森の 未来へのメッセ−ジ
孫たちに贈る森の科学

森林インストラクタ− 大森 孟            
[98/04/20 奥多摩町の御前山で撮す。]

孫たちに贈る森の科学 12 ---------------------------------------------------------------------- 樹木の年輪のお話  森林インストラクタ− 大森 孟 ----------------------------------------------------------------------

樹木の年輪のお話


(1)はじめに
(2)年輪について
(3)年輪からなにがわかるの       
(4)年輪のない木もある
(5)おわりに

(1)はじめに


 皆さんは木を切ったことがありますか。私は毎月林業スク−ルの講習で大き
な木を伐(き)りながら、山の仕事の進め方を参加者に教えています。そのと
きに、切り口を見てもらったり、みずみずしさを感じてもらったり、色を確か
めてもらったり、触ってもらったり、匂いを確かめてもらったりします。
 昨日は、十二月の林業スク−ルの講習日でした。この秋、枯れてしまったア
カマツが十本を越えたので、樹齢(木の年齢)七十年ほどのアカマツを伐り倒
しました。豪快な響きをあげて倒れました。この木は、マツノザイセンチュウ
という害虫に食い殺されてしまったのです。その中には、もうキクイムシが入
り込んで大きくなっていました。参加者の一人が感心していました。
 つぎに、樹齢百五年ほどのヒノキを伐り倒しました。明治三十八年、日露戦
争(*1)の頃芽を出した木です。風を巻き起こし、地響きを立てて倒れました。
直径約四十センチメ−トル、周囲百三十センチメ−トル、高さが二十メ−トル
ほどの木でした。途中が何箇所も曲がり、2度ほど、雪で折れかかったようで
す。そこから病気が入り、芯は腐っていました。昔でしたら、下駄(げた)や
桶(おけ)の材料には使えるのですが、今は使い道がありません。
 手入れをしなかったらしく、太い枝が重なる様に出ていますし、根本は太い
のですが、上へ行くとどんどん細くなっていました。板や柱に使えるような材
木にはならないようです。置き物にでもなるかどうか、といったありさまです。
 しかし、年輪(ねんりん)は大変きれいで、芯は腐ってはいますが、真中に
あります。年輪の幅もほとんど同じ広さです。生えた環境がよく、毎年同じよ
うに育ってきた事が分かります。ヒノキ独特のよい匂いもしています。参加者
の皆さんもかわるがわるのぞき込み、横倒しの木に抱きついたり、馬乗りにな
ったりしました。
 前置きが長くなってしまいましたが、今日は、木の成長を知る手がかりであ
り、木の生きた証拠でもある年輪についてお話したいと思います。 


(*1)日露戦争について
 一九○四〜○五年(明治三七〜三八)わが国が帝政ロシアと満州・朝鮮の制覇
を争った戦争。一九○四年二月国交断絶以来、同年八月以降の旅順攻囲、○五
年三月の奉天大会戦、同年五月の日本海海戦などでの日本の勝利を経て同年九
月アメリカ大統領ルーズヴェルトの斡旋によりポーツマスにおいて講和条約成
立。(広辞苑)

(2)年輪について


 木を切り倒しますと。中心から、外側まで幾重にもなった円形の輪が見られ
ます。このような輪を「成長輪」(せいちょうリん)と呼んでいます。日本で
は、樹木が成長するのは、春から秋にかけてで、春から夏にかけてよく成長し
夏から秋にかけては成長が遅くなっていきます。そうして、やがて冬となり成
長が止まってしまいます。この期間が一年間なので、日本の木については、一
年間の成長輪と言う意味で、成長輪とは言わず、「年輪」といっています。
 年輪は、広葉樹よりも針葉樹の方がはっきりと分かりますが、この原因は、
広葉樹と針葉樹の幹の構造に違いがあるからです。この事についてお話すると
むずかしい内容になってしまうので、また、別のときに説明したいと思います。
 木の幹や枝を皮のついたまま輪切りにしてみましょう。外側の皮と木材の部
分との間に少し色の白い「形成層」(けいせいそう)と呼ばれる成長のもとに
なるところがあります。ここでは細胞が分裂(ぶんれつ)します。分裂すると
いう事は細胞が殖(ふ)えていく事です。形成層では、内側へ向かって、木材
の細胞が分裂し、材を作ってゆき、外側へ向かって、分裂した細胞が皮を作っ
ていきます。
 針葉樹が分かりやすいのですが、樹木の成長が盛んな春にはつぎつぎと細胞
が分裂し、直径の大きな細胞がたくさん作られ、夏から秋にかけて、成長の衰
えてくる時期には、直径が小さく、壁の厚い細胞が作られていきます。
 このために、春から初夏にかけてできた、隙間の多い細胞は薄い色になり、
夏から秋にかけてできた細胞の部分は濃い色になります。この二種類の色の違
う材から、年輪がはっきりと見えるようになるのです。
 とりわけ、細胞の大きな材の部分は、その木の育っている環境や、その年の
気象条件の違いなどから、その幅が広くなったり、狭くなったりします。とこ
ろが、広葉樹の方は針葉樹と異なり、成長輪がそうはっきりとしているわけで
はないので、このような環境や気象条件などの影響をはっきりと読みとること
は難しい様です。ミズナラやセン(ハリギリ)などでは、年輪に沿って導管と
いう水分や養分を送る管がはっきりと見えるので、年輪がはっきりと分かりま
す。もちろん、年々の成長の具合も知る事ができます。

  (3)年輪からなにがわかるの


 では年輪からは、何がわかるのでしょうか。実は、その木が成長してきた長
い期間の様子を知ることができるのです。人間であれば、「自叙伝」(じじょ
でん:自分で書いた自分の伝記)にあたることが年輪だといってもよいでしょ
う。
 木の成長には上へ上へと伸びる伸長と太る肥大成長と呼ばれる成長がありま
す。その木が伸長していた時期、肥大していた時期、その期間が何年であった
か、またそれが芽生えてから何年後からだったのか、などの情報を手にいれる
事ができます。
 二年ほど前、東京都の奥多摩町で、大木のカヤの木を伐採しているところが
ありました。そこで見せてもらったこの大木には山火事の記録がありました。
年輪の中にしみとなって残っていたのです。この山では、昭和二十五年ごろ大
きな山火事があって、その谷一円に燃え広がったのだそうです。その時にこの
カヤの大木もやけどをしていたのです。
 お隣の国ロシアでも同じような事が起ります。皆さんの中には、シベリアの
「タイガ」と呼ばれる森林の事を知っている方も多いと思います。シベリアは
日本の国とは異なり、たいへん雨量が少なく、年間五百ミリ程度だといわれて
います。これは砂漠化地域とあまり変わらない雨量です。
 でも、雨も降らないのに落雷があり、そのために大きな山火事が起こるとい
うことです。このような山火事(*2)の記録が年輪の中に刻み込まれているの
です。この年輪の傷跡(きずあと)から、いつごろ大きな山火事があったのか
を知る事ができます。ちなみに、シベリアの森林の樹種はカラマツやアカマツ
の仲間が多いそうですが、その間にはさまってシラカバなどの林も混じってい
るということです。
 おぼろげではありますが、どの年が天候が思わしくなかったのかも年輪の太
り具合から想像する事ができますし、その地域のどの方角からの風が強いのか
も知る事ができます。針葉樹と広葉樹で、読みとり方が違うのですが、その樹
木の太り方の性質を知っていれば分かります。


(*2)山火事
 ロシアのタイガでは、毎年、山火事のために極東地域で30万ha、シベリア地
域で50万haの森林が焼失しているといわれています。山火事の跡地は鎮火の後
50〜100年の年月を経て再生されるのだとも当地ではいわれています。山火事
のほかに木材生産、農用地化、漁場確保などのための道路建設等によって森林
の開発が進んでいます。これらの開発はいずれも規模の大きなものです。"


 ところで、皆さんはこんなことを聞いた事がありませんか。山で迷子になり
方角が分からなくなったら、切り株の年輪を見れば南がどの方向か分かります
よ、太陽が差しこんで来るのは南から、だから、年輪の幅の広くなる方が南で
す、といった説明です。
 これは大間違いです。年輪は日の差す方が広くなるのではないからです。年
輪の成長の仕方は針葉樹と広葉樹で異なります。それはこれらの木の持つ性質
と関係があります。
 針葉樹は水平面に直角に芽を出し成長していきます。これに対し、広葉樹は
斜面に直角に芽を出し、弓なりに成長して上を目指します。この性質の違いが
年輪の成長と関係があります。
 例えば、斜面の樹木では、針葉樹は垂直に成長しますから、下側へ倒れまい
として、樹体の下側の部分を補強します。だから、下側が太るのです。つまり、
年輪の幅が広いのは谷側ということになります。これに対し、広葉樹は斜面に
垂直に伸び、弓なりになって、やがて天を指すようになります。ですから、広
葉樹は斜面の上のほうへ樹体を引き上げるような格好(かっこう)になり、斜
面の上側に当たる部分を補強しようとします。そのため、年輪は斜面の上に向
かって広くなっていきます。
 ですから、切り株の年輪から南の方角が分かるのは、南向きの斜面に生えて
いた針葉樹か、北向きの斜面に生えていた広葉樹の場合に限ることになります。
それ以外の場合には斜面の上下以外には分からないのです。

  (4)年輪のない木もある


 皆さんは、「ラワン材」ということばを聞いた事があるでしょうか。多分、
皆さんのおうちのいろいろなところにこの材が使われていることでしょう。こ
のラワン材ですが、ラワンという樹種があるのではありません。はっきり言い
ますとラワンという木はありません。ラワンはフタバガキ科の樹木から採った
材木をまとめてこう呼んでいるのです。私たち日本人によく知られているフタ
バガキ科の樹木は、サラソウジュという木です。
 この木の名は平家物語(*3)のはじめの一節と共に日本人にはよく知られて
います。今のことは分かりませんが、旧制中学やその名残りのあったころの新
制高等学校では、名文として、この一節を暗記させられました。
 「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘(かね)の声、諸行無常(しょぎょう
むじょう)の響きあり。沙羅双樹(しゃらそうじゅ)の花の色、盛者(しょう
じゃ)必衰(ひっすい)の理(ことわり)を現す」というものでした。この沙
羅双樹がフタバガキ科の植物だったのです。この木は熱帯雨林にあります。 
 熱帯雨林のある地域では、雨量が100ミリ以下の月はありません。したがっ
て、水不足の心配は全くなく、そのため、樹高60メートル以上の樹木も見られ
ます。また、それだけではなく、温度や雨量についても季節変化がないので、
熱帯雨林の樹木では光合成が止まる事がありません。年中成長を続けているの
で、熱帯雨林の樹木には年輪がありません。
 ところが、北緯10度付近になりますと、年間の雨量は少なくはありませんが
1年のうちに乾季(かんき:雨の少ない時期)があり、熱帯林のようすが変わ
り「常緑季節林」となります。さらに北緯20度付近の熱帯地域では顕著な乾季
があり、熱帯林の樹木は乾季になると葉を落としてしまいます。これが「落葉
季節林」です。このように、ある時期になると、植物の活動がにぶくなったり、
とまってしまったりすると、樹木には、年輪に似た「成長輪」というものがで
きてきます。
 日本は、世界の熱帯林から伐り出される木材の貿易量の40%を輸入し、その
ほとんどが合板(ベニア板など)に加工されて使われています。国土の3分の
2が森林である日本が、どうして熱帯材の丸太を輸入するのでしょうか。それ
は熱帯林の丸太が合板に加工しやすいからです。
 四季の気温差が少なく年中温暖な熱帯では、ラワン材のように年輪がはっき
りしない、堅さが均一な木材がとれるのです。合板に使う薄い板は、こうした
丸太を回転させながらトイレットペーパーのように外側から薄くはいだ材料か
ら作るのです。
 高度経済成長期以来の日本の国では、家でも家具でも短期間に何度も買いか
え、安価で長持ちしないベニヤ板製の家具や建築材料が大量に使われてきたの
で、その需要は多くなりました。熱帯林の樹木をほしいままに使ってきた、と
いうことができます。


(*3)【平家物語】(へいけものがたり)
 軍記物語のひとつで、平家一門の栄華とその没落・滅亡を描き、仏教の因果
観・無常観を基調とし、調子のよい和漢混淆文(ワカンコンコウブン)に対話を交えた散
文体でつづられた一種の叙事詩です。。平曲として琵琶法師によって語られ、
軍記物語・謡曲・浄瑠璃以下後代の文学に多大の影響を及ぼしました。原本の
成立は承久(12191222)〜仁治(12401243)の間ということです。これは鎌倉時
代のことになります。

(5)おわりに

 
 今日は年輪のお話をしましたが、このほかにも、年輪をエックス線を使って
撮影したり、コンピュ−タ−を使って年輪の持つ情報を分析(ぶんせき)して
氷河の前進や後退の速度、洪水や地震の起る割合や何年ごとに起るか、大気汚
染(よごれ)を調べるなど、いろいろな分野の研究に使われるようになってき
ています。

(2000/12/04)

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