幸せなtwitterライフを送るために

twitterは楽しい。いろんな人のつながりが出来て、それも楽しい。

とは言え、世の中の常として、twitterに幸せばかりがあるわけでもない。

始めてどれくらい経つのかよく覚えてないけど、かなり初期の頃からいる私が「twitter疲れ」にならないための方法をいろいろ考えてみた。

まず忘れちゃいけないのが、

twitterはトランスポートにチャットを使っているblog

だということ。つまり、チャットのように見えるけどチャットじゃない。あくまでも「1行blog」だ。短文の応酬になりがちなので、チャットっぽく見えるけど、あくまでもblogの一種だ。@で個人的にメッセージを送るように見えるけど、それは「blogにコメントを書く」という意味でしかない。

blogに「読みますよ」という宣言はないし、双方向である必要もない。だから、twitterでフォローを始めるのに仁義を切る必要はないし、遠慮する必要もない。相手の承諾もいらない。その代わり、あくまでもRSSフィードしてる程度の意味しかないから、相手から認識されるとも限らない。その辺が「マイミク」の類とは違う。

だから、フォローを始めるのは、要するに誰でもいい。よく見るはてなidやら、blogのURLの一部やらで探してみれば、結構いるものだ。いつも読んでいるblogの著者の、もうちょっとクダけた一面が見えたりする。mixiで知っている人や、blogにtwitter IDを公開してる人とかでもいい。

そうやっているうちに、コメントをしたくなる。@で書けばコメントをつけたのと同じだ。相手が反応してくれれば、続けるなりしてもいい。そうしていれば、そのやりとりを見た人がフォローしてくれるかも知れない。

知らない人にフォローされたら、私は

基本的にはフォローし返す

ことにしている。まぁあからさまなスパマーは無視したりブロックしたりするけど。もちろん前述のようにフォローが双方向であることは必要もないし、それを期待する必要もないけれど、そうやってつながりを増やして行くのは悪くない。

この時、個人的に注意しているのは、スパマーの他に、

フォロー数と被フォロー数がアンバランスな人を避ける

ことだ。人気者は被フォロー数が極端に多かったりする。そこに「コメント」をしても「会話」にはならないことが多い。逆にフォロー数が極端に多い人も、「コメント」がスルーされやすい。これも「会話」にはなりにくい。別に「会話」になることに深い意味はないけれど、せっかく「チャットというトランスポート」を使っているんだから、ある程度はあってもいいだろう。まぁこれはあくまでも「一般的傾向」であって、極端にアンバランスでも会話を成立させてる人もいるので、全部ダメってこともないけど。被フォロー数が多い人にフォローしてもらうと嬉しいしね。

そうやって普通につぶやいていれば、だんだんフォロー数が増えて来る。「フォロー返し」をやっていれば、だんだんに人脈も拡がって行く。

面白いのは、twitterでの「人脈」とSNSやblogでの「人脈」とは、必ずしも一致していないということ。mixi IDを公開してる人を見ても、本当に「マイミクのマイミク」ですらない、脈絡もなさそうな人とフォローしあっていたり、「会話」しあっていたりする。人脈の不思議さを感じたりする。

さて、問題はこれからだ。このまま続けていると、遠からず「twitter疲れ」になると思う。blogと言いながら、他人の結構深い部分を見てしまうからだ。人には誰しも晴れの日もあれば雨の日もある。「晴れの日」のつぶやきは害はないが、「雨の日」のつぶやきは時として有害だし、「晴れの日」のつぶやきで受ける喜びよりも、「雨の日」のつぶやきで凹む方が大きい。blogなら不快なエントリは読まなきゃいいだけだけど、twitterを便利に使おうとクライアントを入れたりすると、どんどんそういったものが流れ込んで来る。結果、フォロー数が増えれ当然ダメージは増える。そのダメージは、確実に精神を疲弊される。

もちろんそういった「雨の日」のつぶやきが、「どうせ他人事」とスルー出来る人なら、別にどうってことはないだろう。でも、最初から見えないのと、意図的にスルーするのでは、やっぱり精神の消耗が違う。

というわけで、幸せなtwitterライフを送るためには、

「他人事」でダメージを受けないようにすることが大事

だということがわかって来た。「geekなぺーじ」にある、

悲痛な叫びを見ると無力感が漂う

というのは、まさしくその通りなのだ。

じゃ、どうするかと言えば、そういった人達をremoveする。せっかくフォローしてるんだけど、あるいは相手もフォロー返ししてくれているんだけど、removeする。そうしないと、精神やられる。

どんな人をremoveするかと言えば、

  1. ネガティブな空気ばかりを発する人、つまり「晴れの日」が少ない人
  2. あまりに価値観の違う人、社会経験等が違う人
  3. @に全く返答のない人、つまり認識してくれてない人

まぁ今までの話からすれば、1.はすぐわかると思う。後の2つもこれと無関係ではない。

2.の人は、「雨の日」でなくても疲れるのだ。「曇」くらいでもイライラすることが少なくない。多分相手もそうだと思う。たとえばニュースの何かに対するつぶやきであっても、価値観や社会経験が違えば、当然に反応が違う。そのギャップが疲れるのだ。もちろん、多少のギャップは知見を拡げる意味で好ましい。でも、あり過ぎると有害だ。いくらジョギングが身体にいいと言っても、走り過ぎれば筋肉痛になる。そういったことだ。そういった許容度を広くする努力は悪いものじゃない。だけど、我慢出来ないことまですることもない。

また、そういった人と相互にフォローしていると、自分のつぶやきを自重してしまう。「誰かに不愉快に思われていないか」とつい考えてしまう。自分にとって正しいつぶやきであっても、他人はそう受け取っていないかも知れない。もちろん、自分がフォローをやめても、相手がそうするとは限らない。だけど、そういった人の発言が目に入らないだけでも、随分と気楽になる。

3.の人は「晴の日」でも疲れてしまう。いろいろな思いが通じない、特にポジティブな思いが通じないというのは、なんとなく悲しい。もちろん「アイドル」みたいな人だったら、適当に片思いしているのも悪くはないけれど、他の人に通じるのに、他の人と違いがないはずなのに… とか思うと、やっぱり悲しい。「晴れの日」に通じないのだから、「雨の日」に通じることも期待出来ない。何とかしてあげたくても何とか出来ない。それはそれで凹む。でも、そういった人はどうせblogも書いてることが多いから、そっちを見ておけばいい。twitterはもうちょっと「カジュアルな関係」の方が楽しい。

そういったわけで、これらに当たる人がいると、どんどんremoveするようにした。他にも、twitterを普通のblogと勘違いしてる人とか、ツールの出力で書いている人とかいろいろ気にならないわけでもないけど、これらをスルーするのはそうそう難しくはないし、精神がどうこうなるわけでもない。ウザいなと思えばremoveすればいいし、気にしなきゃそれでもいい。一番大事なのは、

twitterで精神を消耗させない

ということではないかと思うわけ。仕事でも疲れてるわけだしね。

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