孫たちに贈る森の科学

森林インストラクタ− 大森 孟            
[99/10/26 西会津の森も水も清らかな渓谷を撮す。]

孫たちに贈る森の科学 8 ---------------------------------------------------------------------- 「自然にできた森」のお話  森林インストラクタ− 大森 孟 ---------------------------------------------------------------------- 目次

                       
(1)はじめに
(2)原生林について
(3)二次林について
(4)おわりに

(1)はじめに

 森を大きく分けると、二つの種類にに分けることができます。「自然にでき
た森」と「人の作った森」でしたね。「自然にできた森」のことを「天然林」
(てんねんりん:自然林という人もいます。)といい、「人が作った森」のこ
とを「人工林」(じんこうりん)と呼ぶことは前にお話しました。このうち、
「人の作った森」、すなわち、人工林のことは、前回までに主だったことをお
話しましたから、今日からは「自然にできた森」のことをお話することにしま
す。

(2)原生林について

 自然にできた森も大きく分けると二つになります。ひとつはその森ができて
から今日まで人の手で伐採されて利用されたことも、山火事、台風や火山の噴
火などによって壊(こわ)れたこともないような森です。このような森を私た
ちは「原生林」(げんせいりん)と呼んでいます。みなさんもきっとこの言葉
を聞いたことがあると思うのですが、富士山のふもとに「青木が原の樹海(じ
ゅかい)」と呼ばれている深い森があります。この森は今から千年ほど前、富
士山の大噴火(*1)で流れ出した溶岩の上にできた森だといわれています。こ
の森などが「原生林」です。


(*1)富士山は清和天皇(治世858〜875)の治世の貞観(じょうがん)6年
  (864)に大噴火を起しました。この噴火を年号をとり「貞観(じょうが
  ん)の噴火」と呼んでいます。 


 この森は昔から人が迷い込むと出ることができなくなる、といって恐れられ、
人の近寄ることがなく、利用されないままに今に至りました。森の歴史がはっ
きりと分かる珍しいものです。
 原生林と言えば、みなさんは世界遺産に指定されている「白神山系」や「屋
久島」を思い出すのではないでしょうか。白神山系はブナやシラカバなどの落
葉広葉樹(*2)が中心の森で天然記念物のクマゲラが棲(す)んでいます。ま
た、屋久島は「ヤクスギ」で名高く、訪ねたことのない人でも「縄文スギ」や
「大王スギ」の名前ぐらいは聞いたことがあるのではないでしょうか。


(*2)「らくようこうようじゅ」と読みます。冬になると葉を落としてしまう
  種類の木々で、葉の幅が広いのでこう呼びます。樹は木のことです。
   みなさんの周りにはコナラ、クヌギ、ヤマザクラ、イヌシデ、アカシデ、
  エゴノキ、イイギリ、ハリギリ、ウワミズザクラ、イヌザクラ、アオハダ、
  カマツカ、サワフタギ、ケヤマハンノキ、クリ、クルミ、ヤマウルシ、ヌ
  ルデ、ケヤキ、エノキなどさまざまな落葉広葉樹があると思います。
   葉の幅が針のように狭いものは針葉樹(しんようじゅ)と呼びますが、
  そのなかにも冬になると葉を落とすものがあります。日本に昔からあるも
  のにカラマツがあります。寒さに強く、お隣りの国ロシアのシベリアや極
  東地域の原生林「タイガ」の木々はこのカラマツが中心です。
   私たちの周りにはこのカラマツのほかに冬葉を落とすラクウショウ(ヌ
  マスギ)やメタセコイヤ(アケボノスギ)といった針葉樹もありますが、
  これらは外国から持ってきて植えたものです。ラクウショウは明治30年
  ごろ、メタセコイヤは昭和27年に日本へ渡って来ました。東京の新宿御
  苑には大きなラクウショウがあり、八王子市高尾の森林総合研究所にはメ
  タセコイヤの大きなものがあります。
   所沢市の松が丘の街路樹のなかにもメタセコイアが何本か植えられてい
  ます。 


 みなさんは、真鶴半島をご存知でしょうか。この半島は神奈川県にあるので
すが、地質学と言う学問の成果では、箱根山の噴火で流れ出した、溶岩からで
きているということです。その突端部分には、アカマツ、クロマツ、タブノキ
などの茂る立派な森があります。
 江戸時代には幕府の御用林で、小田原藩が管理をしていました。城の修理に
使うため、マツを育てていたようです。留め山(とめやま)といって人の出入
りを禁じておりました。ここなどは原生林ではありませんが、知らない人が見
たら、原生林と間違えるに違いありません。駅にある案内板には「原生林」と
書いてありました。実際は人工林の壊れた森です。
 このように、私たちが見ても、学者が見ても原生林に見える森でも、実は原
生林ではないことが多いのです。森も300年も500年もたつと大木が茂り、
風格が出てくるので、原生林と間違えてしまうのです。それに昔の人は恐ろし
く勤勉だったので、どんなに遠くても出かけてゆき森の木々を利用していまし
た。それにどんな山奥からでも知恵のかぎりをつくして、大木を切り出してき
て使ったのです。(*3)


(*3)「鉄砲流し」という木材を流送する方法など、人の知恵のよい例でしょ
  う。谷川に鉄砲堰というものをこしらえて、水を溜め、そこに木材を浮か
  べ、この堰を切って6、7キロ先まで木材を水と共に流して送ったと言う
  ことです。
   秩父の奥に大滝村と言う村があります。そこの中津川と言う山村では、
  昭和20年代まで、この鉄砲流しが行われていました。こう言う方法で、
  大きな材を山奥から運び出していたのです。(図参照)

  (3)二次林について

 その中間の森もあるのですが、ここではそれは考えないことにします。さて、
自然にできた森のなかに、人が20年あるいは30年ごとに定期的に伐採して
炭の原料、または薪(まき)として利用してきた森があります。これが二次林
(にじりん)といわれている森です。
 この森と前にお教えした「コナラ・クヌギ人工林」との最も大きな違いは、
利用するために伐採した後、どのように森の手入れをして、また森にしてゆく
ための方法の違いです。
 「コナラ・クヌギ人工林」では、炭や薪として利用した後、3年間放置し、
伐採したコナラやクヌギの切り株から出て成長した芽の中から、元気のよい芽
を選んで、3本か5本育てたのでしたね。こうすることにより、自分たちがほ
しいと思う材をほしいだけ育てることができたのです。
 木々を育てるのは、自分たちが使いたいからです。ですから、余計な草木は
刈り取ってしまい、いらない草木がすきほど大きくなるように放っておくよう
なことははしませんでした。


(注)世間の人々は、天然の森であって、20年から30年ごとに利用してき
  た森と、コナラ・クヌギ人工林を合わせて「二次林」といっていますが、
  これは、正しい考えと言うわけにはいきません。性質の違う森を同じもの
  として考えることは科学的ではないでしょう。


 ところが、二次林の場合はどうでしょうか。この森はたいてい山の奥にあり
ます。「コナラ・クヌギの人工林」より遠い所にあります。ですから、朝起き
て、その日の仕事の前に出かけていって手入れをするというわけにはいきませ
ん。当然のことですが伐採して利用した後は、自然に木々が大きくなるのに任
せます。
 しかし、人は誰でも同じですが、同じ時間働いて、同じ苦労をして、売値の
安い炭や薪を作る人はいないと思います。昔の人も今の人もこれは同じ考えだ
ったようです。そこで、暇があれば、山へ入り、遠い所の山へもでかけてゆき、
高価な炭や薪をたくさん作るために、よい木が少しでも多くなるように、そう
言う木の傍らの草木を刈ったり、巻きついている蔓(つる)を切り払ったりし
たのかもしれません。
 そのためでしょうか、随分遠い山の中で、二次林のはずなのに、人がほしが
るような木々ばかりが生(お)い立っているのに出会うことがあります。
 二次林であっても、コナラがたくさん生えていたり、ミズナラがきれいに並
んでいたりすることがあります。それは、これらの木々で作った薪やこれらの
木を焼いた炭が高価であったから、利用した人々が伐採した後に多少は手を加
えたのではないかと考えられるのです。
 こう言う特別なこともあるのですが、普通は伐採して利用だけすると、放っ
て置くことになります。このような二次林の伐採跡では、伐採された木々の切
り株から出た芽、種から生えた草木、大きな木の下でなかなか成長できなかっ
た草木などが、一緒になって運動会の徒競走のように競争をしながら、追い越
したり、追い越されたりしながら、大きくなっていきます。
 草木の競争は、太陽の光をほしがる競争、枝を伸ばすすきまを探す競争、水
を吸い上げる競争、養分をとりあう競争です。こうした激しい競争のために、
二次林の木々は人工林の木々のように大きくはなれません。競争に負ければ、
育つことができなかったり、育ち遅れたり、ときには、枯れてしまうこともあ
ります。
 それでも、伐採ののち、20年か30年もたつと、また、人々が利用できる太さ
に木々が成長してくるのです。これが2次林の特徴です。

(4)おわりに

 「コナラ・クヌギの人工林」では、10年か15年で、早ければ8年ぐらい
で、また、伐採して利用できるほど成長するのですが、それは、人が頻繁に手
を入れ、コナラやクヌギ以外の草木を刈り払って、自分たちのほしいと考えて
いる、これらの木々の成長を助けているからです。
 手入れをするということが、大切なことがお分かりになったと思います。定
期的に樹木を伐採して利用することも、広い意味で、手入れをしていることと
同じなのです。
 機会がありましたら、こういった知識をもとに、もう一度、身の回りの森を
見まわしてみてください。きっと新しい発見があると思います。

(2000/10/16)

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