孫たちに贈る森の科学

森林インストラクタ− 大森 孟            
[2001/03/10 所沢市の八国山で撮す。]

孫たちに贈る森の科学 16 ---------------------------------------------------------------------- 常緑広葉樹と落葉広葉樹のまじる森2  森林インストラクタ− 大森 孟 ----------------------------------------------------------------------

常緑広葉樹と落葉広葉樹のまじる森 その2


(1)はじめに
(2)三富の雑木林に見る崩壊の過程       
(3)ダイオキシンの森
(4)木の葉を掃いても!
(5)おわりに

(1)はじめに


 ついでに、私たちの身のまわりにある雑木林の中では、今どのようなことが
起っているのかをお話したいと思います。先日、東洋大学工学部の学生の皆さ
んと所沢市下富の雑木林の中を歩きました。
 学生の皆さんに、三富の開拓地の特徴を知ってもらい、農業と雑木林、コナ
ラ・クヌギの人工林のこと、壊れかけている雑木林の姿、壊れ方のいろいろな
形、手入れの大切さ、典型的な三富開拓地のパタ−ンなどを学んでもらいまし
た。
 後で、大学の先生から学生の皆さんの感想文を送っていただきました。それ
をみると、参加した皆さんが、理解のしかたに違いはあっても、何らかの感動
があったようです。
 実は、この下富の雑木林を歩いてまわれば、雑木林で起こっている様々な現
象を目(ま)のあたりにすることができます。

(2)三富の雑木林に見る崩壊の過程

 三芳町上富、所沢市中富・下富の農家の方々が、雑木林の樹木を利用しなく
なってから、かれこれ40年以上になるのだろうと思います。ある林は、伐採
して利用した後、そのまま放置されてしまい、ある林は伐採して利用した後、
萌芽の手入れをして以後放置され、またある林は落ち葉だけを利用してきまし
た。所によっては、アカマツ林に変えて手入れをしてきた痕跡があります。
 決して、同じ時期に同じように状態で放置されたのではないことがわかりま
す。その出発点の違いが、その後の雑木林の姿に影を落としている様です。ま
た、時には回りの林の状態の影響を受けているものもあります。アカマツのま
じった林などがその例です。したがって、「崩壊」といってもどこも同じだ、
というのではありません。
 雑木林が手入れをされなくなった後、アカマツを育てようとした農家の方々
がいました。ところが、海外から安い値段の木材がどんどん輸入されるように
なり、需要も少なくなりました。そればかりか、アカマツだけではなく、スギ
もヒノキもさっぱり値段があがらなくなりました。物価や賃金がどんどんあが
るというのに、木材の値段はひとつもあがらないのです。手入れをしていた人
たちも気落ちしたことと思います。
 その上、海外からマツノザイセンチュウというとんでもない生き物が入り込
んできてしまいました。木材の輸入は木材ばかりかきのこの仲間や昆虫の仲間
などをも輸入してきたのです。クモや線虫も一緒でした。
 この線虫の仲間であるマツノザイセンチュウに対し、日本には天敵が全くい
ないのです。いくらでも繁殖できます。運びやさんはマツノマダラカミキリと
うカミキリムシのひとつです。このコンビがアカマツを次々と枯らし、ひどい
所はマツが全部枯れるということになりました。
 農家の方々が手入れを止めても仕方がないようなありさまです。枯れたマツ
は台風や大雪の度に倒れたり、折れたりしました。アカマツ林よく手入れされ
た林床には、毎年刈り払われていた草も木ありましたから、これらが勢いづい
たのです。あるいは、これらの草木の中へ、となりの荒れた林からも種子が入
り込みました。
 周りの林が常緑樹の多いところではアカマツ林へ常緑樹のシラカシ、アラカ
シ、ヒサカキ、ヤツデ、アオキなどが入り込みました。まるで、倒れたアカマ
ツの間を常緑樹が占領したようになってしまいました。
 逆に、周りの林が落ち葉を掃くために利用されていたような所では、その間
に生えたエゴノキ、リョウブ、シデ類、ガマズミなどがアカマツの後をむしり
とるように占領してしまいました。
 コナラ・クヌギの林でも、最後の伐採から放置されてしまった所では、コナ
ラやクヌギばかりではなく、いろいろな種類の木が生え、天然林の二次林に近
い林になっています。そのなかに、常緑樹もまじり、ひどいところでは雑木林
の木々をこの常緑樹が追い上げているような形になっています。つまり落葉広
葉樹(雑木)と常緑紅葉樹の二段の林になっています。このような林を二段林
(にだんりん)あるいは複層林(ふくそうりん)と呼んでいます。
 現在も、落ち葉をとるために利用しているコナラ・クヌギの林でも、長い間
にいろいろな樹木が生え、どんどん大きくなって、前からある、コナラやクヌ
ギをおおうようになり、コナラやクヌギがどんどん枯れていくようです。外か
ら見るときれいな林が、中へ入るとぼろぼろなのです。
 ちょっと止まって、木の下から空を見上げると、ぼろぼろの林の中で、これ
らの木々が光を求めて、曲がりくねり、また、曲がりくねりながらのびたって
いったことが手にとるようにわかります。その努力には思わず目頭(めがしら)
が熱くなってしまいます。中には、もう1歩で明るい空の光にたどりつくとい
うところで、力が尽きて枯れています。

     雑木林の現状と放置時点の林相(りんそう:林の姿)

(3)ダイオキシンの森

 もう、15年ぐらい前になると思いますが、きのことオニノヤガラという光
合成しない草を探して、あちらこちらの雑木林を歩いていたときに、レンゲツ
ツジがたくさん生えている雑木林を見つけました。
 それが、上に述べた三富の雑木林だったのです。南北2km、東西1kmのこの林
には、あまり人影はなく、きのこがたくさん出ていました。珍しいきのこもあ
りましたし、草木もありました。ただ、オニノヤガラだけは見つからなかった
のです。
 そのかわり、センブリ、ツルリンドウ、オミナエシ、ツリガネニンジンなど
がたくさんありました。とりわけ、センブリとオミナエシは、周囲のどこにも
見られなかったので、この雑木林を保全しなくてはいけない、と考えました。
一緒に行動していた友人たちも同じ意見でした。
 そのころ、所沢市の文化財保護委員をしていた小沢和一さんという方にこの
話しをしたところ、「その林が、前に所沢にはレンゲツツジの群落がある、と
お話しした山なのですよ。」といわれ、保全運動をしようということになりま
した。
 文部省、埼玉県庁、埼玉県会議員、関係五市町、大新聞などに働きかけて、
保全を訴えたのですが、その意義を理解できる者はほとんどいなかったのです。
市民団体の方々も同様です。今ごろになって、森がぼろぼろになってから、
「オオタカの森」だ、「貴重な雑木林」だ、とさわいでいるのですから、どう
しようもありません。
 そのうちに、その林の持ち主の中でも指折りの農家で、遺産相続の問題が発
生し、広い面積の雑木林が相続税を払うために売却され、それが産業廃棄物処
理業者の手にわたりました。雑木林はまたたく間に破壊されました。大きな雑
木々が生木(なまき)のまま引きぬかれ、ならされて「ごみの野焼き場」とな
ってしまいました。その残酷(ざんこく)なやりかたには、生き物の対する慈
しみの心がかけらもないことを感じさせました。しかもレンゲツツジ、オミナ
エシやセンブリのもっともたくさんあったところからです。
 その年の秋、ブルド−ザに押しつぶされてもなおかれんな花を咲かせていた
オミナエシがいまなお目に焼き付いています。あのとき、議会や行政担当者が
本気で保全に取り組んでいれば、ダイオキシンの問題は発生しなかったし、レ
ンゲツツジ、オミナエシ、センブリやツリガネニンジンなどのある雑木林を滅
ぼさずに済んだのです。ほんとうに残念です。
 そのころ、周囲の人たちは、レンゲツツジやオミナエシなどを保全したい、
という私たちを「へんな人たち」と見ていました。

(4)木の葉を掃いても!

 一昨年あたりから、盛んに「循環型社会」と言う言葉が目立つようになりま
した。何が循環しているのかさっぱりわからないことにも、この言葉が使われ
ています。何も、循環していないのではないか、と思われる事もあります。
 ちかごろ、あちらこちらで、「雑木林の木の葉を掃く」催しが開かれていま
す。そこでも、「循環型社会」を理解するために木の葉を掃く催しに参加しま
せんか、と呼びかけています。何が循環するというのでしょうか。私には理解
できません。
 もちろん、このような催しに参加しても、その説明を聞く事はできないでし
ょう。受付で、名を聞かれ、開会の挨拶があり、道具が渡され、道具の使い方
の説明を聞き、では始めましょう、ということになるでしょう。昼には「豚汁」
がふるまわれ、お茶のときにはジュ−スや茶が出て、帰りには、お土産の農産
物を持たされる、といったところでしょうか。
 掃き集めた木の葉が農産物になった、はい、循環しました、といことなので
しょう。これでは、作業と循環型社会とのつながりは何も分かりません。実は
何も循環していないのです。主催者が、勝手に「循環型社会」という言葉に酔
っているだけです。
 また、参加者は、ふだん使いなれない「熊手」(くまで)というおもちゃで、
「落ち葉掃き」という、風変わりな遊びをして、お土産をもらった、というだ
けです。催しの意義も参加の意義もありません。
 
 それはさておいて、「落ち葉を掃く」ことによって、雑木林の崩壊は食い止
められるのでしょうか。実は、落ち葉掃きと崩壊とはほとんど関係はありませ
ん。雑木林が良好な状態に保たれ、林床の草木が豊かに保たれているときには
重要な意味があります。
 つまり、前にも述べた通り、コナラ・クヌギの木の葉は堅く、腐りにくいの
です。他の木々の葉とは異なり、春になっても腐りません。3月になると、草
木の芽が次々と出てきますが、木の葉が厚く積もっていると光を取ることがで
きないので、ある程度まで根に貯えられている養分で成長しても、しまいには
枯れてしまいます。
 林床の草木をゆたかに成長させるためには、木の葉をある程度取り去ること
が大切なのです。人の仕立てたコナラ・クヌギ林では特にたくさんの堅い葉が、
しっかりと降り積もっています。ですから、落ち葉を掃く作業は大切なのです。
 むずかしいかもしれませんが、今世界中で大きな問題になっている環境問題
のひとつに、「生物多様性の減少」と言う問題があります。雑木林の落ち葉を
掃き、草木の芽が出やすいようにして置くことは、雑木林の「生物の多様性」
を保つ上で重要な事なのです。

(5)おわりに

 もしかすると、私が説明していることは、みなさんがはじめて聞くようなこ
とが多いのかもしれません。でも、昔から、私たちの祖先がつづけてきた森の
姿を保つためには、昔の人たちがつづけてきた作業を、私たちも続けていく必
要があるのです。それが、さまざまな生き物の命を守ることになり、私たちを
守ることになるのです。
 雑木林を大切にするということは、昔から続けられてきた方法で、手入れを
することなのです。それにより、私たちに必要な生き物の世界をいつまでも守
っていくことになるのです。

(2001/01/07)

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