孫たちに贈る森の科学

森林インストラクタ− 大森 孟            
[2001/03/10 所沢市の八国山で撮す。]

孫たちに贈る森の科学 17 ---------------------------------------------------------------------- 辺材と心材  森林インストラクタ− 大森 孟 ----------------------------------------------------------------------

辺材と心材

 
(1)はじめに
(2)広葉樹と針葉樹         
(3)心材と辺材
(4)おわりに

(1)はじめに


  みなさんは木を伐ったことがありますか。伐った後で切口、あるいは切株を
じっくりとご覧になったことがありますか。こんな事を書きながら、山村で生
活していた、自分の少年時代のことを思い出してみると、山仕事をあれほどた
くさんしていながら、伐った跡の観察といったような経験をしていないことに
気づきました。
  おそらく、大多数の方々が私と同様なのではないでしょうか。このような観
察をした経験をお持ちの方は、身近なところに林学を修めた方がいたのだろう
と思います。
  というわけで、今日は切口についてのお話をしたいと思います。

(2)広葉樹と針葉樹


  樹木には、落葉広葉樹、常緑広葉樹、落葉針葉樹、常緑針葉樹などの種類が
あります。広葉樹は幅のひろい葉をつけている樹木で、針葉樹は針のように先
の尖(とが)った葉を持っている樹木です。普通、「葉」といわれると、皆さ
んは幅の拾い葉を頭に浮かべるのではないかと思います。
  皆さんが日中いちばん長い時間を過ごしている場所は、学校だろうと思いま
す。その学校の校庭には、昔から桜が植えられているのが普通です。桜は花も
美しいし、秋早く紅葉して赤く染まりますから、皆さんにはなじみが深いので
はないかと思います。いろいろな木の葉のなかでも、いちばん先に頭に浮かん
でくるのは、この木の葉ではないでしょうか。
  その桜は秋には葉を落してしまいますから、落葉広葉樹です。
  また、近くの公園を思い浮かべて見てください。たいてい、冬でも葉をつけ
ている木が植えられていると思います。近ごろできた公園ならば、植えられて
いる木はほとんどが冬でも葉を落さない木です。私は、こういう公園は好きに
はなれません。陰気だからです。
  実は、この陰気な雰囲気のもとになっている木々が、やはり幅の拾い葉を持
っているのです。カシの類、シイの類、クスノキの類などの大木になるものと
ツバキの類、サカキの類などです。これらの木々は常緑で、しかも、幅の拾い
葉を持っていますから、常緑広葉樹です。
  こういう種類の木の下へは、一年中、日の光が通らないので薄暗く、下には
ほとんど草木がありません。それが公園内をいっそう陰気にしているのです。
このような公園のベンチにくつろいで、のんびりと本を読む、という気持には
なれないのではないでしょうか。私の場合は、こういう公園へは出かけようと
はしません。
  実は、ここでとり上げた「広葉樹」を伐り倒して見ると、年輪はあまりはっ
きりしませんが、顕微鏡や拡大鏡を使って切口を見ると、年輪と年輪の間に丸
い穴があいているのが分かります。これを「導管(どうかん)」といいます。
落葉広葉樹のエゴノキの導管は肉眼でも見ることが出来ます。


(注)桜の思いで
    昨年、父親に付き添って郷里の鎮守様をお参りにいきました。参道の桜の
  古木は、父親が小学生の頃からあるものだそうで、懐かしそうでした。しか
  し、この桜も100年の歳月には勝てないのか枯れかかっていました。
    ここは小学校の分教場の入口でもあり、父も私もこの木の下を通ったので
  すが、私には、桜並木だった記憶はあるのですが、この桜の花の記憶があり
  ません。
    校庭にも桜がありますが、これは、私の時代のものではなく、新たに植え
  たものらしく思われました。 
    地つづきだったので、休み時間には鎮守様の境内で遊んだものですが、二
  股(また)になった杉の大木は60年の間に一段と大きくなり、上って遊ん
  だまたの部分へは上りようもなくなっていました。大人が5人ぐらいいない
  と回りを囲めそうもありません。  


  次に、針葉樹についてお話しましょう。通常、針のように細い、先のとがっ
た葉を持っている木の仲間を《針葉樹》と呼んでいます。ちょっと意外なのは
イチョウですが、これも針葉樹の一つなのです。
  針葉樹にも、常緑のものと落葉するものがあります。針葉樹の中でもみなさ
んの目につきやすい樹木は、やはりスギ、ヒノキ、それにマツではないかと思
います。モミやツガなどの仲間もありますが、これらはみな常緑樹です。
  北原白秋の詩で名高いのはカラマツですが、これは、ちょっと奥山か寒いと
ころでないと見られないと思います。別なところでも出てきますが、イチョウ
なども本数は少ないのですが、比較的大きな木を見かけることでしょう。神奈
川県鎌倉市の八幡宮の大イチョウは、有名です。これらは、落葉樹です。
 鎌倉時代のことですが、公暁(くぎょう)という者が、源実朝を刺殺したの
がこの大イチョウの前で、このイチョウに隠れて実朝を待ち伏せしていた、と
伝えられています。公暁は実朝の兄源頼家の第三子で、父の死後、鶴岡八幡宮
の別当(べっとう)となっていました。父の仇を報いると称して源実朝を斬っ
たのですが、三浦義村の部下長尾定景に殺されましたた。(1200〜1219)


(注)別当(べっ‐とう)(広辞苑による)
 本官のある者が臨時に別の職に当る意。後に専任の長官の称となる
・蔵人所(クロウドドコロ)・検非違使(ケビイシ)庁などの長官。
・院庁(インノチヨウ)・親王家・摂関家などの政所(マンドコロ)の長官。
・東大寺・興福寺など諸大寺で寺務を統轄した僧官。
・鎌倉幕府の政所・侍所の長官。
・神宮寺を支配する、検校(ケンギヨウ)に次ぐ僧職。また、別当寺の略。
・盲人の官位の一。検校に次ぐ。


  カラマツやイチョウは落葉する針葉樹ですが、このほかに、海外から移入さ
れてきたものがあります。それらがラクウショウ(ヌマスギ)とメタセコイヤ
(アケボノスギ)です。
  この中のカラマツとイチョウには、普通の枝の他に、芽が張り出したような
突起(とっき、突き出た)があります。これを「小枝」(しょうし)といいま
す。このような特徴をもつ樹木は広葉樹のなかにもあります。アオハダやカマ
ツカです。
  針葉樹は、広葉樹より年輪がはっきりとしています。たいていの人は、《年
輪》と言えば、スギ、ヒノキ、マツの年輪を頭に浮かべるのではないでしょう
か。特に、スギやヒノキの年輪は美しいし、中心に近い部分と回りの部分の色
の違いも鮮やかです。
  顕微鏡を使って、針葉樹の断面をくわしく調べると、角張った無数の穴の集
まりであることが分かります。そのかわり、広葉樹のような丸い穴は全く見つ
かりません。この角ばった穴を「仮導管」(かどうかん)と言います。
  実は材が「導管」を持っているのが広葉樹で、「仮導管」を持っている樹木
が針葉樹なのです。イチョウは広葉樹のように見えますが、「導管」を持たず、
「仮導管」を持っているので、この点からも針葉樹であることが分かります。
  それでは、この導管や仮導管はどのような働きをしているのでしょうか。樹
木が生長するためには、根から葉へ水分や養分を運ばなければなりません。葉
が体を作るのに必要な物質(有機物)を作り出す工場に当るからです。
  葉では、大気の中から二酸化炭素を吸い込み、根から吸い上げた水分と養分
を使い、太陽の光を動力(エネルギー)源として光合成によって必要な有機物
を生産していきます。このとき、根から吸い上げた水分と養分を運ぶ道が導管
や仮導管なのです。

(3)心材と辺材


  古い神社やお寺、あるいは、由緒(ゆいしょ)ある旧家の庭などで、中がほ
ら穴のようになっている大木や古木(こぼく)を見たことはありませんか。そ
のとき、こんなに心が腐っているのに、この木はどうして生きているのだろう、
と不思議に思ったことはないでしょうか。
  このようなことを頭において、もう少し、樹木のお話をしてみたいと思いま
す。

  再び、切株の話しに戻りましょう。切株をよく見ると外側に皮、その内側に
色の白い部分、その内側に色の濃い部分、といった具合になっています。色の
白い部分を「辺材」と言い、色の濃い部分を「心材」と呼んでいます。
  もう少し注意してみると、皮と辺材の間にさらに白い部分が薄い層を作って
いることがわかります。これが「形成層」(けいせいそう)と呼ばれる部分で
す。また、辺材と心材の間にも白い線が見られることがあります。この部分は
「白線帯」(はくせんたい)と言われています。皮ももう少し注意してみると
外側のがさがさした部分と内側の生き生きした部分があることに気がつくでし
ょう。
 外側の皮のがさがさした部分(外樹皮といいます。)と心材の部分の細胞は
もう活動をしていません。含まれている水分も多くはありません。形成層では
外側と内側に向かってさかんに細胞が分裂を繰り返し成長を続けています。外
側に新たに生まれるのが「内樹皮」と呼ばれる部分で、生き生きとしています。
この部分を通って、葉で光合成により生産された物質が、樹木のすみずみまで
運ばれていきます。内側に形成層と前の年の年輪との間に新たに生まれるのが
「辺材」とよばれる部分です。根より吸い上げられた水分や養分は、この辺材
の部分の中の導管や仮導管を通って葉ヘ送られていきます。
 では、白線帯はどのようなはたらきをしているのでしょうか。白線帯は辺材
と心材の境目をなしています。この部分は、他の辺材の部分より水分が少ない
のが特徴です。つまり、はたらきがにぶくなり、活動を停止する寸前の状態の
様です。仏教の教えによりますと、この世とあの世の境には「三途(さんず)
の川」というものがあり、人は死ぬとこの川を渡り、あの世へ入っていくのだ
ということです。川を渡る前ならば生きかえることができるけれど、渡ってし
まうと二度とこの世へは戻れないということです。
 白線帯はこの「三途の川」と同じようなはたらきをしているようです。
 ところで、建築や土木にこれらの材を使うとき、丈夫なのは、辺材の部分で
はなく、心材の部分です。つまり、細胞がもう活動をやめてしまっている部分
が大きな強度を持っています。

(4)おわりに


 いかがでしたか。今日は木を切ったときの切り株の様子を頭に浮かべながら、
材の性質をお話ししました。ところで、はじめにお話しした、心が腐ってしま
っても生きている樹木のことですが、心の部分、つまり、心材の部分の細胞は、
もう活動をしていませんから、腐ってしまっても木は辺材の部分さえ残れば、
生きていけるのだということがお分かりになったろうと思います。

(2001/01/05)
  

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