“誰も書かなかったチュウ国(後編-1-)”
"ホンコンからチュウ国を振り返って" 以降 1998 年3月 記

前編までは筆者がチュウ国滞在中に記していた日記、メモを纏めた物ですが、ここから先の後編はホンコンに来てからのチュウ国回想録形式で書いています。

[チュウ国人とホンコン人、もろもろ、、、]

ホンコンに来て街を歩いる人の視線を見て、まず感じたのが、、、、自分が外国人だ!!という意識を持たずに済む、、、と言う事です。

チュウ国では国際都市と言われるシャンハイですら、我々外国人をジロジロ見て不愉快でした。日本でも地方都市に行くと欧米人を見て、珍しがったりしますが、それでも遠慮がちに見ていたと思います。


最初は私のハゲ頭が珍しくて見ているのか?と思ったが、他の人に聞いても同じような事を感じる人がいたので、どうやらハゲ頭の所為ではなかったらしい。因みに前記した
栄養失調気味のチュウ国人男でも何故か?ハゲ頭は少ない!!

チュウ国人の我々を見る目は、遠慮なんてこれっぽっちも無く、正に直視、それもかなり長い時間。まるで珍しい物でも見るような目つきでジィ−と見られて今思い出しても頭にきます。

その点ここホンコン人は逆に我々をまったく無視。日本人なんて珍しくも無い、...かもしれないがさすが都会人、冷たい感じすらあります。ようするにホンコン人は、いい意味でプライドが高く、
国際人意識が強いので?外国人に妙にへつらったりしない様です。?

チュウ国に居た時、彼らはプライドが高いので我々外国人は言動に気をつけるように、とよく言われましたが

(前記、"バカヤロ-"等)、私に言わせると、あれは
プライドでなはく単なる利己主義なわがままであり、それも大袈裟に言うと国家レベルのチュウカ思想がマインドコントロ-ルで一般大衆まで洗脳が浸透している様にしか思えませんでした。

ホンコン生まれのチュウ国系ホンコン人は自分達のアイデンティティ-を"チュウ国人"とは考えず"ホンコン人"と考えて、大陸のチュウ国人とは一線を引いているようです。一方、チュウ国寄りの反日活動家*が一部いる事はご存じと思いますが、れいの尖閣諸島(ホンコン名:釣魚島)の帰属問題などで騒いでいますね。これなど一説によるとホンコン人のパトロンが返還によりイギリスからチュウ国に変わったので、
あえて"反日"を表明してチュウ国にへつらう態度を示さないと自分達のアイデンティティ-が失われる。と、まあ、いずれにしてもホンコン人の国際人意識と言うのは言い換えれば国籍不明人の感じすらあります。

(この項を追記すれば、その釣魚島の帰属問題もあれだけ大騒ぎしていたのに、返還後の現在はパッタリと音沙汰なし、、、。
あの頃TVでよく見た*あの顔のオッサンは今頃何処で何を考えているのやら??)

ブラジルで日系二世でありながら日本を毛嫌いしていた人を知ってたが、何か逆の意味の共通点を感じます。それからブラジル人もどちらかと言うと利己主義と個人主義をはき違えている者が多いのですが、しかし言葉は悪いが"単細胞人種"なのでこちらがそれを分かって付き合えば"しかし人は好い、お人好した゛!!"と言う言い方も出来た、と思いますがチュウ国人はそうではなく一部のインテリ層を除き本気で「我々が世界一優秀民族だ!!」と、思っているので始末が悪い。

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