孫たちに贈る森の科学

森林インストラクタ− 大森 孟            
[98/04/20 奥多摩町の御前山で撮す。]

孫たちに贈る森の科学 12 ---------------------------------------------------------------------- 冬の木の顔 その2  森林インストラクタ− 大森 孟 ----------------------------------------------------------------------

冬の木の顔 その2


(1)はじめに
(2)枝の姿
(3)ドングリの形
(4)垂れ下がっている実
(5) 髄(ずい)の形もさまざま        
(6)木の肌(樹皮)から
(7)  おわりに

(1)はじめに


  《今年も》と書き始めると、じゃあ、去年もですか、といわれてしまいそう
な気がするのですが、実はそうなのです。どうしたことか、木の葉が十二月二
十日を過ぎても落ちないのです。さすがにクリスマスを迎えると、雑木林に残
っていた、コナラやクヌギの葉も散り尽くしてしまいました。
  淡い冬の日が木々の枝を洩れて葉を一面に敷きつめた林床を照らしています。
黙って見ていると、散歩をする人もハイキングに来た人も、すたすたと足早に
林の中の道を過ぎていくだけで、周りの木立に目を向けるでもなく、梢の上に
ひろがる青空を見上げるのでもありません。
  ふと、この人達は、どうしてこの林の中を歩いて行くのだろうか、と考えて
しまいます。少し立ち止まって木々を見れば、寒い中にも草木が春を待ちわび
るような顔でのぞいているのが分かるのに、と思うからです。
  そこで、今日も、もう少し、冬の木の顔をのぞいてみたいと思います。

(2)枝の姿


  葉をすっかり落し、身軽になった木々の梢を見上げてみると、木によって随
分枝先の表情が違っているのが分かります。葉のついているときには、どの木
の枝先も同じ様に見えたと思っていましたが、こんなに違いがあったのか、と
本当に驚いてしまいます。
  太い枝先が急にそこで、成長を止めてしまったように見えるのが、ヌルデ、
ウルシ、クルミ、リョウブ、トチノキなどです。丸くずんぐりとふくらんだお
おきな芽がその先についています。ハクウンボクなども少しほっそりはしてい
ますがこういう感じです。
  枝先をきれいに二股に分け、片方は短く、片方はながく伸ばし、今年伸びた
部分を赤く化粧をしているのがミズキです。枝の先には、先のとがったふくら
んだ芽をつけています。ミズキは北関東や東北地方南部の農家では、小正月の
際に繭(まゆ)だまをつけて飾るのに使います。神木の一つです。
  細い枝先に、一ヶ所にいくつもの芽が押し合うように、頭の方をを開いて集
まったようについているのはヤマザクラの花芽です。サクランボなども同じ様
な芽のつけ方をしています。フジなどは、花芽はまるまるとふくらみ、つるに
身を寄せるようについています。ほっそりとしている芽は葉となる芽です。  
  シデ類は、細かな枝先を無数に広げ、まるで網の目のようです。その枝や枝
の先には、細い小さな芽をたくさんつけています。春先になると、アカシデの
芽は際だって赤く染まるので、ああ、この木はアカシデだったのかと分かるぐ
らいです。イヌシデの方はあまり赤くはなりません。
  よく似たものにウワミズザクラとイヌザクラというものがあります。ウワミ
ズザクラの枝は黒みを帯び枝先が少し太いのですが、イヌザクラの方は枝先が
細く白い感じがします。ウワミズザクラは枝や枝先にタコの足の吸い盤を思わ
せるような芽がついているのですが、イヌザクラの方は、小さな芽で目立ちま
せん。ウワミズザクラもイヌザクラも花は房状で細かく、たがいによく似てい
るのですが、枝ぶりや幹はまるで違います。

(3)ドングリの形

 
  葉を落とした冬の木を知るために、落ちたドングリを見つける方法がありま
す。ドングリはブナの仲間の木々の種なのですが、落葉する種類は、コナラ、
クヌギ、アベマキ、ミズナラ、です。ブナやクリも同じ仲間なのですが、皆さ
んがドングリと呼んでいる実とはちょっと違うので、ここでは除いておきまし
ょう。
  関東では、コナラ、ミズナラとクヌギということになります。ドングリが丸
い形をしているのはクヌギで、細長い形をしているのはコナラやミズナラです。
ミズナラは標高の低いところには生息できず、標高七百メートル付近の山地で
見かけるようになります。それより高いところにはたくさんあります。
  今日のお話しからは外れてしまうのですが、常緑広葉樹のカシ類、シイ類な
ども同じブナの仲間ですから、そのドングリも同じ様な形です。ある先生のお
話によると、シラカシの実を縦に割ると、割った面が〈白〉という字の筆で書
いたときの形に似ているそうです。いわれてみるとそうかなあ、と思います。
しかも、実が真っ白な色をしているので、このドングリが〈白〉という漢字の
起源になったのだ、ということです。これは、余談です。  

(4)垂れ下がっている実


  ヤマウルシやヌルデは、葉が落ちてしまっても、房状の実の殻がいつまでも
ついています。寄生植物にサルオガセというものがありますが、それを思い出
してしまうのがこの房状の実です。
  また、垂れ下がった実では、キササゲの実なども独特です。細長い鞘(さや)
がひと所から6本も7本も垂れ下がっているのは、これも面白い眺めです。キ
ササゲは《木ささげ》なのだと思います。ササゲはお赤飯を炊くときに使う、
あの大粒の小豆に似た豆です。長い鞘に入っているのですが、キササゲの鞘が
そっくりなのです。そこでつけられた名前がキササゲなのでしょう。
 実ではありませんが、ツクバネウツギなどは、花の跡のガクが残っています。
それがお正月の遊びである羽つきに使う羽根に似ているところからついた名前
です。実そのものがこの羽根にそっくりな低木(ていぼく)もあります。これ
がツクバネです。
  マメの仲間である、フジなどは、葉が落ちても、豆が鞘に入ったまま垂れ下
がっています。乾いた空気の中で音をたてて割れ、豆が飛び散ります。高名な
物理学者寺田寅彦は、障子に当ったフジの種に興味をいだかれ、その豆が鞘か
ら飛び出す時の《初速》をめぐる考えを随筆に書き残しています。
  南北朝時代の後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の臣日野俊基(ひのとしもと)
を祭る鎌倉市の葛原岡神社の境内には大きなサイカチの木があります。これな
どもマメの仲間なので、今ごろ見に行くと、枝先に黒い大きな豆の鞘が残って
います。青い空に黒い豆はちょっと異様な感じがします。
  サイカチの木には、カブトムシやクワガタが集まって来るといいます。戦前
の東京の子供たちはクワガタのことを《サイカチ》といっていました。この木
との関わりを示していたようです。
  このように、からからになった実の姿からでも、植物の種類を知ることが出
来るのです。

(5) 髄(ずい)の形もさまざま


  枝を切ってみると、中心に周りより柔らかい部分のあるのが分かるでしょう。
これが髄(ずい)です。この髄の形や色が木によってさまざまなのです。葉の
ないときには、この髄の形から、その名を知ることが出来ます。
  髄の形が中空なもの、円形のもの、十字のもの、三角形のもの、菱形のもの、
星型のもの、五角形のも、六角形のもの、七角形のもの、多角形のもの、はし
ご形のものなどさまざまです。
  中空なものには、ウツギ、マルバウツギ、ツクバネウツギなどウツギの仲間
やハリギリなどがあります。山の樹木ではありませんが、皆さんの家の周りに
植えられているシナレンギョウなども髄は中空です。
  丸い髄の樹木には、ノリウツギ、ヤマブキ、トチノキ、キブシ、ウリノキ、
ウコギ、ニワトコ、ハコネウツギ、ニシキウツギなどがあります。枝が三角形
をしているか、葉のつきかたが幹の周の三分の一ずつずれているのが、ヤマハ
ンノキやハンノキなどです。
  髄が菱形にちかい形をしているのが、クリです。四角形なのは、カツラ、マ
ユミ、ツリバナ、アオダモ、クサギ、ムラサキシキブなどです。
  また、髄の形が星形なのはカシワ、ミズナラなどで、五角形をしているのが
ヤナギ属やポプラ属、それにイヌビワ、イチジク、コウゾ、ソメイヨシノ、オ
オシマザクラ、ウワミズザクラ、サイカチ、ニセアカシア、アカメガシワ、ヌ
ルデ、オオバアサガラ、ハリギリなどです。
  髄が六角形である樹木は葉が対生であるものに多く見られ、バイカウツギ、
シロヤマブキ、ミツバウツギ、ヒトツバカエデ、イタヤカエデ、キササゲ、ガ
マズミ、などを上げることが出来ます。
  最後に、髄が多角形をなすものを紹介しましょう。ネムノキ、ハゼノキ、ヤ
マウルシ、マタタビ、レンゲツツジ、ドウダンツツジなどが例として上げられ
ます。  
  実は、枝や幹の葉の落ちた跡(離層)の形も不思議な紋様になり、樹種によ
独特な形なので、何の木かを決めるのには具合の良い材料です。その形はなか
なか愉快な紋様なので興味深いものがあります。しかし、写真やイラストを使
わず、これを言葉で説明するのはたいへん難しいので、別な機会に譲りたいと
思います。  

(6)木の肌(樹皮)から


  木の肌を、普通は樹皮(じゅひ)といいます。樹皮は木により独特の模様を
持ち、ここからも木の種類を知ることが出来るのです。時には、大変よく似て
いるために、間違えてしまうこともあります。
  樹皮はおおまかにいうと、縦縞(しま)模様、縞状に割れている、縦割れ、
表面が剥げている、横の縞模様が目につく、幹が青い、などといった特徴があ
ります。
  何でもそうですが、物を覚えるためには、努力して自分の記憶量をふやして
いくしか仕方がありません。樹皮から木の種類を知るということは、一般の方
には難しいことなのかも知れません。昔からいわれているとおり、学問には近
道はありません。ですから、一つでもよい、二つでもよいから、覚える努力を
してみてください。  
  ちょっと、込み入った話しになりますが、樹皮の下には、《形成層(けいせ
いそう)》と呼ばれている部分があります。この部分では、細胞が分裂(ぶん
れつ)し、内側と外側に成長しています。内側に成長した部分が木の材になり、
外側に成長した部分が皮(内樹皮)になります。
  内側に成長していく部分は、春から夏にかけて勢いよく成長し、大きな細胞
の集まりとなっていますが、夏から秋にかけては成長が足ぶみ状態になり、小
さな細胞の集まりとなります。やがて冬になると成長が止まるので、年輪が出
来ることになっています。
  樹皮のお話に戻りますが、形成層の外側に出来る内樹皮の細胞は活動して、
光合成で作られた物を枝、幹や根のすみずみまで送り届ける役割りをしていま
すが、私たちの目にふれる樹皮(外樹皮といいます。)では、細胞はもう活動
をしていません。いうまでもないことですが、成長はしないのです。
  ところが、その下の形成層では、内側の材の部分も、外側の内樹皮の部分も
成長していますから、外樹皮にはどんどん圧力がかかってきます。しまいには、
くだけたり、こわれたり、割れたりすることになるでしょう。こうして出来る
のが、樹皮の紋様です。
  木によって、細胞の形や成長の仕方が違いますし、成分も違うので、様々な
樹皮が出来るのです。そこに目を向けると葉がなくても何の木か分かることに
なるのです。    

(7) おわりに


  葉や花のない冬の間でも、木々にはさまざまな特徴があり、その点に目を向
けると、それが手がかりになって、その樹木の名前が分かる、ということのあ
らましがお分かりになったことと思います。
  森のお話しをやさしくすることは、なかなか難しいなあ、と今日も考え込ん
でしまいました。お読みになって分からないことがあったら、遠慮なく質問を 
送ってください。
 
(2000/12/04)

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