孫たちに贈る森の科学

森林インストラクタ− 大森 孟            
[2001/03/10 所沢市の八国山で撮す。]

孫たちに贈る森の科学 14 ---------------------------------------------------------------------- 冬の木の顔 1  森林インストラクタ− 大森 孟 ----------------------------------------------------------------------

冬の木の顔 その1


(1)はじめに
(2)梢を見れば!
(3)木のもつ独特なにおい        
(4)落ち葉を探せ!
(5)残りものには!
(6)おわりに

(1)はじめに


  12月にはいって、何回か、寒い風が吹き荒れました。風の吹くたびに、山の木々 
の葉は音を立てて散っていきました。でも、狭山丘陵でも青梅丘陵でもまだまだ紅葉
した木の葉がいっぱい散り残っています。
  「あの木は何の木だろう?」と疑問を持ったとき、私たちは、花、葉、枝振り、幹
などの、紋様、形や色合いなどから判断するのが普通です。ですから、葉が散り尽く
す冬、木の名前を当てることはなかなか難しいものがあります。
  でも、聞かれたら、答えるのが私の仕事なので、「分かりません。」とばかり言っ
ているわけにもいかないのです。そこで、今日は冬の木々を見分ける際の手がかりの
お話をしましょう。

(2)梢を見れば!


  冬は、晴れる日が多いのですが、寒い風が吹くので、空を見上げる機会は割合に少
ないかも知れませんね。でも、知らない木に出会ったなら、思い切って空を見上げて、
その木のこずえの様子に気をつけてみましょう。
  枝先の小枝が、向い合って出ていたら(対生といいます。)、カエデの仲間である
と考えられます。カエデの仲間には、イロハモミジ、ヤマモミジ(日本海側)、オオ
モミジ、イタヤカエデ、ウリカエデ、ウリハダカエデ、ハウチワカエデ、コハウチワ
カエデ、ミツデカエデ、メグスリノキ、チドリノキ、ヒトツバカエデなど、それに園
芸品種が加わり、たくさんの種類があります。
  細い枝先に、皆さんの小指の先ぐらいの大きさの、昨年の黒い実をたくさんつけ、
そのうえ、春先に咲く毛虫のような花の房を下げているのが見つかれば、それは、た
いていハンノキの仲間です。狭山丘陵などでは、ハンノキやケヤマハンノキなどが見
つかるでしょう。ハンノキは谷間などの水のあるところに、ケヤマハンノキは丘陵の
中にあります。造成地などではハンノキの仲間のオオバヤシャブシなどが植えられて
いることがあります。
  枝先を見ると、長い枝といっしょに、短い芽の伸びたような、角のようなものが見
られる木があります。この角のようなものを「小枝」(しょうし)といいます。この
小枝の見られる木には、イチョウ、カラマツ、アオハダやカマツカがあります。この
中でイチョウやカラマツは針葉樹の仲間です。
  枝先におおきな芽をつけている種類の木々も少なくありません。大きな茶色の芽の
先にべたべたとした粘り気のある粘液を出しているのはトチノキです。フランスの首
都パリのセーヌ川のほとりのマロニエの並木は有名ですが、これもトチノキの仲間で
す。水気のあるところが好きな植物で、山の中では沢筋でよく見られます。
  モクレンの仲間には、シモクレン、ハクモクレン、コブシ、タムシバ、ヒメコブシ、
オオヤマレンゲ、ホウノキなどがありますが、これらはみな大きな芽をしています。
今日のお話の対象からは離れるのですが、庭によく植えられている常緑樹にはタイザ
ンボクという木があり、これも同じくモクレンの仲間です。
  おおきな芽を持つ木々には、この他に、ウルシ、クルミ、ヌルデ、サワグルミなど
があります。以上に述べてきた、これらの樹木はみな角の様な芽の形をしているので
す。  

(3)木のもつ独特なにおい


  木の中には、幹を傷つけたり、枝を折りとって、その匂いをかぐと強い独特の香り
のする種類があります。葉が落ちてしまい、枝を見ても幹を見ても分からないときに
は、この匂いを確かめることで、あっさりと名前が分かってしまうものがあります。
  でも、この匂いが何の木の匂いだったかを葉のあるうちに確かめ、覚えておかなく
ては、この方法はつかえません。クスノキの仲間の匂い、ミカンの仲間の匂い、モク
レンの仲間の匂い、と言った具合にです。これは、普段(ふだん)から、森に足を運
び、興味をもって樹木に親しんでいくことにより、自然に身につく知識です。
  でも、教えてくれる人がいなければ、なかなか覚えられるものではありませんし、
周囲にどんなにたくさんの草木があっても、そこへ近づこうとしなければ、草木がな
いこととたいした違いがないことになります。もう一つ付け加えるなら、知ろう、覚
えよう、という心の働きがなければ、何もないところにいるのと変わりがないことに
なります。
  また、いくら知りたい、覚えたい、と考えても手ほどきをしてくれる人がいなけれ
ば、何時になっても知識は身につきません。少し分かって来れば、図鑑で調べること
により、ある程度は理解できるようになります。
  私のもつ《森林インストラクター》という資格は、農林水産大臣公認の資格で、そ
の役割は、「一般の方々に森林や林業についての知識を与えながら、野外活動を指導
したり、森林内の案内をすること」となっています。実は、このシリーズでいろいろ
なことを皆さんに伝えようとしているのは、上の役割を果たしていくための一つの方
法なのだ、と考えているからなのです。
  そこで、皆さんの周囲で、森林インストラクターの方々が中心になって実施される
催しなどがあるときに、積極的に参加して知識を増やすことなどをおすすめしたいと
思います。
  少し、横道にそれてしまいましたが、クスノキの仲間で、冬になると葉が落ちてし
まう木、つまり、枝を折るとクスノキ独特の匂いのする木を紹介しましょう。武蔵野
の平坦地の森林でしたら、ヤマコウバシ、ダンコウバイ、クロモジ、などがあるはず
です。ちょっと奥の山地森でもダンコウバイやクロモジのほかにアブラチャンなどを
見ることが出来るはずです。春先のまだ葉の出ないうちに黄色のあいらしい花をつけ
ているので、知っている人もいるかも知れません。
  クスノキの仲間の匂いは、衣類の防虫剤として長い間使われてきた、ショウノウの
匂いなのですが、近頃は匂いのしないものが出回り説明に困ってしまいます。私の解
説を聞いた若い方が、自宅へ戻り、その方の母親に「おかあさん、ショウノウ(樟脳)
って知ってる?」と聞いたそうです。ところが、その答に「あら、ショウノウ知らな
かったの。〈ムシュウダ〉のことよ。」といわれた、とのことでした。そのとおりな
のですが、〈ムシュウダ〉には困ってしまいました。確かに防虫剤ではありますが、
匂いがしないからです。
  ミカンの匂いのする植物は当然ですがミカンの仲間です。コクサギ、サンショウ、
それに常緑ですがミヤマシキミなどがこの仲間です。じっと匂いをかいで、かすかに
ミカンの匂いが鼻に残るところにその性質が現れています。
  もう一つ紹介しておきましょう。それはモクレンの仲間です。お正月が近くなると、
年賀状のための木版作りに忙しい方もいるのではないでしょうか。そのときに使う版
木がホウノキですが、これがモクレンの仲間です。葉にも良い香りがあり、しかも大
きな葉ので、食べ物をこの葉でくるんで焼き、移り香を楽しんできたのが日本人です。
皆さんも《朴葉味噌》(ほうばみそ)を御存知でしょう。あの移り香がモクレンの仲
間の匂いなのです。モクレンの仲間は、先の節で説明しましたから、省くことにしま
しょう。
  最後に、とっておきの木を紹介しましょう。それは、ミズメです。別名はヨグソミ
ネバリといいます。 標高七百メートルぐらいまで登るとときどき見かける木です。
幹はイヌザクラに似ているので見間違えることがあります。この木の皮はサロメチー
ルのような匂いがします。私は、枝がとれないときには樹皮(かわ)をちょっと剥い
で匂いをかぐようにしています。

(4)落ち葉を探せ!


  葉の落ち尽くしたの木の種類を知るためのよい方法があります。森の中では、落ち
葉は腐るまで、地上に降り積もったまま残っています。下積みの葉は早く腐ってしま
いますが、上の方に積もっている葉は、何時までも腐ることなく残っています。この
落ち葉を手がかりにすることで、その木の名前を当てることが出来ます。
  しかし、どんな木の場合でも、森の中では、普通はその木の葉だけではなく、様々
な木の葉が混じり合って積もっているものです。その中から、この木の葉がどれかを
知るためには《こつ》があるのです。
  私は、観察会や体験教室の参加者の皆さんに、このように教えています。「冬の風
は北西の方から吹いて来るのですから、幹の南東側に葉が落ちるはずです。」、つい
で、「その中で一番たくさんある葉が、この木の葉だと考えて良いでしょう。」とい
います。つまり、名前の分からない木の風下側に落ちている葉の中で、たくさん落ち
ているのが、目当ての木の葉ということになるのです。
  逆に、特徴のある葉が落ちているから、それが手がかりになり、風上側でその木を
見つけることが出来ます。例えば、ウコギ科の木でハリギリという名の木があります。
もみじの葉のお化けの様な大きな葉です。大きな葉ですから、そう遠いところまでは
飛んではいかないでしょう。その葉を見つけたら、北西側を探せば大きな刺のある、
縦に割れたような模様を持つ、黒い幹が見つかるでしょう。これが「ハリギリ」です。
  狭山丘陵の中でも、神奈川県の鎌倉市の周囲の山でも見かけました。茨城県の袋田
の滝の上の岩山にも何本もありました。この木は下駄の材料にしましたから、たいて
いのところにあります。北海道函館市にある函館山にもたくさんあった、と大正の初
めごろのことを父が語っていたのを覚えています。春先には新芽を食料にもします。
ウコギ科の木々の芽はたいてい食べられるのです。      
  逆に、葉が軽すぎて、風が吹くと遠くの方へ飛んでいってしまうよううな木々の名
は、落ち葉から当てるのは少しむずかしいかも知れません。例えば、エゴノキやアカ
シデなどのシデの仲間の木々などです。ちょっと強い風が吹くと、葉が軽いので遠く
の方まで飛んでいったり、転がっていってしまうのです。

(5)残りものには!


  もう一つ、葉の落ちた木々の名を当てる方法を紹介しましょう。昔から、「残りも
のには福がつく」といいます。この残りものの中には美味しいものもあるかも知れま
せん。それは木の実です。
  木ノ実の色、形、大きさからその木の名を当てることが出来るのです。例えば、ル
リ色の実だった、と聞いただけで、それは、サワフタギの実だと分かります。小さな
むらさき色の実、と聞けば、ムラサキシキブの仲間の実だと分かるのです。
  しかし、赤い実だった、といわれただけでは、ちょっと見当がつきません。赤い実
のなる木々はいろいろなものがあるからです。いつまでも赤い実がついているのはナ
ナカマドですが、これを食べるのは北を目指すわたり鳥だといわれています。
  青々と澄み切った空に大きく枝を張った木を見ると、枝先に黒い卵型の実をつけた
木々があります。時には、この実と並んで花穂が垂れ下がっていることもあります。
これらの木々はハンノキの仲間です。荒川の河川敷きのなかなどにはハンノキの林を
見かけますし、狭山丘陵などではケヤマハンノキが見られます。道路の工事のあとな
どにはオオバヤシャブシなどが植えられています。
  昔の人は、ヤマハンノキを使って布を黒く染めました。お坊さんの着る墨染めの衣
などもヤマハンノキを使って染めた様です。また、アイヌ人などは、布を赤く染める
のにこの木を使ったといわれ、また、大出血をしたようなときには、ヤマハンノキの
煮だし汁を増血剤(ぞうけつざい)として飲ませたということです。効果はあったの
でしょうか、ちょっと疑問です。  
  そう、残りものは実だけではありません。花の終ったあとの《がく》などもありま
す。ここからも、その木が何の木なのか分かります。ヤマアジサイ、コアジサイ、ツ
クバネウツギなどがそのような例です。    

(6)おわりに


  どうでしょうか。冬の森を見る、森の木々を知る方法には、いろいろな仕方がある
のが分かりましたか。このような方法で、私は長い間あちらこちらの森の草木を見て
きました。
  皆さんも、改めて、冬の雑木林を歩いてみてください。新しい発見があると思いま
す。また、今までとはちがう木々の顔が見えて来のではないでしょうか。とはいって
も一人で出かけてはいけません。

(2000/11/14)

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