孫たちに贈る森の科学

森林インストラクタ− 大森 孟            
[2004/10/08 奥日光泉門池で写す。]


===================================================================== 孫たちに贈る森の科学 V           筆者:大森 孟 =====================================================================

苗木を植える  


   目次 
  --------                   
  (1)はじめに
  (2)庭の果樹
  (3)何万本の木を植えた!
  (4)桜千本  
  (5)おわりに 
 
 (1)はじめに


  木は植えただけでは育ちません。植えた後の手入れが大変なのです。冬から 
 春先にかけて、苗木植えることが多いのですが、それらの木を立派に育てよう
 とすれば、6月頃には、はやくも下刈りや蔓きりという作業をしなければなら
 ないのです。
  たくさんの木を植えた場合には、それだけ管理が大変です。これを怠れば、
 せっかく植えた苗木は枯れてしまうでしょう。
  植樹祭や記念樹も植えただけでは、概ね生きていけません。それが生い立っ
 ているのは、地元の方々が大変な苦労をして手入れをしてくれるからです。

   (2)庭の果樹
 
  もう30年も前のことですが、田舎の家の庭にリンゴ、サクランボ、アンズ、 
 ウメなどの苗木を植えたことがありました。それでも10年ぐらいは、私も年に
 一度ぐらいは帰って、草を刈ったものです。
  そのころは、本家の伯母や分家の年寄りも健在だったので、暇を見ては手入
 れをしてくれました。しかし、年寄り達も他界し、私も都会での仕事に追われ
 て、不本意だったのですが、そのまま数年間放置しておくことになってしまい
 ました。気がついた時には、これらの木々は残らず枯れてしまいました。
  同じ頃、先祖の造ったため池の土手にも、サクラ(ソメイヨシノ)を植えま
 した。こちらは、分家の主が通る度に周囲の草を刈ってくれ、伯母が蔓を切っ
 てくれたので、無事に育ちました。 
  このように、苗木は、植えた後、人が必要な手入れをしなければ、育たない
 のです。

   (3)何万本の木を植えた!

  世の中には、「自分は何万本の木を植えた」と豪語する人が、結構何人もい 
 るものです。そういって、本を出している人さえいるほどです。
  そう言う方々は、本当にそのようにたくさんの木々を植えたのでしょうか。
 私はこう思うのです。そういうことを言っている方は、自分はほとんど手を下
 してなどいないのに、「植えた」と錯覚をおこしているのではないかと思うの
 です。それにもかかわらず、「何万本植えた」といっているのです。
  自分で手を掛けてみるとわかりますが、他の職業に就いていながら、何万本
 もの苗を植えたり手入れすることなどできません。苗木は、植えただけでは決
 して育ちません。植えたその日から、成木になるまで、大変でも面倒を見てや
 らなければなりません。
  そうしなければ、到底一人前の木にはならないからです。時には、成木にな
 ってからでさえも手のかかることもあるのです。 

    (4)桜千本  

  近ごろ、「木を植えよう」、そう、「何万本木を植えた」、こんな言葉をし 
 ばしば耳にし、目にします。考えてみると、私も家の者に、「サクラを1千本
 植えた。」と言ってきました。
  でも、一人の人間が簡単に1千本だ、何万本だ、という本数の木々を植える
 ことは簡単ではありません。林業家であれば別ですが、都会の住人が職業を持
 ちながら、それを一人で植えるとなれば、まあ、不可能に近いはずです。
  そのうえ、木は植えただけでは育ちませんし、絶え間なく手入れをしなけれ
 ば、到底森にはなりません。上のようなことを言う、或いは書く方々は、自分
 の手を汚して植えたのでもなければ、自分が出向いて手入れをしたのでもない
 でしょう。名のある方であればあるほど、自分の手を汚すようなことはしてい
 ないはずです。
  せいぜい、計画に参加した、その関係で何本か植えた程度でしょう。仮に百
 歩譲ったとしても、何日か作業に参加した、こんな所でしょう。これでは木は
 育ちません。
  振り返ってみると 私が「植えた」と家人に言っている1千本のサクラも、
 私が植えたのではありません。ポケットマネ−で苗木を買って、現地まで届け
 たに過ぎません。
  こうして届けたサクラが、大きく育っているのは、周囲のたくさんの人が、
 一生懸命植えてくれ、黙々と手入れをしてくれたからです。その皆さんの努力
 の結果、今の桜山があるのです。これでは、私が植えたとは言い難いでしょう。

   (5)おわりに 

  木を植えることは、このように厄介なことなのですが、手も汚したこともな 
 いような者が、声を大にして「木を植えよう」などというのです。そんな人に
 踊らされて、育つ可能性のほとんどない木を植えて、自己満足している人たち
 もたくさんいます。
  育って欲しいと願うならば、植えた後の手入れを真剣に考えなければなりま
 せん。草木も生き物ですから、植えたからには、最後まで面倒を見て、生きて
 いけるようにしてやらなければいけないのです。
  あなたは、そう言う覚悟で木を植えることが出来ますか。
  (2006/11/28)

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