出世する人

「出世」なんて興味がない人が大半だと思うけど、よく考えるとそうでもない。

だとえば、FLOSSの何かを作ってそれが多くの人に使われるのも「出世」だと言えるし、自分で起業してそれなりに成功するのも「出世」だと言える。blogのアクセスがいっぱい増えるのも「出世」のうちだろうし、もちろん会社で言うところの「出世」も「出世」には違いない。つまり、

他人の評価が高くなる

ことはみんな「出世」だ。と思って見ると、これらの人には共通点がある。

それは何かと言えば、まずは「自分のやりたいことを通す」ということ。「やりたいこと」には、「信念」だとか「夢」だとか「理想」だとか、そういった言葉で表現されるものが入る。そりゃ「やりたい」と思わなきゃ頑張るモチベーションはない。そもそも「やりたいこと」で評価されなきゃ意味がない。

と、同時に「他人のやりたくないことをやる」ということも大事だ。「やりたくないこと」には、「雑用」だとか「尻ぬぐい」だとか「責任」だとか、そういった言葉で表現されるものが入る。そりゃそういったことをやってなかったら、いくら成功しても評価されないだろう。それに、そういったことは自分で片付けて行かないと、他人はあまりやってくれないし。

で、前者と後者はたいてい矛盾する。そこで矛盾しないようにくっつけると、結局「出世する人」とは、

自分のやりたいことを通すために
他人のやりたくないこともやる人

ということになる。なぜこうくっつけるかと言えば、「やりたいこと」が大事だからだ。「他人のやりたくないこと」はやってもやらなくても、「出世」それ自体にはあまり関係ない。あくまでも手段の一つでしかない。有効な手段ではあるけれど、目的ではない。

整理してしまえば当たり前に見えるけど、実は案外気がつかない。あるいは気がついていても「例外」を考えてしまうもの。まぁある程度「出世」してしまえば、「他人のやりたくないこと」をやるのは、かなり免除されるんだけど、最初はちゃんとやるしかないよね。

出世する人” への3件のコメント

  1. 私はもうとうに「出世」という事とは無縁になってしまった者ですが、確かに出世することによってより高い位置での仕事が出来ることになれば会社や社会に貢献する度合いが増してくるのだろうとは思います。
    小さく言えば、たるんだ会社に活を入れることも出来るのでしょうし、業績アップに繋がる事も出来るのかもしれません。そういうポジションで仕事をしてみたかった。
    が、またしかし見てくれる人が居なきゃ駄目なんだけど、
    「いない」のです。

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