街路樹

昔と違い、最近はちょっと大きな道には街路樹が植えてある。この街路樹はいったい何のためにあるのだろうか?

あの程度の樹で空気の浄化がされるとは思えない。確かに全く効果がないわけではないだろうが、車の廃ガスの方がはるかに多いはずである。また、環境としては最悪なところにあるわけだから、樹本来の作用は期待薄である。だから、

空気浄化には役立っていない

暴走車が歩道に乗り上げるのを防ぐためだろうか?まぁ全く役に立たないと言い切ることは出来ないが、それよりは

丈夫なガードレール

の方がずっと嬉しい。

樹を目愛るためであろうか?ところが私は目愛ることが出来るくらい綺麗な街路樹をあまり見たことがない。「○○街道の××並木」の類は確かに目愛ることが出来るくらいのものがあるのだが、いわゆる街路樹はそうではない。むしろ、廃ガスとほこりにまみれた、

うす汚れて見苦しいものばかり

である。

他にも色々理由の類は挙げられるのかも知れないが、どれも実状を照らし合わせると、ロクなものではない。あまり役に立っているとは思えないのである。

ところが、このあまり役に立っていないと思われる街路樹は、困ったことに車から見ると、

視界の邪魔

になるのだ。小さな子供は植え込みに隠れてしまって見えないし、側道から本線に出ようとする時には大きめの樹が視界を邪魔して、本線の車が見え難い。はっきり言えば、

安全運転の敵

であると言っても過言ではない。ところで、大きな道には電柱があったりして、視界の障害となっている。そこで、最近は美観ということも考え、電柱は地中化されてきている。しかし、まさか街路樹は地中化することはないだろうし、

街に緑を

という意味なのだろうか、どんどん増えてさえいる。しかし、この街路樹が「樹」であることをとりあえず無視すれば、

道路に視界の障害物がどんどん増えている

わけである。交通安全とゆー観点からは、とても歓迎出来たものではない。しかも、樹には手入れが必要なわけで、時々車道(歩道さえも!)を狭くして手入れをして、交通渋滞の元となっているのである。さらに言えば、街路樹を植えるためのスペースは歩道側に張り出しているから、その分歩道が細くなる。これは色々な意味で辛い。特に視覚障害者にとっては辛いことである。

しかし、まぁこの街路樹が何かの役に立っているのなら、それは我慢しよう。ところがどう考えても、本当に役に立っているとは思えないのだ。役に立っていることを色々挙げられなくもないが、どうもそれは、

設置者の自己満足

としか思えないのである。それに、いくら廃ガスに強い植物を選んでいるとは言え、やはり廃ガスやらほこりにまみれた様、夏には明らかに水が切れてしおれている様を見るにつけ、

樹がかわいそう

である。

車の不自由も、樹の惨状も、何かの役に立っているのなら意味もあるが、単に設置者の自己満足のためだったら、それはあまりに悲しいことである。

道路設置者にお願いしたい。

出来れば街路樹はなくして欲しい

どうしても設置したければ、車道と歩道の間に植えるのではなく、

歩道のさらに外側

に植えて欲しい。それなら、視界の邪魔も少なくなるし、樹に直接廃ガスがかかったりすることもない。多少はマシになる。

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