはとっとと潰して、「次」に行くべきだったのだ。まぁ政治には茶番がつきものだから、潰したい政治家と本音でヤバいと思っていた官僚との「落としどころ」だったのかも知れないけど。

あとまぁこれも何度か書いてるけど、本当に日本の技術力を何とかしたいんだったら、「手の届かない凄いスーパーコンピュータ」が1式あるよりは、大企業の研究開発費くらいで買えるESくらいのコンピュータとか、零細企業でも使えるようなクラウドサービス的なものとかの方がずっと嬉しいと思う。「国費」を使うのであれば、むしろそっちの方がずっと価値があると思うのだが。

TOP 500はオリンピックじゃない

のだ。

PS.

実用計算ということになると、問題を3次元で解かなきゃいけない。3次元の問題となると、精度を1桁上げると計算量もメモリも4桁余分に必要になる(そうしないと計算が不安定になる)。非線形問題であればもう1桁余分に必要かも知れない。今時のPCは、速いのだと10GFlopsくらい出るし、Jaguarは1PFlopsくらい。つまり、10万倍くらいしか違わない。「10万倍」ってのは、まさしくこの「1桁精度を上げる」ことが出来る程度なのだ。

ある研究者が、「試しに計算するならPCで十分。実用計算するにはスパコンでも足りない」と言っていたのだけど、まさしくその通りだ。

計算の需要は尽きない。

PS2.

ハードは20~30PFlopsくらい出るんじゃないかってブコメあったけど、スカラのクラスタだから「実効効率」を考えれば、LINPACKを走らせて10PFlopsってところじゃないでしょうかね。ESは効率高くて、ほとんどカタログ値みたいな結果叩き出してたけど、スカラクラスタのJaguarが77%となっているし、この辺はチューニング要素。

TOP 500はカタログ値じゃなくてLINPACKベンチマークの結果なんで、カタログ値に対してそれくらいの余裕はないと、実効効率のせいで… ってことになりかねない。

「人材流出」とゆー議論もあるけど、かつてこの手のCPUを作ってた人達は、既に流出してしまった後とも言える。当然ながら「流失」ではなく、ちゃんと産業を支えている。「流出」を「流失」と言いたい向きには残念なことなんだろうが。

ちょっと政治的なことを加えれば、もし我々が失望するべきことがあるとするなら、「京速」が潰れたことが「戦略的撤退」にならないで「完全撤退」が既定路線となってしまうことだろう。ただ、計算需要はなくならないこと、これからのスーパーコンピュータはコモディティパーツの集合体でなければ競争力たりえないだろうことを考えれば、仮に政策としてやめてしまっても、産業として消えることはないと思うし、そう思いたいのだけど。

PS3.

お約束のPS3w じゃないけど、2位の(前回1位の)RoadrunnerはFP64版Cellのクラスタだ。これはIBMの製品とも言えるけど、Cellの基本発案はSONYなわけだ。IBMの製品だけど、立派に日本の技術でもある。「日本の科学技術の発展のためには!」って青筋立ててる奴等は、これはどう考えるわけ? もちろんそう言って青筋立ててる奴等は、当然のごとくPS3持ってんだろうね? 「波及効果」のある成果だと言えなくもないし。

まぁこれはFP64版だから、PS3のCellとは厳密には違うものなんだけど、「コモディティパーツ」であることに変わりはない(このブレードは単体販売している)。

PS4.

もう読む人も少ないと思うけど、このネタで新エントリ起こす気はもうないので、ここに追記。

いまだにノルウェーで勲章もらった人があれこれ言ってるようだけど、この人達は「世界一速いコンピュータが欲しい」のか、「世界一速いコンピュータを作らせたい」のかはっきりするべき。多分、この人の立場であれば「世界一速いコンピュータで研究したい」はず。もうちょっと虚栄心を加えるなら、「世界一速いコンピュータを所有したい」があるかも知れない。

でも、そうであるなら「1100億」でCrayなりIBMなりに発注すれば、コストパフォーマンスからすれば2010~2012年の間、世界一に君臨するスパコンを購入出来る。計算能力的にも虚栄心的にも、申し分ない。「特亜の脅威」には周回の差がつけられるはず。「使う」「所有する」という意味では、むしろこっちの方が

4~10倍お得

なのだ。日本のコンピュータ産業のためにならない? え? ってことはあれって

ITゼネコンへの補助金

だったの?

PS5.

「予定」よりも早く「京」の成果は出たようだ。

Japan Reclaims Top Ranking on Latest TOP500 List of World’s Supercomputers

どんなに問題が指摘されようと、成果が出たことは素晴しいし、そのことは素直に評価されるべきだ。ここに無理やり「未来の心配」を持って来てネガティブな話に持って行くマスコミの悪習を真似ることはない。「技術者」端っくれとしてするべきは、そういった「未来の心配」ではなくて、

次も続けてくれんだよね

という「要望」であり、そうあり続けるだけの何かが出来ることだ。

「京速」は潰れるべきだったのだ。明日の世界一のために” への14件のコメント

  1. ピンバック: Tweets that mention おごちゃんの雑文 » Blog Archive » 「京速」は潰れるべきだったのだ。明日の世界一のために -- Topsy.com

  2. この一連のニュースに違和感を感じてたんだけど、ああ、これだったのかーという感じでした。

    そうなんだよ、予算で物量注ぎ込んだだけで量的に一位になってもしょーがないんだ!
    質的に一位にならなきゃ!

    良い指摘を見させてもらいました。ありがとうございました。

  3. ピンバック: スパーコンピュータの件 | Green Rabbit

  4. 一線級のスパコンをもたないということは一線級の研究ができないということであり、それはその研究を基にした産業が育たないということで雇用に直結するのですが、それでも良いのですか?

  5. > 一線級のスパコンをもたないということは一線級の研究ができないということであり

    まず書いてることを読んでからつっこめば? それらは「直結」なんてしてないと言ってるのだけど。

    だいたい、どんな「産業」を想定して言ってる? メディアや官僚のプロバガンダをそのまま言ってるだけでしょ。

  6. PS2まできましたので、きっとこのあと、PS3をいっぱい並べたシステムの話が出てくるのですね!

  7. 記事の枝葉の部分になりますが、、、、中国のスパコンは確かに秋葉パーツの組み合わせで、ハード自体にすごさはありませんが、CPU+GPUでLINPACKでの実効性能を上げるのはそれなりに難しいので、ATIのような開発環境がpoorなアクセラレータでそれを実現してきたことは、やはり脅威に感じます。

  8. > CPU+GPUでLINPACKでの実効性能を上げるのはそれなりに難しい

    まさしくそうです。それこそが「中国の脅威」です。だから、本当に正しく読むならば「秋葉のパーツで作ってしまう彼等の技術」を賞賛するべきですし、ハードはそれでやってしまうという選択が出来るのは脅威です。

  9. 1杯5000円のラーメン屋に向かっているんだけど「5000円もあれば、もっといいものが食えるな」と思い直す。それだけなんですけど、理解できない人が多いですよね。

  10. 非常分かりやすい説明ですね。
    ついでに、米国はスパコンに年間1千億円以上つぎ込んでいるけど1品ものに1千億円もかけないとか、
    勝ち目のないCPU事業から撤退の機会を逃した富士通は今後の技術競争で大きな遅れを取るだろうとか、
    代替技術が多々あるのにそれに国費を投じないから全然育たないとか、
    あたりまで書いてもらえれば完璧かと思います。

  11. ピンバック: スパコン事業仕分けはある意味正解だった? at 日々の喜び

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