孫たちに贈る森の科学

森林インストラクタ− 大森 孟            
[99/10/26 西会津の森も水も清らかな渓谷を撮す。]

===================================================================== 孫たちに贈る森の科学 Y           筆者:大森 孟 =====================================================================

人のつくった「スギやヒノキ」の森 その1

目次

                       
(1)はじめに
(2)使うために育てる。
(3)木を育てる仕事
   [1] スギとヒノキの森
   [2] 木を植える準備
   [3]  苗木を植える
   [4] 植えた木を育てる。
(4)おわりに

(1)はじめに


 人のつくった森の中で、もっとも面積が広いのは「スギ・ヒノキ人工林」と
呼ばれている森です。「人工林」といえば、スギやヒノキの森を指すほどに広
い面積なのです。今日は、この「スギ・ヒノキ人工林」のお話をしたいものと
考えています。
 前回お話しました「コナラやクヌギ人工林」をつくった目的は、お百姓さん
が「田や畑で使う堆肥の原料」を得ること、食事の支度をしたり、暖をとるた
めに、「かまど」や「いろり」で使う薪や炭を手に入れるためでした。
 ところで、スギやヒノキを育てるのはなぜでしょうか。
 人が生きていくためには「住み家」(すみか)が必要です。縄文時代のよう
な古い時代には、山の中腹などに横穴を掘って、その中で生活していたといわ
れています。さらに、新しい時代になり、人々がお百姓をするようになると、
住む家を建てるようになり、できた食料などをしまっておく、倉が作られるよ
うになりました。このような建物を建てるためには、材木が必要になってきま
す。
 その材木は、あまり堅くては困りますし、曲がりくねったものでも困ります。
そうかといって、弱いものでも都合が悪いのです。建ててすぐ壊してしまうの
ではないのですから、長持ちする材でなくてはいけません。
 実は、このような性質を持ったぴったりの材があるのです。それがスギやヒ
ノキです。とりわけ、スギは材が柔らかくて加工するのが楽ですし、その上ま
っすぐで、おまけに成長も早いのです。おそらく、ヒノキより前から人々に利
用されてきたのではないでしょうか。

(2)使うために育てる。

 人の作った森では、その森をつくっている樹木が、人が「使いたい」と考え
た木だということです。では、人が「使いたい」と思っている木とは、どうい
う木なのでしょうか。
 家や倉を建てるのですから、何をおいても「まっすぐな木」でなくてはこま
ります。それに、元の方と末の方の太さとができれば、同じぐらいの方が便利
です。また、年輪の中心が材の真中にある方が丈夫です。それから、年輪の幅
が等間隔であれば美しく見えます。節がないか、あっても小さければ、使う人
に喜ばれるでしょう。
 こういう木が「使いたい木」なのです。木を育てている山村のみなさんは、
よい木を、使いやすい木を、見場のよい木を、また、節のない木を育てるため
に、毎日働いています。植えた苗木が材木として使えるようになるまでには、
80年も100年もの時間がかかります。このような、気の遠くなるような時
間をかけて木を育てるお仕事をしているのが山村のみなさんなのです。
 私の実家の山には、曾祖父が江戸時代に植えたスギの山が残っていますし、
また、父が16歳のころ植えたスギの山があります。いずれも苗木を植えてから、
80年から140年もたっているのです。その間家のものが見回りをし、手入
れをつづけてきました。この木が使われるのは私が世を去ってからのことにな
るでしょう。

(3)木を育てる仕事

[1] スギとヒノキの森


 山で、木を育てるお仕事をしている人たちのことを「林業家」(りんぎょう
か)といっています。この林業家の人たちが家や倉を建てるのに使う木の森を
つくるのですが、みなさんと一緒に「どんな木の森」をどのようにしてつくっ
ていくのか考えてみたいと思います。
 まず、育てる木の種類ですが、これは、「家や倉を建てるのにいちばん使い
やすい木」ということになります。それは「スギ」と「ヒノキ」です。みなさ
んがお父さんやお母さんといっしょに旅に出かけたり、ハイキングをしたり、
あるいは、ドライブに出かけられたときに、山の中で見かける三角形をして、
上につんと伸びている木々の森を見ていることでしょう。これらはたいていこ
のスギとヒノキが植えられてできた森です。
 青森県や北海道などでは、寒さが厳しいので、スギやヒノキの森ではなく、
寒さに強い、アオモリヒバ(青森県)、カラマツ、エゾマツ(北海道)、トト
マツ(北海道)などを植えて森をつくっています。ところによっては、アカマ
ツやクロマツを植えていることもあります。
 日本より、もっと気候の厳しいお隣りの国ロシアの森林には、アカマツやカ
ラマツが茂っており、日本に近いところには、トドマツ、エゾマツなどが茂っ
ているようです。ただ、ロシアの森(*1)はほとんどが「天然の森」で人工の
森ではありません。


 (*1)ロシアの前身「ソヴィエット連邦」とは、1945年8月7日から 
   15日までの8日間行われた戦争の講話条約が結ばれていません。従
   って、戦争が完全には終了していません。
    この戦争で、「ソヴィエット連邦」は、日本の領土である、樺太の
   南半分、千島列島(カムチャッカ半島の突端占守島以南)、北海道の
   一部(北方4島)を占領しています。(*2)
    国力が疲弊して、武器・弾薬・食料も尽き、日本の敗戦が時間の問
   題となった、太平洋戦争の終末のたった8日間参戦し、これだけのも
   のを奪い取ったのですから、ソヴィエット連邦の行為は、正に「火事
   場泥棒」です。
    日本は、北海道の一部だけを返還することを条件に、講話条約を結
   ぶよう、ロシアに働きかけているのですが、それにも応じ様としない
   のです。そのため、日本とロシアの間には敵対関係がつづいており、
   ロシアの森の様子は、もとの日本の領土の分もふくめて、断片的なこ
   としか分かってはいません。


 (*2)1945年6月のヤルタ協定では、連合国側が「領土不可侵」を前
   提に戦争終結を図る、ととりきめました。したがって、このソヴィエ
   ット連邦による占領はこの協定にも違反しています。
    また、戦争終了後、戦闘員、非戦闘員の区別なく男子を捕虜として、
   自国へ連行し、劣悪な条件下で強制労働にかりたて、多くの死者を出
   したことは、捕虜について定めた、ジュネ−ブ条約に違反した戦争犯
   罪ということができます。
    ついでにいえば、アメリカの1945年8月6日、9日の広島、長
   崎への原子爆弾の投下は、戦闘員、非戦闘員の差別なく殺戮した点で、
   これもジュネ−ブ条約に違反する重大な「戦争犯罪」です。
    ともに、戦勝国の行為であっても、その責任を追及されなくてはな
   りません。    

[2] 木を植える準備


 それでは、スギやヒノキの森を作るお仕事を説明することにしましょう。人
の力で森をつくるときには、森にしたい山に苗木を植えていきますが、苗木は
たいていの場合、畑で育てられています。江戸時代のはじめごろに苗木を売り
買いした記録がありますから、古い時代から、苗木を畑でしたてていたようで
す。
 苗木を植えるとき、草木がたくさん生えていたり、倒れた木や切り倒された
木、また、それらの枝や葉がちらばっていたりしたのでは、苗木をうまく植え
ることができません。仕事もやりにくく、時間ばかりがかかってしまいます。
 そこで、林業家の人々は、先ず最初にこれらの邪魔者(じゃまもの)の「か
たづけ」から仕事を始めます。このお仕事を「地ごしらえ」と呼んでいます。
これは、木を植えようとする場所のお掃除ということができます。
 このとき、丈夫な長い棒を持って、いらないものを巻いて転がすように下の
方へ落とし、切り倒した木の株をじょうずに使って棚のようにまとめていきま
す。このお仕事は「巻き落とし」といいます。
 お掃除が終わると、次ぎはいよいよ苗木を植えることになります。

[3] 苗木を植える


 では、苗木を植えるお仕事を説明することにしましょう。苗木を植えるお仕
事は「植林」(しょくりん)あるいは「植栽」(しょくさい)と呼ばれていま
す。春と秋に植えることが多く、雪国では秋植えるところが多いようです。こ
れは、苗木が雪の下で保護されて冬を過ごせるからです。雪の下の温度は零度
で、それ以下にはなりません。
 苗を入れた背負い籠(しょいかご)を背中に負い、手には唐鍬(とんが、と
うが)を持ち、森をつくる予定の山の斜面へのぼります。斜面の傾きに直角に
1.8mごとに記しのついた長い綱を張り、その記しの所へ、1本1本唐鍬で穴を
掘って苗を植えていきます。(*3)条件の悪い所では、唐鍬の長さをものさし
のかわり(鍬の長さが約90cm)にして、ほぼおなじ間隔になるように苗を植え
ていきます。


 (*3)植え方も、いく通りかあるのですが、それは、実際にお仕事をすれば 
   わかることなので、ここでは説明を省くことにします。  


 苗はふつう、1辺が1.8mの正方形の頂点にあたるところへ1本づつ植えて
いきます。綱を張ったときには、一列植え終わったら、綱を1.8mずつ移動する
(ずらす)と、ちょうどこのようになります。こうすると、1haの広さ(*4)の
斜面に3000本の苗木を植えることになります。

 
 (*4)1haの広さはみなさんが通っている小学校や中学校の校庭の広さに近 
   い広さだと思います。


 こうして、あの広い面積の山にあれほどたくさんな苗木を、私たちの先祖や
お父さん・お母さんたちが努力して植えたのです。よくもあのように急な斜面
や岩の上、あるいは、岩の下などに苗木を植えたものだと感心してしまいます。

[4] 植えた木を育てる。


 こうして植えられたスギやヒノキの苗は、みなさんの庭の植木のように、水
をかけてもらうこともありませんし、周囲の草木を抜いてくれる人もいません。
苗木の植えられた山にもともとあった草木は、季節が回ってくると勢いよく成
長してきます。
 ところが、植えられた苗木は根がつくまでは、成長できないのです。そのま
ま放っておけば、苗木はまわりの草木との競争に負けて、枯れてしまいます。
枯れてしまっては、苦労して植えたことが無駄になってしまいます。
 それでは、「使いたい木の森」をつくることができませんから、林業家のみ
なさんは一生懸命手入れをすることになります。まず、植えた苗木がもともと
ある草木(*5)より元気に育つようにしなければなりません。


(*5)もともとある草木は、種子から育ってきたもの、大きな木の下でちじ 
  こまっていたもの、きり株から芽を出したものなどです。草あり、木あ
  り、蔓(つる)あり、とほんとうにいろいろです。


 手始めに、この植えた草木以外の草木を刈り取る仕事をします。これが「下
刈り」(したがり)です(*6)。苗木以外の草木をすべて刈り取ってしまいま
す。ついでに苗木に巻きついた蔓(つる)もはずしてぬき捨てておきます。
 最初の年は2回ぐらい刈るのですが、普通は暑い盛りに、草木が前の年に貯
えた栄養分を使いきり、成長が止まったころを見計らって「下刈り」をします。
森をつくるお仕事の中でもとりわけ厳しく、苦しいのがこの「下刈り」です。


 (*6)道具は、もともとは「下刈り鎌」を使っていたのですが、近頃は、
   「刈り払い機」(エンジンのついた草刈り機)を使うのが普通です。
   東京都奥多摩都民の森(通称「体験の森」:東京都の林業体験施設)
   の体験教室などでは機械の持つ危険性を考えて、下刈り鎌を使ってい
   ます。
    最近、テレビや新聞などで、このお仕事を「下草刈り」などと報道
   していますが、これは間違いです。こういう言葉は使われていません。
   植えた樹木の下の「草を刈る」のではなく、「草木を刈る」、それも
   大半は木を刈るので、「下刈り」というのです。
    「草を刈る」のであれば、「草刈り」です。たとえば、森の中の草
   地あるいは土手で草を刈るというのであれば、やはり「草刈り」です。
   このときには「草刈り鎌」をつかい、「下刈り鎌」はつかいません。
    このような間違いが横行するのは、テレビや新聞の関係者の国語力
   が低下していること、探求心を失っていること、プロフェッショナル
   としてのプライドが欠けていることが原因でしょう。 

 
 草木は、どの種類も同じことですが、日の光を求める競争、枝を伸ばす空間
を求める競争、土の中の水分を求める競争、土の中の養分を求める競争をして
います。苗木の場合も同じことで、まわりに元もとある草木とこのような競争
をしていかなければならないのです。
 下刈りをすることにより、植えられた草木は、日の光を求める競争と枝を伸
ばす空間を求める競争で、他の草木に差をつけることができるようになります。
これで、安心して成長できるでしょう。

(4)おわりに


 この、「下刈り」のお仕事は、苗木を植えてから9年にわたり、毎年夏の暑
い盛りに行われます。これと並行して「蔓きり」というお仕事も行います。山
にはフジ、クズ、ブドウ類、ガガイモ、ヤマノイモ、ヘクソカズラなどたくさ
んのつる性の草木があります。これらを取り除くお仕事は、終わることがあり
ません。
 それでは、つづきをこの次ぎにお話しましょう。

(2000/08/03)

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