孫たちに贈る森の科学

森林インストラクタ− 大森 孟            
[99/10/26 西会津の森も水も清らかな渓谷を撮す。]

孫たちに贈る森の科学 9 ---------------------------------------------------------------------- 「森についてのよもやま話」  森林インストラクタ− 大森 孟 ---------------------------------------------------------------------- 目次

                       

(1)はじめに
(2)森と林のちがい
(3)森林の仕組みと「生態学」(せいたいがく)という学問
(4)森林と気候
(5)炭素の循環
(6)おわりに

(1)はじめに

 むずかしいことばかり書いてきたので、きっと、皆さんがあくびをこらえき
れなくなっているのではないでしょうか。今日からは、少し楽しいお話をして
いきたいな、と考えています。
 森のことも、人のことも、動物のこともお話しなければなりませんが、私は、
あまり勤勉ではないし、学問も気が多くて、あれをかじり、これをかじり、日
を過ごしてきましたから、ものになっているものはありません。
 でも、できるだけ、いろいろな分野のこと、いろいろな人の知恵について、
お話できれば、と思っています。

(2)森と林のちがい

 学問の上からは、森(forest)、林(wood)、それに木立ち(grove)とい
ったように、木々の生えているところを区別していますが、東洋では、もとも
とは森と林の区別はなかったような気がします。同じ木々の集りを、ある人は
「森」といい、またある人は「林」といっていたのではないでしょうか。
 その木々の集りの見られる、地理の上からの位置の関係、あるいは、平地に
木々の集まりがあるのか、あるいは、丘陵や山地にあるのか、といった立体的
な位置の関係ともかかわりはなく、「森」と「林」という、この二つの言葉が
同じ意味で使われていたようです。つまり、「森林」と言う語が森や林と同じ
意味に使われてきたのです。言葉の源をたどると「森」よりも「林」の方が古
いようで、この言葉を使う人の主観によって、木々の集り、つまり森の広さに
よって、「森」と「林」を使い分けていた可能性があるのではないでしょうか。
そのために、木が2つで林、三つで森となったのではないかと私は推しはかっ
ています。
 中国の「辞海」(じかい)という字引を見ると、森の説明には「木多きさま、
説文(古い辞書)の林部に見ゆ」と出ており、また「盛んなる様子」と「文選」
(もんぜん)の文句を引いて「百神森としてその従にそなう」を例としていま
す。森についての熟語はわずか6種とり上げられているに過ぎません。
 それに対し、林の説明は長く、詳細にわたりますから、中国では林の方が一
般的で、日本で言う森の意味に「林」が使われていたように見えます。わが国
で使う「山林」などがその名残りといってよいでのではないでしょうか。林に
ついては、「叢(むら)がる木々を林という。」と説明されており、「山、木
あるを林という」ともいっています。「風俗通」と言う書物の「林は樹木の聚
(あつま)り生えているところ。」という文句をひいています。「説文」とい
うの本の「林の部」には「平らな土とところで、叢(むら)がって木の生えて
いるを林という。」と出ているのだそうです。
 さらに、続けて「ある人は山のことといい、また、ある人は平らな土のとこ
ろのことだいうのですが、実際には叢がって木々があれば、どちらも「林」と
いうにで。山だとか、平らな土のところだなどというのではない」と出ていま
す。
 林については、また、「およそ木々が叢がり集まっているところ、これをみ
な林という」「集まるなり、盛んなり」「姓なり(例:林則徐)」と解説され
ています。林に係わる熟語も2字のものだけでも20を数えてしまいます。
 学者の中に、「森」は「こもる」という語源にもとづく、「林」は「はやす」
ということに基づくのだという人がいるのですが、これは正しくない、といっ
てよいでしょう。おそらく、後世の人が無理にこじつけた説だろうと考えられ
ます。

(3)森林の仕組みと「生態学」(せいたいがく)という学問

 ちょっと難しいかもしれませんが、学問の世界は、専門(せんもん)あるい
は研究の分野の違いによって、こまかに分かれて研究が行われています。「森
林の仕組み」をしらべる学問の分野も例外ではありません。ちょっと、そのこ
とについて説明をしておきたいと思います。
 たいへん入り組んだ「森林の仕組み」を明らかにする学問を「生態学」とい
います。その仕組みを明らかにする方法の違いにより、生態学と言う学問は、
さらに4つの研究の分野に分かれています。
 「ある種の生き物の生育と環境との関係をしらべる」分野(個体生態学とい
います)、「ある種の生き物の集団のなかでの個体数の変わる様子や分散する
仕方と環境とのかかわりを調べる」分野(個体群生態学といいます)また、あ
る植物(草木)などが群れをつくって生えているとき、それを「群落」といい
ますが、その「群落のなかで、その群落をつくっている生き物の種と環境との
間のかかわりをしらべる」分野(群集生態学といいます。)、さらに、「植物
の群落がどのようなところに分布しているかを調べる」分野(植物社会学とい
います。)などがあります。
 最後に、「あるまとまった植物の集団のなかで、すべての生き物とその生き
物が生活している空間のなかの生命を持たない物質だけの環境のなかで、物が
移動する(物質循環といわれています。)過程(これらすべてを《生態系》と
いうのですが)」を明らかにする分野(生態系生態学と呼ばれている学問の分
野)があります。

(4)森林と気候

 森林と気候の間には、深い関係があります。とりわけ、気温と雨量は草木の
生育に大きな影響を与えることは、たいていの人が知っているのではないかと
思います。草木が育っていくためには、二酸化炭素、水分、養分、それに太陽
の光が必要なことはすでにお話しましたね。「光合成」と言う、草木の体を作
る仕組みが働いていくためのもとになるのでした。その光合成もあまり低い温
度では行われませんし、あまり高い温度でも具合が悪いようです。
 ところで、日本の国は南北に長い島国です。その島国を背骨のように山脈が
走り、その北側と南側の気候に違いを生み出しています。また、緯度の上から
も北と南で相当な隔たりがあり、緯度の高い地方(北の方にある北海道など)
や緯度の低い地方(南のほうにある南西諸島や小笠原諸島など)などは、中央
部の気候とはまるでちがうのです。
 普通、植物に注目して、気候とのかかわりを考える場合、日本を4つの部分
に分け、これを「気候帯」(きこうたい)と呼んでいます。おおまかに言いま
すと、北の北海道はほぼ「亜寒帯」(あかんたい)、南の九州南部、南西諸島
や小笠原諸島などは「亜熱帯」(あねったい)、中央部にあたる本州、四国、
九州の大半は「温帯」(おんたい)に属しています。「温帯」は背骨に当たる
山脈を境に、本州の日本海側と北海道の一部を冷温帯(れいおんたい)、太平
洋側と四国、九州を「暖温帯」(だんおんたい)に細分します。いうまでもあ
りませんが、標高によっては、暖温帯の中にも冷温帯の領域が入り込んでいま
す。
 これらの気候帯には、その気候を代表するような草木の茂る森林が発達して
います。亜寒帯の森林にはエゾマツ・トドマツ、冷温帯の森林にはブナ・ミズ
ナラ、暖温帯の森林にはシイ・カシの類、亜熱帯の森林にはアコウ・ガジュマ
ル・ヒルギなどが生育します。気候帯の違う所へこれらの草木を植えてもうま
く生育できないのが普通です。
 例えば、所沢へブナやミズナラを植えてもうまく育ちませんが、シイやカシ
を植えれば、ぐんぐん育ちます。それは、気候帯と草木の間に深い関係がある
からです。

 (注)樹木の光合成
   森林の草木は大気中の二酸化炭素と地中の無機物(カルシュウム・リン・
  カリウム・チッソ・マグネシウムなど)や雨水により地中に送られる水を
  原料に、葉の部分で太陽エネルギーを使って光合成を行い、無機物(二酸
  化炭素と水)を有機物に(糖類)に変え、さらに根から吸収した養分(土
  壌の中の微生物により有機物が分解されてできたチッソ、リン、カリ、カ
  ルシウムなど)を使って、もっと複雑な有機物をつくっています。

(5)炭素の循環

 皆さんが吐く息は二酸化炭素だということは、たいていの方が知っていると
思います。二酸化炭素は炭素と酸素が化合(かごう)してできたものですが、
目には見えません。
 ところで、乾電池の芯、鉛筆の芯や木炭は炭素の塊(かたまり)です。また、
石炭やダイヤモンドもおなじく炭素からできています。お鍋(なべ)の底につ
いた「なべずみ」も炭素です。これらはみんな目で見ることができます。その
ほかに、この地球上には大きな炭素の塊があります。それは森を作っている樹
木です。この樹木の体も炭素の塊なのです。これも目に見えますが、たいてい
の人は、これが炭素の塊だとは気付いてはいないのではないかと思います。
 目に見える炭素も目に見えない二酸化炭素も同じ炭素からできていることは
疑いもないことです。炭素が目に見える形で、私たちの周りにあるときには、
あまり問題はないのですが、これが目に見えない形で空中に大量にあふれ出る
と大きな問題を起してしまいます。地球の温暖化や砂漠化です。
 この地球の温暖化や砂漠化の原因になる、二酸化炭素の行方を考えて見たい
と思います。それが炭素循環(炭素が形を変えてめぐること)です。
 植物は、成長の過程で光合成を行い、生命を維持していくために呼吸をして
います。光合成の過程では二酸化炭素を大気中より採り入れ、呼吸の際には、
二酸化炭素を大気中へ吐き出します。炭素、水素、酸素は光合成生産物の要素
であり、それらの物質は二酸化炭素と水の形で空中や土中から樹木に大量に吸
収されます。また、樹体(じゅたい:木のからだ)の形成に必要な、より複雑
な有機物をつくる生理過程に必要な触媒として、養分すなわち窒素とミネラル
が供給されます。窒素は蛋白質などの窒素化合物の合成に使われ、リン、カリ
ウムやカルシュウムなどのミネラルは樹体の構成や生命の維持に欠かすことの
できない物質です。"
 光合成は樹木の葉の部分で行われますが、その際に樹木に取り込まれた大気
中の二酸化炭素は樹体をつくるとともに、一部は樹木自体の呼吸によって、ふ
たたび大気中に帰っていきます。また、落葉、落枝(らくし:落ちた枯れ枝)、
枯死した根、植物を食べた動物の糞、遺体などは林床に落ちたり、倒れたりし
ます。これらを「リター」と呼んでいます。リターは土壌の中に住む微生物の
働きによって、ミネラルや二酸化炭素に分解され、ミネラルは土中にあって植
物の養分となり、二酸化炭素は大気中に出て、また、植物に吸収されることに
なります。
 このからくりが「炭素の循環」です。このようなことから、草木が大切な働
きをしていることに気付かれたのではないでしょうか。森がなくなることは、
循環がうまく行かなくなることを意味しています。

(6)おわりに

 最後に、炭素はどこに貯えられているのか考えてみたいと思います。炭素の
循環は、上に述べた経路のほかにも、
  (1)大気と海洋との間の二酸化炭素の交換、
  (2)海洋の「表層水」と「深層水」の循環による「深層の長期貯蔵庫」と
    の間の二酸化炭素の交換
    (3)土地利用の変化により生ずる二酸化炭素の正味の吸収または排出(森林
       破壊など)
    (4)陸上の植物の光合成による二酸化炭素の吸収、木材や土壌内の長期貯
       蔵庫への植物炭素の移動がある。
と1994年に出された、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の特別報告
書に記されています。
 ちかごろ、行政の一部や一部の企業が「海の深層水」をくみ上げて営利のた
めに使っていますが、それは「深層の長期貯蔵庫」の二酸化炭素を使うことで、
これが、地球の温暖化や砂漠化を押し進める結果になることは、誰の目にも明
らかで、大きな間違い、というより、どんなことがあってもしてはならないこ
とです。
 やさしいことを思って書き始めましたが、やっぱりむずかしいことになって
しまいました。
(2000/10/18)


 (注)大気圏と海洋圏の炭素循環
    炭素の循環は草木を中心に循環しているだけではありません。海の表
   層部分では、大気と直接触れる水面を通して、大気圏と海の間で数十年
   から百年という長い年月をかけて、主に二酸化炭素の形で炭素のやり取
   りが行われています。
    また一方では、膨大な量の海の中層部や深層部の炭素が、非常にゆっ
   くりとした溶解化学物質の表層部への拡散を通して大気との炭素のやり
   とりが行われています。この循環には、何百年、何千年もかかるといわ
   れています。つまり、ひとたび海の中層部や深層部に融け込んだ炭素は
   海の表層へは簡単には浮かび上がってはこないのです。それゆえに炭素
   の「深層の長期貯蔵庫」といわれているのです。
    海洋圏(海洋表層部)と大気圏との間の炭素の循環は、年間約900億ト
   ン程度と見られる。大気中の二酸化炭素は海にとけ込み、海の中の海草
   や植物性プランクトンなどの植物の光合成の際に吸収されます。そのと
   き酸素と炭水化物を海水中に放出しますが、サンゴのような水性動物が
   その炭水化物とカルシウムを炭酸カルシウムの形で固定し、サンゴ礁な
   どを形成します。

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