Dead Heart(6)

 

アヴェ、ファティマ城…離れでフェイはシャーカーンとロゼに犯されていた。私達がいくまでの間ずっと。涙で泣き腫らした彼の瞳。奴等を拒絶する声。それを見た瞬間、私は…シャーカーンとロゼに嫉妬していた。彼を一瞬でも独占している彼等の欲望に満ちた目。そんな汚い目で…フェイを見るな。彼を泣かせたり抱いて良いのは私だけだと…その場で叫んでやりたかった。私達の目の前で犯されるフェイ。若君は舌打ちしながら…彼を解放するが…彼は私達の元に帰ることなく、シャーカーンの命に従い戦いを挑んでくる。何故?私達よりも…奴が大事だというのか?…ずっと…側にいた私よりも?…根強い嫉妬心が湧いて来る。気づくと私は…フェイを救うつもりが…逆に傷つけていた。しかも、若君を守ると言う名目までつけて。

己の所為で彼を死なせるわけにいかない。私は…若君と皆の心配そうな視線を横目に、フェイを医務室へ連れ込み手当てを施した。だが…彼の容態は思いの他おもく、日に日に彼の容態は悪化の意図を辿っていく。常に脂汗をかき、苦しそうな呻き声を発し続けているフェイ。1日が経過することに…弱まっていく彼の呼吸と心拍音。相当…出血量が多かったのが体内の赤血球が不足し体全体に血が行き届かない。下手すれば脳が機能しなくなり…廃人になる可能性さえある。本当はこんな医務室よりも…大きな施設に…フェイを連れて行くといいのだろうが。今は教会も…何もない。そんな状況で…彼にしてあげられること。それは毎日、新しい包帯を巻き…点滴をうち続ける事…それだけ。時折、つきっきりで看病する私を案じ…仲間が見舞いに来てくれる。フェイを収容した初日、若君とシグルドが医務室を訪れて来てくれた。次の日は…エリィとマリアといった具合だ。…日がたつのは早いもので、瞬く間に1週間が過ぎてしまった。フェイは目覚める兆しを見せる事なく、眠り続けている。私の日常はいつしか、彼に話しかけることで費やされるようになった。今日も彼に声を出し問い掛ける。

フェイ…何故…シャーカーンの命令なんか…遂行したんです?
奴の命一つで…若君を攻撃するなど、貴方らしくないですよ。
貴方が若君を消そうとすれば…私は貴方と戦わなくてはならない。
それくらい、わかるでしょう?
私は…血の滲む思いで貴方と…戦う決心をしたのに。
…何故…黙って斬られたりしたんですか?
分からない…分かりませんよ…貴方の行動…貴方の真意が……。
フェイ…貴方から今…聞きたい言葉があるとすれば…それは何でしょうね。

立て続けに問い詰めるが、恐らく彼には届いていない。フェイの寝顔を見ると…涙が止まらず叫びたくなる。フェイ…フェイ…貴方の全てが私を虜にさせる。自分でも笑ってしまうくらい、貴方に魅入られてた。離れられない…フェイを看病し始めて、9日目の午後。普段と変わずシタンは点滴を打った後、医務室の椅子に腰をかけ彼の頬を撫でてみる。フェイは眠っているが…彼は今こうして戻ってきた。看病することに喜びを感じ始めた頃、睡魔に襲われ不覚にも転寝してしまった。そして、辺りは闇に包まれる。

“……体の感覚がない……俺、生きてるのかな?それとも、死んだのか?……ここは…静かだな…”

暗闇に囚われた世界に、俺はふとそんな事を思い浮遊していた。どこを見渡しても闇だけ。ここがどこなのか皆目、検討がつかない。…たまに現れる映像といえば、ラハンやプリスを滅ぼした時の物のみ。やめてくれ…うんざりだ…こんな…光景…見たくない…絶望が俺の心を壊していく。もう、何もかも諦めろという事だろうか。それなら、それでいい。こんな闇の中じゃ…誰も…助けてはくれない。俺は…どうせ殺戮しか出来ない…そういう人間だ。消えてしまおう…全てを諦めかけた…その時、誰かに抱き締められてる事に気づく。何だろう?聞き覚えのある、あの人の声が聞こえる。
『…ずっと…一人でいたんですか?こんな暗い…闇の中を。』
辺りが暗くて…顔が見れない…でも。この人の声は、はっきりと分かる。始めて心を許し…愛したこの人だけは。
『…ここは危険です。さあ、戻りましょう。』
帰る?…連れて帰るというのか?俺みたいな殺人者を?いやだ。この人の側にいるべき人は…俺みたいな汚い人間じゃない。俺は彼を拒絶するように突き飛ばし離れようとした…それでも…尚…抱き締められ再びあの人の声が聞こえる。
『…私は貴方が…どれ程の罪を犯そうとも側にいます。だから生きる事を、諦めないで…貴方は一人ではないのだから…』
慈愛に満ちた言葉…甘えてしまいそうだ。
『皆さんとて、貴方が目覚めるのを待ち侘びています…貴方は皆さんから…必要とされているんですよ…そして、この私も…』
抱き締められてる腕に力がこもる。何て…力強くて…頼もしいんだろう…俺、頑張れるかもしれない。生きたい…先程まで…絶望しかなかった俺の心に光りが…さし込んでくる。

…………帰ろう…この人の元に。

「う…私は…寝て?…さっきのは…夢?」
握っていたフェイの手が震えている。シタンはハッとし、彼を見遣った。眠り続けていたフェイは、くっきりと瞳を開き己に微笑みかけている。
「夢じゃないよ…だって…俺…覚えてるもん…助けてくれて…ありがと…」
彼の意識は、はっきりとしている。シタンは直ぐさま彼の呼吸、心拍音が規則正しい事を確め安堵の息を漏らす。心底、安心したかのように。漸く微笑んだ彼の姿にフェイはどれ程…この人を心配させたのかを感じ取る。彼は病み上がりの体を起こし、愛しい人を力一杯…抱き締めた。
「フェイ?!」
驚いたシタンの声が耳をつく。抱き締める腕を離さぬまま、彼に告げる。“ごめんね”と。そして長い間、心に閉まって来た言葉を解放した。
「シタン…俺ね…ロゼの玩具になった時から…決めてた…いつか…貴方に殺してもらおうって。そうすることで…自分なりのケジメをつけれるような…そんな気がしたんだ…シャーカーンの命令を聞いたのだって…シタンに殺してもらえるかもって…そう思ったから…」
フェイが全てを話し終えるとシタンは彼を離し、フェイの唇に口付ける。暖かい感触。幾度も男達に玩ばれても…こんなに感じはたりしなかった…暫し幸福感を抱く。漸くしてシタンは低い声で問いた。
「貴方は…私の気持ち…考えてくれなかったんですか?」
「え?」
意外な彼の言葉にフェイは困惑気味になるが、シタンは彼を抱き締めながら話す。
「仮に貴方を殺したとして…私が喜ぶとでも思ってるんですか?ケジメと貴方は言うけれど…私は…そんな形でつけてほしくなかった。フェイを斬った瞬間、どれほど…辛かったか……分かりますか?」
シタンの辛そうな声。俺は死ぬことで…ケジメをつけようとした。聞こえはいいけど…実際に俺がしてることは彼を傷付けているだけ。…なんて、馬鹿だったんだろう…自分が恥ずかしい…涙が込上げ言葉が…自然と出てくる。
「あのね…今更…こんな事いえた義理じゃないんだけど…沢山…汚れちゃって…何言ってるんだっ…こいつ…て思われるかもしれないけど…俺は…シタンを愛してる…本当だよ…」
「…私も…愛してますよ…私は…貴方が…生きていれば…それだけで…幸せなんです…フェイ…二度と…私に隠し事をしないで下さい…」

「うん…」
「フェイ…明日は残りのゲートを破壊しに行きます。今のうちに休んでおきなさい…貴方が眠るまで側にいますから。」
フェイは軽く頷きシタンに答える。彼は恋人を横たえ彼の額にキスすると、シーツをかけてやった。彼が寝息をたて始めるのを見届け、静かに退出しガンルームにいる皆にフェイの無事を知らせに走る。チームリーダーの無事を知り、喜びに打ち震える仲間達。これで、メンバーは全て揃った。

ゲートは…残す所、イグニスゲートを含め2つ。現在、ユグドラシルはアヴェ付近を飛行している。ここから、近い場所…それは。碧玉要塞の近くにあるイグニスゲート。恐らくそこに…奴はいるはず。以前、シャーカーンはファティマの碧玉であるElアンドヴァリを奪い損ねている。既にアヴェを追われ行き場を失った彼が隠れ家を欲するとすれば…イグニスゲートが妥当な線といったところだろう。…シャーカーンと再会する…その時こそ…奴を仕留めてやる…私の手で。シタンは仲間達に挨拶しその足で、ブリッジにいるであろうシグルドとバルトの元に急ぐ。彼等に明日の予定、即ちゲート破壊を提案し…医務室で翌日を待つ事にした。スヤスヤと息を立て眠る彼の側で己も、早朝ベルが鳴るまで仮眠をとることにした。フェイが助かったという安堵感からか、直ぐに眠りにつく。

夜の闇が、一気に抜け明け方を向えた頃。ユグドラシル全体に緊張が走る。作戦開始の合図である、早朝ベルが鳴り響いたのだ。逸早く気付いたシタンはフェイを起し、司令室のあるブリッジへと同行させる。そこには、既に準備を整え2人を待つシグルドとバルトがモニターを凝視していた。入室早々、威勢の良い声が飛ぶ。
「フェイ!もういいのか!?助かったぜ!皆…お前いないと調子悪くてさ…」
「…バルト、すまなかった…俺…」
親友でありながら、敵と寝てしまった。何度も、何度も。どれだけ、バルトを傷付けたか、計り知れない…彼は許してくれるだろうか?遣る瀬無さで、心が締めつけられる。
「…ばーーーか。勝手な事しやがって!当分は俺と付き合ってもらうからな!今度、ユグドラから出たくなったら俺に言え!……相談くらいのってやる。」
投げやりだけど、彼らしい言葉。つい、笑って答えたくなる。
「アハハ…しょーがないな…付き合ってやるよ…お前にさ。…それに…バルトをほっておくと、そこらへんにミサイルぶっ放してそうだからな…どーーせ…俺のいない時、シグルドさんを困らせてたんだろ?」
他愛もない会話。彼等は顔を見合い笑いあう。それは保護者2名の、嘆息がでるまで続く。バルトとフェイは同時に冷汗をかき、今日の作戦等を聞き入れた。本日はイグニスゲートが、標的とされる。その場に向うメンバーは主戦力のフェイ、バルト、シタンこの3名に委ねられた。シグルドからモニターで場所を説明される。碧玉要塞の付近で、半径100mにあるとのこと。フェイ達は辺りを詮索し、大きな洞窟の入り口を見付けた。フェイは呼吸をただし、潜入する。暗い洞窟内、待ち構えていたエトーン改達を払いのけ奥の部屋へと進む。……ここだ。敵はこの中にいる。
「……久し振りだな、フェイ。随分、元気そうではないか…ちゃんと、男を誑し込んでいるのか?…お前は淫売だから、男がいないと体が疼くであろう?」
「………五月蝿い!…俺は…そんなんじゃ!!」
コックピットの中で、フェイは頭を抱え被り振る。聞きたくない…シタンの前でそんな言葉。嫌だ…嫌だ!!戦いを放棄した形で、その場に佇むヴェルトール。その横から不意に風を裂く音が聞こえる。なんだろう。抱えた手を離し目の前に視線をあわせる。そこにはゲートの力を利用しているにも関わらず、無惨にもヘイムダルに引き裂かれるシャーカーンのギアがそこにある。
「あ…あぁ…あ…」
言葉にならぬ声。犯される己の姿がリアルに蘇り、恐怖に身が震えてしまう。奴さえ…奴さえいなければ…
「シャーカーン、フェイを侮辱することは私が許しません。…貴方は…フェイと若君を傷付け過ぎた。己の欲だけで、罪もない彼等を傷つけたこと…死を持って償うがいい!」
「ま、待てっ!…わしを殺すくらいならロゼをやれ!わしは奴からフェイを買っただけなのだ!!わしは悪くな……!」
「……往生際が悪いんだよ!シャーカーン!!お前が余計な欲を出したおかげで、マルーも俺も散々、苦労させられてきたんだ!!…お前さえ…お前さえ…余計な…」
「……若造が……がはっ…」
何度か吐血した後、死した長年の敵を目にしバルトは黙り込む。奴には…言ってやりたい事が沢山あったのに…いざ、死なれてみると…何もいえない…思い付きもしない。感傷に浸る暇もなく、聞き慣れた友人の笑い声を耳にする。
「アハハ…ハハ…」
「フェイ?」
普段、人が死んだ後、笑うどころか放心状態に陥る彼が今…声を出して、笑ってる。どうしたことか。訝しむバルトを尻目に、シタンはヘイムダルの手部分に乗り彼の元へと急ぐ。フェイのギア、ヴェルトール。入口部分はスイッチ型となっており、簡単に出入りができるようになっている。シタンがフェイの元にいくまで左程、時間を要さない。コックピットに着くとそこには泣きながら、笑う彼がいた。
「フェイ…」
「あれ?シタン…どうしたの…?あいつ…死んだよ?…本当は…俺が殺してやりたかったのに…良いとこ、持っていっちゃうんだから…ずるいよな…ぁ…」
そういうと、彼は再び狂ったように笑い出す。尋常じゃない…シタンは一呼吸した後、フェイの頬を叩いた。
「…フェイ、自分を見失っては行けない…シャーカーンは死にました。もう…貴方が…苦しむ必要はないんですよ…そろそろ…自分を許してあげなさい…」
打たれた頬に手を寄せながら、シタンの顔を見入る。
「許す?…自分を?」
「ええ…貴方は充分、苦しんだ…自分の体を傷付けてまで…そうでしょう?…フェイ…」
彼はそう言い優しく抱き締めてくれる…どうして、この人はこんなにも…優しいんだろう。
そんなにされると、泣きたくなってしまう。
「泣いてもいいんですよ…」
我慢の糸が切れたように、彼の胸に顔をうずめ泣き出す。バルトが見守る中…フェイは大声を張り上げて泣いた。震える彼の体をシタンは、優しく撫でてくれる。ホッとする…フェイは彼の服を力の限り握りしめ、抱き縋りながら言葉にした。
「…ありがとう…帰ろう…皆の所に…」
2人で微笑みあうのも束の間、シャーカーンのギアが爆発を起しゲートが壊れ地響きが生じだす。バルトを含め3人は爆破寸前で脱出し、イグニスゲートは完全に消滅した。ユグドラシルに戻った彼等は、休憩をとることなく残るゲートの場所を割り出し破壊に奔走する。最終ゲートで出会ったエメラダを仲間に加えながら。

それからは…時が無性に早く感じられた。エテメンアンキの崩壊、エリィのミァン覚醒。人類の敵、デウスの出現と勝利など。まるで、時間を早送りしたかのようにそれらはやってきた。次々に起る苦難・試練に襲われつつも、仲間と共に切り抜けてきた…全ての戦いが終止符をうち、これで…やっと2人は幸せになれる…そう思っていた矢先。フェイの失踪事件発生。運命の悪戯は尽きる事なく、彼を傷付ける。フェイは賊に連れられ…再び、玩具…傷物にされた…救出した時は…時遅く…彼から愛らしい表情を全て奪い去っていた。私は彼の心を救いたくて…日々、不安を感じさせぬようフェイに接し続け…出きる限り愛した。でも…彼の傷は私が想像した以上に深く中々、笑顔を見せてくれない…言葉はフェイでも…表情は…全くの別人のようだ。…そんな折、彼が告げた冷酷な言葉。
「シタン…俺…ここを出て行こうと思う…」
今…何て?
「………ごめん…」
どうして?
震えた声で問う。
「…正直に言うね…俺…今の自分…物凄く…憎くて仕方ないんだ。…無力で男を拒めない…そんな…自分が。このままだと、歯痒すぎて…壊れるかもしれない…そうなる前に…もう一度…一から初めてみようと思う…俺に何ができるのか…分からないけど…見付けてみようと思う…自分にできること……シタン…勝手なこと…言って…ごめん…」
…気づかなかった…
フェイがそんなこと…考えてたなんて…
「もう…決めたから……ごめんね………さようなら…」
彼は数日前から決めていたらしく、手荷物を携え玄関を出た。私は彼を追いかけ叫ぶ。
「フェイ…待ってますから…貴方が帰ってくるのを…ここでずっと…!!」
彼の後姿が見えなくなるまで…ずっと叫び続けた。

 

NEXT

BACK

小説、終盤頃に連作の悪夢の内容に微妙にふれています``r(^^;) ???なと思った方は、これをクリックしてください。