Dead Heart(7)

 

別れの呪文「さようなら」。心を掻き毟られるような衝撃を与えられ、フェイと別れてから1年が経過した。彼が出ていった冬。あの日、外はとても肌寒く雪が舞っていた。一体、どこへ行ってしまったのか。私の心を盗んだ天使はもう、いない。居場所がなかったとでもいうのか。私は彼の側にいさえすれば、心の傷が癒えると思っていた。側にいさえ…すれば。良かれとしか事が…フェイにしてみれば重荷でしかなかったのだろうか。…愛という名の重圧を彼に押し付けていたのだろうか。…フェイのいない今…わかるはずもない。

そして、現在。1年前と変わぬ光景が目の前に広がる。…ただ、変わったのはフェイが私の隣にいないということ。……3年前、バルトロメイ・ファティマ。己の親友の敵に操られ…無数の男達の慰み者にされたフェイ。彼の傷を癒すかのように2人でこの家に暮らし始めて…更に1年後…その傷を抉じ開けられるかように…また彼は男達の玩具にされてしまった。それらは、フェイを苦しませるどころか死を心待ちにするほど追い詰めた。そんな彼の心が痛くて…私は…彼を気づかぬうち…縛っていた。…私がどれほど愛しても…フェイは微笑んではくれなかった。あの子は優しい子だ。恐らく私が辛そうな瞳をむけていたことに…気づいていたのだろう。…結局…自分を責めさせ…罪悪感をためさせてしまった。その末路なのか、彼は自分を恨むことを覚えてしまった。日を重ねる事に…そんな己に嫌気が指したのだろう。別れの言葉を聞けば一目瞭然。…自分の道を探す…即ち、自分を見付けなおすということ。要するに私を嫌っているわけでもない。フェイの目的が果たされた時…彼を再び…この手に抱く。私からすれば“さよなら”と言う言葉は無効なのだ。

2年目の春。私は普段と変わらず窓を開け、空気を入れ換える。患者を受け入れる為にだ。街医者を続ける片腹フェイを案じ彼を想う日々。…きちんと、生活ができているのだろうか。どこかでまた、男達に玩具にされていないだろうか。…また、泣いてるのだろうか。…彼のことで頭が一杯になる…そんな私を正気に返してくれるのは、ラハンからわざわざ足を運ぶ患者達。彼等と語らいを楽しみ、フェイ以外の人から情を受ける。…不思議な感覚。暗闇を彷徨っていた心は一気に溶け出し…私を救ってくれる。…いつまで待てばいいのかわからない。彼は永久に私のところへは戻らないかもしれない。……それでも。私はここで、待っているといった。この口で。嘘は…もうつかない。フェイと出会った時、そう誓った。今、彼を否定すれば…あの時の誓いは紛い物となってしまう。フェイにだけは、嘘はつかない。何年たとうが、ここにいる。…例え彼が、私以外の誰かを愛したとしても。

休診時や日中…外で気分転換してみる。空は蒼く、風が心地良い。樹木を青々と茂りまるで春到来を喜んでいるかのようだ。こう天気が良いと、よくフェイはピクニックに行きたがっていた。お弁当は彼が作って私は絶好のスポットを教える役割。たまに、ダンやミドリを連れたこともあった。私達が良く出向いた滝周辺。光り輝く湖畔。今の季節なら花々が美しく咲き乱れているだろう。私と彼はあの場所が好きだった…湖の青と花の華やかさに彩られたこの場所が。でも、今わたしは一人。彼は…どこにいるのだろう。やはり…あの事を気にしているのだろうか…

2年前…俺は先生と別れた。行く宛てもないのに…飛び出して。俺は…どこに行けば良いのか分からずひたすら歩き続けた。…何をするわけでもなく…道を歩く日々。すれ違う人達に挨拶や声をかけられても…何も返事しなかった。……誰にも触れてほしくなかった。内に秘めた心の傷を。

歩きに歩いて辿り付いた先はニサン。…俺が以前、火の海にしたにも関わらず…再び童子達が笑い人々が生き生きと生活している。俺は…ニサンの人々の顔をまともに見ることが出来ず再度、流離おうと振り替えた刹那…俺に声がかけられた。声の主は……マルグレーテ・ファティマ。…バルトの従兄弟…愛称、マルーと呼ばれている彼女。この地に佇む大聖堂の教母。慈悲ぶかい瞳…気高さを感じる。彼女の瞳は…俺を哀れんでおらず昔通りの…男っ気あふれる口調で…労りの言葉をかけてくれる。それが何より…うれしく、シタンとは…違う何かを感じていた。思えばシタンに…何を求めていたんだろう。

彼から与えられたもの…。それは朝陽が差し込める頃…共に目覚め、夕日が沈む頃…シタンに狂おしいほど…求めらる生活。愛に…満ち溢れとても暖かな記憶として…胸に刻まれている。永遠に…この生活が続けば良いと望んでいた…それなのに。いつからだろう。彼といることが苦しい感じ始めたのは。心が張り裂けそうなほど…シタンを愛しているのに。…この誓言を彼に囁く度…俺の心の中で…闇が広がり己を憎むようになった。

そして、別れの原因を作ったシタン宅の医務室に来ていた2人の患者。2人とも…40代の男性で…どこか見覚えのある顔ぶれだった。あの…2人は。…1人、アヴェの兵士…もう一人は…俺がホスト…してたときの客だ。忘れていたのに…この感じ…。兵士の方は…俺の肌を執拗に舐めまわした男…。それともう一方の客は…氷で体を弄った…変質者。……無性に…背筋が凍り…体が震えだす。彼等に気づかれぬよう隣部屋の寝室へとかけこんだ。……声が…声が耳についてきた。
『フェイ…あのガキ…ここに居座っていたとはな。あいつ、俺が兵士をしてた頃…よく肌を舐めたものだ。』
『ほぉ、そうかい。僕はあの子の客で良く彼の体を氷で撫でたよ。結構、悲鳴あげてたな。』
吐き気をもようしそうな言葉の行き交いに俺は…心が次第に冷えて行くのを感じていた。
ベッドに縋ろうとした瞬間、物に足を絡ませ男達に見つかってしまった。シタンに助けを求めようとしたが…彼は診察室にて…患者を診療していた。仕事の…邪魔は出来ない。…声を出し叫べば、シタンにばれてしまう。俺は彼の立場を考え…咄嗟に口を塞いだ。誰にもばれぬように…。その日を境に…2人は俺を脅迫し犯し続けた。

日中、シタンがいない時間を見計らい元兵士と元客は…俺の元に訪れ体を強要した。彼等は俺の手足を縄で縛り付け…氷で体を嬲り俺の体全体を嘗め回すなど…俺に猥褻な行為を繰り返し己の欲を曝け出していた。まるで…あの男…シャーカーンと…あいつ…ロゼのように。抵抗したいのに…それが赦されない。逃げ出そうとすれば、すぐさま地面に殴り付けられ…激しく犯される。不意に…気絶しても髪を引っ張られては起こされてしまう。恐怖と悦楽が…脳裏を支配される日々。精神的にも追い詰められ…心が壊れそうなほど俺は疲労していた。体にこびり付いた男達につけられた痣。…シタンに気付かれぬようシャワーを何度も何度も浴び、夜…彼の想いに汚れた体で答えていた。…男達の愛撫とは違い、暖かく激しいシタンの愛撫。彼が体に触れる度、俺の体は悦び歓喜の声が漏らしていた。シタンに愛され…嬉しいと想う反面…彼に申し訳ないという想いが交錯し…心が張り裂けそうだった。シタンに捧げる愛を偽りにしないため…俺は勇気をだして…あの2人に今の関係を止めるよう求めた。だが…相手はナイフを所有しており…俺の服を切り裂き抱いた。いつもなら、俺が我慢して終わる。…だが、その日に限ってシタンは早めに帰宅し…俺の醜態を目撃してしまった。俺は余りのショックで頭が真っ白となり男達の呻き声を耳にしながら、気を失った。ふと気がつくとそこには優しい目で微笑む彼の姿。どうして…この人は…気高くて慈愛に満ちた瞳をしているのだろう。全て…赦されてる…そう悟った時…涙が零れ声を挙げて泣いた。…情けない、自分が赦せない…赦してもらうばかりで、何もできない己が疎ましく…憎いと感じた。それからというもの…シタンが優しい瞳をむけるにつれ、自分自身を憎むようになって行った。結局…俺はシタンに何を求めていたのだろう。…怒ってほしかったのだろうか。責めて…壊して欲しかったのか?…自分で問うても答えがでるわけもなく、ただ…マルーに出会うまで歩いていた。淡々と。

彼女は俺を懐かしみ、昔のように心を割って話しかけてくれた。気がつくと俺はマルーに心を許し、長いこと彼女と語りあっていた。バルトとシグルドさんの話や…エメラダが今どうしているのか、など。1日の半分以上をマルーと過ごす。その晩、一晩だけ宿泊させてもらうよう計らってもらった。久し振りに落ち付きを取り戻し、自分のことを考えてみる。接触者として生を成し…本来ならエレハイムと結ばれる運命。…普通に結ばれていたら…幸せをつかんでいたかもしれない。……でも。それでも、俺は…シタンの傍にいたかった。命を燃やして愛した人だったから…でも。俺がすることといえば、あの人を傷付けてばかり。…役立ちたい…あの人に…何か…俺に…できること…なんだろう…俺は考え込むうち…疲れがでたのか熟睡していた。

翌朝…俺はまた流離う為…彼女と別れ旅立とうとしたその時、マルーは…一冊の書物を俺に手渡された。数壱千ページあろうかと思うほどの分厚さ。…なんだというのか。パラパラとめくってみる。かび臭い匂いに顔を濁しながらも、目を通す。…手渡された書籍の内容は…医学関連について記述してあった。彼女はなぜ、この本を…俺に?疑問を抱きマルーと目をあわすと彼女は優しく囁いた。
「フェイ、先生がまだ好きなんでしょ?自分の道がまだ掴めていないのなら、同じ道に進んでみるのも1つの手だよ。僕もね、若と同じ道を歩みたいって思うから…今、こうして…頑張ってるんだ。」
「………でも…っ………」
彼女が言う…シタンと同じ道。彼に繋がって生きていくには…機械系か医療関係。……書籍を見る度に…惹きいれられて行く。今まで書籍という物を真剣に見た事はなかった。本といえばたまに、シタンに読んでもらうか教えてもらうか。そのどちらかでしか、知らなかったのだ。…始めて得る知識…。割り方、理解しやすい。……俺にも…シタンの力になることって…できるのかな?

薬草…薬を作るとき元にする草だって…シタンから聞いたことがある。…そういえば、シタンは薬の調合をするとき…一人じゃ手におえないものがあるってよくぼやいてたっけ。配合とか間違えると大変な事になるともいっていた。となると…薬師…薬剤師が…必要なのかな?……俺に…デキル…こと……同じ道に進み…彼の手伝い…助手を…勤める。でも、邪魔にならないか?俺が…あの人の元へ帰り…助手なんて…したら。また…同じことの繰り返しなんじゃ…コワイ…
「ありがと…もう少し、考えてみる…この本、借りてもいいかな?」
「うん。勿論。」
「…ありがとう…マルー」
「フェイ…先生といつかちゃんと会ってね?…数日前、通信きたときさ…元気なかったんだぁ…いつもの調子がないっていうのかな?
…なんていうか、物足りないって感じがしたんだ。…今すぐとは言わないから…おちついて、自信を取り戻したら…先生のこと考えてあげてくれる?若も僕も心配してるんだよ、フェイを。」
「…ああ…分かってる…」
そう呟いたか否。…俺はまた、どことも知れない土地を探し歩き彷徨う…いつかまた、あの人に会う為に。……今は彼の力になれるか、査定中といったところか。俺は含笑いし、歩き出す。今度は、彼に繋がる道を捜す為に。

フェイが消えて…3年がすぎた。時間という物は残酷なもので、あっという間に過ぎて行く。彼と離れ…時がたっていくほど…彼の笑顔が私の心を蝕む。片時も頭から離れない。
休診中の時は特に彼と過ごした時間を呼び起こさせる。こんな天気の良い日はフェイと…あーだった、こうだったなど。思い返せば思い返すほど、笑えてくる。私がこれほどまでに…フェイに惚れたとは。今、こんな思いを馳せるくらいなら…あの日…彼を捕まえておくんだった。ふと、枯れた筈の涙が伝う…いつか…この場所で…フェイを抱き締めたかった…けど。…もう、だめと言う事なのだろうか。正直、一人は…辛い。寂しい…孤独が心を占めていく。だからといって、他の誰かを…愛することも出来ない。フェイ…今日も…また次の日もその名を呟く。こんなに辛い思いをするのなら、心を閉じてしまおうか。彼と再会したその時こそ、この想いを解放する…そうだ、そうしてやろう。心に手錠をかけよう。フェイへの想いが途絶えないように。

一年後…週に2回の定期往診日を迎えラハンへと出向いた私に…意外な情報が耳に付く。
“フェイが薬師になって帰ってきた”と。まさか…信じられぬ想いで手探り状態の中、ラハン村中を捜す私に…彼は古井戸に座りこんいるダンと語らいを楽しんでいた。四年ぶりに見るフェイ。余りにも私の抱く記憶とは違う姿に私は声をかけて良いのか途惑いを覚えた。…髪を短く切り白衣を着た彼。困惑する私を尻目に彼が発した言葉は“ただいま”。その一言だった。

 

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