NASで音は当然に変わる

2ちゃんのシッタカにマジレスする必要はないのだけど、往々にしてこんな勘違いをドヤ顔で語る奴がいるので。

「NASの違いで音質が変わる。ひとつ上級のモデルに変更したかのような、歴然とした差が現れてくる。」

元は、「オーディオ用のNAS」が発売されたという話。

バッファローのDSD対応NAS「LS421D」はなぜ“オーディオ用”なのか!?

まぁ、元記事が「なぜ」の部分をあまり語ってないので、2ちゃんのシッタカがわいて来るのもわからんではないが。

4 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2013/12/16(月) 13:20:32.48 ID:xhOW5WoM0
デジタルオーディオになってオーオタがキチガイだらけって事が証明されたのは良かったわ なんで目と違って耳の場合だけは自分だけがそんなに優れてると思い込めるんだろう? 聴力検査して証明すればいいのに

こういった「オーディオ用」のデジタル機器やケーブルの話になると、すぐにこんなシッタカがわいでdisり始める。まぁ、君がいろいろ勉強しているのはわかったけど、実際に何も作ってないこと、ちゃんと試聴出来る環境を持ってないことはよくわかる。

結論を言うと、NASが変われば音は変わる。当然に変わる。変わらない方がおかしい。

こう断言して「はっ」と思わなかったら、電子技術者として残念な奴だ。まぁ、かけだしのシッタカのためにもうちょっと詳しく説明してやろう。

  1. オーディオ回路の「アース」は、電気さえ流れれば、どんなに細くても良いか?
  2. オーディオ回路の「アース」は、同じ断面積であれば、幅広のパターンでも厚い銅板でも同じか?
  3. オーディオ回路に許容される、「誤差」はどれくらいか?

ここまで書けば、ちょっとはわかるかな?

何度か書いているが、「電子回路」は回路図だけで実現出来るわけではない。回路図はあくまでも理想化されたモデルを並べたものに過ぎず、それを「機器」にするには実装が必要になる。同じ回路であっても、実装が違えばまるで違う動作をする。なぜなら、電子部品は理想化されたモデルと同じ動作をするわけではないからだ。

「アース」の問題は簡単なようで難しい。デジタル回路では、単に線がつながっていれば良いことも少なくないので、(1)の「どんなに細くても良いか」については、「はい」で正しいことは少なくない。しかし、アナログ回路ではそうか行かない。アナログ回路における「アース」とは、全ての電圧の基準となる電位であるから、それがふらついてはならない。「アース」はその名のように、大地のようにしっかりしていなければならない。ところが、「細い線」だと抵抗やインピーダンスが0とみなせなくなるので、そこに流れる電流によって電位はふらつく。つまり、アースがアースとして機能しないことになる。

とか言うと、「じゃあ太ければ良いんだろう」とばかりに、やたらに幅広のアースパターンを引く人がいる。「にわか」のアナログ屋がよくやることだ。でも、これもダメだ。なぜなら幅広のアースパターンだと、

  • 銅板にも抵抗があるので、場所によって電位が変わる
  • 他のパターンと干渉や結合を起こす
  • 不要輻射を受ける「アンテナ」になってしまう

という問題がある。そこで、アナログ回路、特にオーディオ回路では、銅板を厚くしたプリント基板が使われる。

ということを書くと、「そんなもの無視出来るだろう」とか言う奴がいるのだが、そうは行かない。オーディオ装置で扱う信号のダイナミックレンジは極端に広い。16bitオーディオだと、2^16倍。24bitの「ハイレゾ」となると2^24倍あるのだ。とか書くと、すぐに

ハイレゾ音源は人間の耳で聴き分けられるか? 禁断のブラインドテストで検証!

この例を持ち出して来る奴がいる。いわく「区別なんてつかないよ」と。

確かに漫然と聞いていると区別はつかない。フルオーケストラがどかーんと鳴っている時に区別がつく人は、まぁまずいない。でも、割と誰でも区別をつける方法がある。それは「ボレロ」を聞いてみることだ。

チョット注意深く聞けば、わりと誰でもわかると思う。

「ボレロ」は最初は凄く小さく始まる。ここをちゃんと聞こうと思えば、ボリュームを上げることになる。たいていの安いオーディオ機器だと、ここで「サァー」というノイズが聞こえてしまう。これ、良いオーディオ機器だと出ない。出ないけど、これをちゃんと聞こうとボリュームを上げると、「なんか寂しい音だなぁ」という感じになりがちだ。これはまぁ、誰でもわかると思う。「ボレロ」のフィナーレはとんでもなくデカい音になる。音圧の違いは多分100dBを越える。これがオーディオの扱うダイナミックレンジだ。最初の部分の消え入るような音をノイズなしで聞く、最後のデカい音を破綻なしで聞く。これが出来なければ「オーディオセット」ではない。

これだけのダイナミックレンジがあると、たとえばアースの抵抗分が1mΩもあったら大変なことだし、電源回路の電圧変動がμVのオーダーであったら「とんでもないこと」であるし、配線が受ける不要輻射の類も無視出来ないというのは想像に難くないと思うがどうかね? もちろん信号レベルに関係のあるものと、そうでないものがあるので、これだけで「誰でもわかる、アホでもわかる。わからん奴はクソ」みたいなことを言うのもナンセンスだがね。

オーディオ機器、特にDACにNASをつなぐということは、取りも直さず

アースに巨大な金属の塊とノイズ源をぶら下げること

と等価だ。そこにある電位の変動や、そこに載る不要輻射の類は全てアナログ側のアース電位に影響を与える。当然そうならないように、パルストランスを入れたりするのだが、それが無視出来るかと言えば、必ずしもそうならない。それこそ、

何をしても音は変わる

のである。上のリンク先の説明を読んで「あーーーー」と思わないアナログ技術者がいたら、とっとと転職することをお勧めする。回路や実装というのはそういうことだ。

そんなわけで、本当に「回路」というものがわかっていたら、件のスレみたいなことは言えないはずなのだ。

一般論として、オーディオ装置で質がどうこうと言う話の時には、

  • アース
  • ノイズ
  • 非線形動作

といった、回路図には現れにくいものが問題になっていることが多い。また、半可通がシッタカでdisるのも、これらがよくわかってないからだし、妙なオカルトが出て来るのも、この辺りが問題だ。

とは言え、そういったことを前提にしても、個人的には「オーディオ用のNAS」はナンセンスだと思っている。もちろん使い勝手という点で便利だということであれば、そういった製品はあって良いなと思う。でも、「オーディオ用のNASは音がいい」的な方向だと、これはナンセンスだ。なぜなら、こういった根源的な理由がわかっているのであれば、

そっちで対策しろ

と思うからだ。つまり、NASをつなぐことでアース電位が動いてしまうのであれば、「つながない」という解決をするべきだし、NASが不要輻射を出すというのであれば、それを受けない努力をするべきだからだ。つまり、

変わるのは確かだが、その対策はおかしい

のだ。とは言え、現状その辺で売っているオーディオ機器を使う限りにおいては、NASだろうがケーブルだろうが電源だろうが、みんな音を変えてしまう。それを避けたかったら、自分でいろいろそういった対策をして改造するしかない。

ついでに言っておくと、「ハイレゾ音源は人間の耳で聴き分けられるか? 禁断のブラインドテストで検証!」でうまく区別がつかなかったのは、

「良い音」は主観である

からだ。それでいて、スペックが良い方が音が良いと勘違いしてしまうという「理性」が絡むので、話がややこしくなってしまう。

人にとって「良い音」というのは、結局のところ「自分が好きな音」なのだ。オーディオ機器がイマイチであれば、スペックと「良い音」はある程度一致している。ところが、あるレベルを過ぎてしまうと、「良い音」と「忠実度の高い音」は乖離を始める。

普段圧縮音源やショボいスピーカでしか聞いてない人に、「凄いオーディオセット」で音楽を聞かせると、最初は「すげー、今まで聞いていたのがゴミみたいだ」といった感じの反応をする。でも、しばらくすると、その情報量の高さに疲れてしまって、普段の音の方が心地良く感じるようになる。どっちが「良い音」かと言えば、その人にとっては圧縮音源やショボいスピーカの方が「良い音」なのだ。マニアは「情報量の多さ」だの「ノイズの少なさ」だのを気にするのだけど、それが「良い音」と常に一致するわけではない。

あるいは、真空管アンプのように、スペック的にはガタガタのものであっても、熱狂的なファンがいる。それはその人達の耳が腐れているとか、妙な魔法にかかっているのではなくて、その方が「心地良い」から「良い音」に感じているわけだ。

人間、ある程度を越えてしまうと、スペックの差よりも好みで良い悪いを思ってしまう。ところが、

良い=スペックがいい

という先入観があるので、「良いと思った音が出ているもの」が「ハイスペックなもの」だと勘違いしてしまうわけだ。これはもうそういったものなので、その人の耳が良いとかどうとかではない。とゆーか、現代の電子技術を以ってすれば、

スペック信仰はやめた方がいい。

PS.

誤解のないようにつけ加えておくと、わかりやすいから「アース」の話を持ち出しただけで、それが全てだと言っているわけではない。「アース」は回路図上では軽く扱われているのに、実装では非常に難しいものの例として挙げてみた。「アース」については、それこそ本が書けるくらい難しい問題なのだ。実際の原因はそれだけではないと思うのだが、回路やそれにまつわる理屈だけで、電子回路は語れないんだよということがわかってもらえれば十分。

PS2.

「なんだアナログの話じゃん」的なことを言われたんだが、それは当然のこと。アナログ回路にまつわる問題はデジタルオーディオであっても無縁ではないから。スピーカーまで完全にデジタルにしたら、またいろいろ違うんだろうとは思うけれど、今は結局アナログから離れられないのだから、しょうがない。

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This entry was posted on12月 16th, 2013 at 13:48:22. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0. Responses are currently closed, but you can Trackback..

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