悪 夢


「…いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」
「2人だ。大切な客なんで、今夜もサービス良くしてくれよ?新人さん。」
童顔な少年は馴れた口調で、常連客を接客していた。1週間続けてくるこの客はこの少年を大層、気に入っているらしく足繁く通ってくる。彼にとって見れば、良い迷惑だ。しかしこれはビジネス、客など選んでいられない。彼は偽りの笑顔で答を返す。
「かしこまりました。2名様ですね。こちらへ、どうぞ。」
とある寝室に客を案内し、自らの服を脱ぎ捨てた。今晩の客は少年の手首をベッドの端に拘束したかと思うと、黒い布で目隠しをしてくる。目が見えないという恐怖。これから起るであろう出来事に、身を振るわせる少年。一方、客はというとその少年を嘲笑うかの様に、即、彼の物を口にくわえる。卑らしい音をわざと、部屋全体に響き渡らせながら。
「い、や…だ!こんな!…ひっ!」
少年は恥ずかし過ぎる余り、抗議したが客はその声に興奮したのか益々、激しく音を立てながら確実に責めたてる。狂おしい快楽。彼は耐えれず、涙を浮かべる。そんな彼をもう1人の客は楽しそうに見物していた。そうとは気付かず、少年は快楽に悶え続ける。
「ああ…ん。うっ…ぁっ…そこは…!はぁあ!」
客は自分の物を、少年の中に入れた。もう1人の客は見ているだけでは、つまらないらしく割込む。その客は彼の物を指全体で掴み、強い摩擦を加えてくる。感じやすい体のせいか、凄まじい痛みと同時に快楽が彼を支配した。摩擦が激しくなるに連れ、少年は悲鳴にも似た苦しみの声を上げ始める。
「うっ…あぁ…!」
自然と腰を振り、彼は客の思うが侭にこたえようとする。熱い熱い刺激。いつしか少年は自分から客を求め、快楽を欲した。自ら腰を振り、恥ずかしい台詞を口ずさむ少年。限界が近いのか。客は少年に自分の肉棒を入れ、動き始めた。
「ああぁーーー!!」
信じられないくらいに善がる、その少年は意識を手放し倒れ込んだ。客は不気味な笑みを浮かべ、その場を去っていく。彼は歪んだ快楽の中で、何時もの夢を見た。暗黒の空間に閉じ込められ、泣き叫びながら汚れ堕ちていく夢を。





デウスを倒し平和な毎日が、訪れてから今年で1年。フェイはシタンと共にラハン村に戻り、復興作業を手伝いながら共に生活をしていた。必死の作業の甲斐が実り、ラハン村は完全に復興された。仲間達はと言えば各其々の道を歩み、世界は着実に平和を掴もうとしている。そんな折、何の前触れもなくフェイが姿を消した。何故なのか理由が、全く掴めない。目撃情報一切なく、手の施し様がなかった。失踪してから半年が過ぎた頃、痺れを切らしたバルトがアヴェに皆を集合させ会議を開く。議題は当然の事ながらフェイの事だ。
「先生…フェイに変わった様子とか、心当たりは?」
「全く、ありません。」
この1年と半年の間2人は、生活を共にしてきた。幸せだった…フェイの笑顔があって、ラハンの人達の温もりに包まれて…なのに、何故姿を消したのか?シタンにも、理解できない事柄だった。こればかりは、聞かれても答えられない。
「心当たりが無いという事は、事件に巻き込まれたのでしょうか。…そういえば、ゼファー女王がフェイさんに不穏な、気を感じたのも半年前…何か…その事と、関係があるのでしょうか?」
相変わらずのマリア言動にバルトは、「愛想のねぇ、餓鬼!」と内心呟いた。悪口が顔に出たのか、マリアは些か怪訝そうだ。
「しっかし、あの女王…気とかそう言う関係に詳しかったっけか〜?」
意外そうな表情を浮かばせ問う。
「それは、どういう意味ですか?ゼファー女王は、とても優秀なお方。…皆様も、理解されているはずですが?」
早急な答に、バルトは反論する気力が失せていく。マリアは全然、変わっていない…そう思った。
「…半年前ですか…妙ですね。」
「ああ。」
「フェイ君の事と関係が、あるかどうか分りませんが…気になる事があります。」
「シグ?何だ、言ってみろ。」
「はい。アヴェ南方に…ホストとして働き影では、身売りもしている組織があるそうです。フェイ君が居なくなった、同時期から客入れが良いとか…」
「まさか…シグ!お前…フェイがそこで働いてるって…そう、言いたいのか!?」
「そうは、申しておりません。ですが何も情報が無い以上…探って見てはどうでしょう、若。」
「シグルドの言う通りです、若君。早速…詮索してみましょう。」
「先生!?…先生がそう言うなら調べてみる、か。…午後、行った方が良いな。そう言う所は。」
「…ええ。」
「侵入するのは俺と先生そんで、年齢を考えて…リコだ。すまないが皆はここで、待機していてくれ。」
一端、解散し午後に集合する事にした。シタンとシグルドは組織の場所を確かめ、どういう業務内容なのか再確認する。他のメンバーは、客室で休む事にしたらしい。休む間もなく、問題の午後となる。先程決められた通り、バルト、シタン、リコは、アヴェ南方を目指す。少し歩くとネオンに包まれ一見、高級そうなホテル風の店を発見する。意を決して、客として潜入してみた。
「いらっしゃいませ!此方の席へ、どうぞ。」
侵入した早々、女性の店員に声をかけられた。シタン達は騒ぎを起こす訳もゆかず、店員が誘導する席に着席する。店員も、傍に腰を下ろした。…何がともわれフェイの情報を、聞き出すには絶好のチャンスだ。
「私の名前は、アリアよ。宜しくお願いね。」
シタンは怪しまれない様に、注意しながら問うてみる。
「アリアさんでしたね…つかぬ事をお伺いしますが、宜しいですか?」
「ええ。私の事はアリアでかまわないわ。」
「ではアリア、フェイという人を知っていますか?」
「ああ、彼の事?知っているも何も…同僚よ。」
「フェイが、この店に!?」
シタン達は驚きを、隠すことが出来なかった。まさかフェイが本当に、ここで働いているなんて…。
「…お客さん…どうかした?もしかして、彼の知り合い?」
「ええ…まあ、そんな所です。アリア、フェイに逢わせて下さい…」
「あら、残念。彼は今日、他のお客様にご奉仕中よ。」
「ご奉仕…というと?」
「ご奉仕中=身売りの事よ。」
「そ…うで…すか。アリア、フェイは何処に?」
「…彼は、301号室よ。…貴方が…彼の…そう…」
「どうかしましたか?」
「何でも無いわ。301号室へは、エレベータで、利用すると便利よ。3階降りて、直ぐの部屋だから迷わないと思うわ。」
「有難うございます。」
簡潔に礼を言うとシタン達は、フェイの居る301号室を目指した。エレベータを利用し、教えられた部屋に急ぐ。部屋に入ってみると…皆は驚愕する。何とフェイが裸でベッドに横たわり、眠っていたのだ。彼の周囲には、誰もいない。どうやら既に客の姿はなく、帰ったらしい。彼の枕元にはお金がばら撒かれており、フェイの体には淫らな後が沢山つけられている。シタン達は余りの驚きに、愕然とし言葉が見つからない。シタンは彼から目を背けバルトも、フェイを見ようとはしない。リコはこういう商売に興味がないらしく、舌打ちしている。人の気配に気付いたのか、フェイは目を覚ました。己の体を起こそうとした瞬間、激しい痛みに襲われたのか顔を微かに歪ませる。それでも起きあがり、ベッド下の制服を取ると手早く着替えた。久し振りに見る彼は、少し大人びて見える。快楽の余韻が、残っているせいだろうか。彼は妖艶にさえ、見える。フェイはベッドを元通りに直すと、漸くシタン達に目を向けた。しかし何も話さない、只々見つめている。シタンはそんなフェイに、理由を問いただした。
「フェイ!どうして、こんな事を!?自分が何をしているのか…分っているのですか!!」
「……」
「フェイ!何とか、言ったらどうです!?」
彼は何も言わず、シタンの顔を見つめる。何かを、語りかける様に。フェイは一時し、重い口を開く。感情の無い声で、一言。
「先生の知っている、フェイはもう存在しない…死んだんだ。……帰れ。」
フェイは無表情で答えるとポケットからサングラスを取り出しかける。その後、シタン達に目もくれず持ち場へと戻って行く。先ほどの彼の瞳。何かに恐怖し全てに、於いて絶望している。少なくとも、シタンにはそう見えた。フェイの瞳が何を、物語っているのか分らず立ち尽くす。結局、どうする事も出来かった。一先ずファティマ城に、戻る事にする。途中フェイがホストとして、働く姿が目に付いた。客の要望通りグラスに酒を注ぎ、どのような場所を触られても嫌がらない彼が其処にいる。以前の彼からは、絶対に想像できない。失望したのか、シタン達は店を出る事にする。だがその時、アリアが現れ話しかけてきた。
「…ちょっと、良い?彼の情報が欲しかったら、こっちに来て。」
不審に思うシタン達だったが、彼女に言われるが間々後を追う。フェイを発見した状況がどうであれ、大事な人には変わりない。フェイの情報を少しでも、知りたかった。暫くしてアリアは、人気のない場所にシタン達を案内する。
「店の連中に聞かれたら、ヤバイからここで、我慢してね。所で…貴方シタンさんよね?其処にいるのは、バルトさんとリコさん…違う?」
「何故、貴方が私達の名前を…?」
「やっぱりね…彼から良く聞かされたわ、貴方達の事。だからね…貴方を見た瞬間、直ぐ分ったの。フェイの大事な人達って事が…」
「失礼ですが…貴方とフェイはどういう関係で…?」
「私は、只の仲間よ。他にどんな関係があるっていうの?まあ…それは、どうでも良いとして…貴方達は彼が何故この店で、働いているかお分かり?」
「いいえ。…アリア教えてください、フェイが何故、この店で働いているのかを…」
「分ったわ、教えてあげる…フェイはこの店の主ラティスに、脅されてこの店に来たの。」
「…脅された?」
「そうよ。ラティスは気に入った獲物を得る為なら、どんな手でも使う…そんな女よ。彼女は以前人材を確保する為、ラハン村を訪れた事があるの。その時ラティスは、フェイを見初めたのよ。彼女は部下を使い、彼の事を徹底的に調べさせたわ。そして貴方達の存在を、つかんだの。」
「私達の存在を?」
「ええ。半年前…ラハン村から出て来たフェイを見計らって、ラティスは彼を脅したの。彼女は、言ったわ。『お前の仲間全員の周囲に、ある物を仕掛けた。大事な者を守りたければ、私に従え。』って。初めフェイは全然ラティスを相手しなかったし、信じてもいなかった。でもラティスは、ある物を彼に見せたの。それを見た瞬間、フェイは思いつめた顔してラティスに従った。私もその時、同伴していたから良く覚えているわ。」
「ある物…とは?」
「俗に言う、猛毒って奴よ。彼女は自分の部下を利用し、猛毒の威力を彼に見せ付けたわ。その結果…部下は凄まじい形相で死に絶え、フェイは彼女に従ったって訳。」
「…貴方を疑う訳ではありませんが…本当に私達の周辺にその猛毒は、仕掛けられているのですか?…半年もあれば、気付くと思うのですが。」
「勿論、仕掛けられているわ。ラティスの部下はその道のプロでね…影では暗殺等、手を染めているの。彼等の実力は、裏の世界でも1、2位を争うそうよ。まあ…例え猛毒の在処が分っても、無駄な事なんだけどね。」
「何故です?」
「猛毒は…爆弾の中に組み込まれているからよ。触った時点で、死ぬ様に設定されているわ。それにリモコンで管理されているの。だから、無駄なのよ。」
「要するに爆弾だけでは、作動しないと言う事ですか…」
「そういう事。」
「だとしても俺達に一言、相談してくれたって!そしたら…こんなに時間は、かからなかった!もっと早く…助けられたのに!!」
バルトは己の、無力さに嫌悪した。親友でありながら、力になれなかった自分が情けなくて悔しかった。
「…フェイは貴方達に相談したくても、出来なかったのよ。」
「どう言う事だ!説明しろ!」
「警告されたの…この店に入る時…呱々から逃げ出したり、外に助けを求めた時点で作動させるって。彼がもし貴方達に相談してたら、貴方達…死んでたわよ?」
「…!…フェイ…」
バルトはあの時、フェイが言った言葉を思い出していた。『先生の知っている、フェイはもう存在しない…死んだんだ。』どんな気持ちで、あの言葉を切り出したのだろう?そう考えるとバルトは、遣る瀬無い思いを抱く。少しでも、フェイを軽蔑した事を恥じた。シタン達の周囲に漂う重苦しい空気。彼女は追い討ちを、かけるかの如く話しを続ける。
「彼ね…初めて身売りをし終えた時、店の外に出てずっと泣き崩れていたの。シタンさん貴方の名前を呼びながら、ね…彼、雨が降っても、ずっと泣き続けてた…でもそんな彼にラティスは、容赦なく客を与えたわ…そりゃもう、酷い有様だったのよ。彼女は客と共にフェイを犯し…ううん。あれは半ば、強姦だった…それが1日中、休む間も無く続いたの。後日…彼から少しずつ表情が消えていったわ。」
感情の消失。アリアの告白により、やっとその理由が分った気がする。愛していない相手に無理矢理、抱かれる恐怖、屈辱、悲しみ、憎しみ…どれ程の物だろうか?考えるだけで、胸が痛む。あれ程…笑顔が似合う少年だったのに、半年ぶりに見る彼からはその面影さえなかった。フェイの笑顔を取り戻したい、シタンは目を瞑り俯きながら心底そう願う。その時、だった。1人の男性店員が、アリアの元に訪れたのは。店員は彼女の耳元に口を当て、何かを告げ立ち去った。告げられた瞬間、アリアの表情が忽ち険しくなる。
「大変よ!フェイが例のリモコンを、破壊したわ!」
「フェイが、リモコンを!?」
「ええ。きっと彼、只じゃ済まない!彼なら多分、地下室にいるはずよ!…彼女に刃向った者は全員、そこに連れて行かれるの!早く…行ってあげて!彼きっと、待ってるわ…貴方たちの事…」
シタン達は軽く頷き、店内に戻り地下室へと繋がる階段を見付け降りて行く。アリアがいう地下室。その入り口と想われるドアを、開いてみる。そこには男性店員2名と、ラティスがいた。彼女とは初対面だったが、彼女に写真を見せて貰った為、顔だけは知っていた。
「フェイを、返しなさい!彼は何処です!?言わなければ、貴方がたを殺します!!」
男性店員がシタン達からラティスを、守ろうとしたが無命の前では所詮無駄な悪足掻き。シタンは店員を、殺さない程度に切り傷を負わす。手加減したつもりだが、店員には激痛だったらしく気絶してしまった。ラティスは何が起こったのか、素早く把握しシタン達を睨み付ける。見覚えある顔にラティスは、顔を顰めた。フェイの仲間と思い出したのか、彼女は目を大きく開く。
「貴様等、フェイの…!」
「ラティス…よくもフェイを、苦しめてくれましたね…貴方だけは、絶対に許しません!彼は、何処です!?言いなさい!」
冷たい視線で、ラティスを睨み付ける。身の危険を感じたのか、彼女は逃げようとした。しかし無命を顔に、向けられた彼女は身動きが取れなくなる。シタンは本気で殺そうと、思っているらしい。バルトとリコはシタンの気持ちを痛い程、良く理解していた。その為、止めようとはしない。ラティスは恐怖に顔を染め、フェイのいる場所を指差す。どうやら、一番奥の部屋にいる様だ。彼女をバルトとリコに見張らせ、その部屋を目指す。長い廊下が一段と、長く感じられる。どれくらい、走ったのだろう?自分でも分らなくなる程、シタンは走った。息が切れそうになった時、一つの扉が彼の目に止まる。どうやら、呱々にフェイがいる様だ。躊躇する事無く、部屋に侵入する。光が燈されておらず、そこは暗闇に支配されていた。愛刀を傾け、光が差し込ませる。目を細めシタンは、部屋を見渡す。ベッド一つ無い、殺風景な室内。何も無い部屋の為、自然と床に目が向けられる。シタンの目に素早く、飛びこんできた物…それは捜し求めていた人の血の痕。すぐ傍にフェイが居ると、確信する。血痕の先に目を遣ると、うつ伏せ倒れたフェイがいた。相当酷い拷問を受けたのか、体中に傷を負い気を失っている。拷問されて時間が間も無いのか、傷から血が流れ落ちていた。シタンは己の服が彼の血で染まる事を、気に留めずフェイを抱き抱える。そして再び長い廊下を走り、バルトとリコの待機する部屋に戻った。戻ってみるとその部屋には、呱々に居ないはずのシグルドがいた。彼はシタンを見るなり、状況説明を行う。バルトの命により予め、直ぐ傍で待機していた事。フェイを助けに行っている間、連絡を受けラティスを監獄に投獄した事。彼女に半強制的に働かされた者やアリアを含む店の従業員を、保護しようとしたが既に全員姿が消えていた事。アヴェ有数の技術士により、爆弾は撤去された事。淡々とシグルドから、伝えられる。手短な説明とは言え、1度に状況説明を聞かされシタンは疲れた表情を浮かばせた。だが直ぐに、安堵の表情に変換される。恐らくそれに気付いたのは、シグルドだけであろう。旧友の表情の変化に、シグルドは感心する。随分と、人らしくなったものだと。報告が終わると、一同はアヴェに戻った。ファティマ城に医務室が無い為、客室で傷の手当てが行われる。20分位で、手当ては終了した。後は彼が目覚めるのを、待つばかりだ。皆も心配なのか、フェイの傍から離れ様としない。数分後、彼はゆっくりと目を開いた。
「フェイ、気分はどうです?傷は、痛みますか?」
「!?」
フェイはベッドから勢い良く出ると、壁に持たれる様に座り込んだ。自らの体を抱き締め、小刻みに震わせる。皆は心配そうにフェイを見つめ客室全体に、重い空気がたち込めた。シタンはフェイを気遣い、優しい声で話しかける。
「大丈夫です…全て、終わりました。貴方の悪夢は、終わったのですよ…フェイ。」
シタンは皆がいるにも関わらず、フェイを抱き締めた。だが彼は驚き泣き叫び、シタンから逃れ様とする。
「触るな!お、俺に…触るなぁ!やだぁ!」
泣き叫んでいるにも関わらず、表情を全く浮かべない。皆は彼の変貌振りに、驚きを隠せない。少し前までは笑顔が絶えない、少年だったのに。切ない思いが皆に、込み上げる。
「大丈夫ですから!もう、大丈夫ですから!落ち付きなさい、フェイ!!」
半狂乱な彼をシタンは、根気良く抱き締めながら叫ぶ。そんな彼とは裏腹に、フェイは自ら封印した感情をふと蘇らせていた。

―この感覚は、何?―
心が暖かくなる…そう、これは安らぎ。温もり。
―この気持ちは、何?―
愛しい。守ってあげたい。愛して欲しい。そう、これは…シタンへの恋慕、情愛。
―ずっと、殺してきた感情。―

自分を取り戻したフェイは、次第に大人しくなり落ち付きを取り戻す。彼はシタンから、離れると自ら話しかける。
「ごめん…なさい…もう大丈夫。」
「フェイ…」
「先生…皆…俺を、責めないのか?…責めろよ!お前は馬鹿で最低で、汚い人間だって!!」
傷つき絶望した者のみが、発する暗く儚い声。フェイは皆の顔を、見ようとはしない。嫌われ蔑まれるのが、怖くて見れなかった。そんな彼の気持ちを知ってか知らずか皆は、きっぱりと否定する。それ所か何も言わず只、一言『おかえりなさい!フェイ!』と皆は告げた。フェイは思っても見ない一言に、皆に目を合わせると涙を流す。
「許してくれる…のか?嫌わないのか…?こんなに、汚れた…俺を…」
彼は相変わらず無表情だが、彼の気持ちが痛いほど皆に伝わった。表情が無くとも、強い絆を持つ者同士、心は通じている。バルトは機転を利かせ、客室から皆を退出させる事にした。
「フェイ、今回の事は気にすんなよ!な?…お前は、な〜んにも悪くねぇんだし!自分の事を、責めるのは止せ!それにお前…何処も汚れてねぇんだしさぁ!ふう…俺からは、以上。よしっ皆!邪魔者は退散だ、退散!」
威勢の良い声にフェイは、少し驚いたが困惑はしなかった。客室から誰も居なくなると、彼は突然、包帯を取り始める。シタンは慌てて、彼を抑えた。
「フェイ、止めなさい!まだ、傷は塞がっていないんですよ!死ぬ気ですか!?貴方は…!」
「…見てよ、シタン。俺の血…こんなにも…赤い…」
彼はそう語るとシタンに、自分の体から滲み出る血を見せた。
「フェイ、どうしたんです?人の血が、赤いのは当たり前でしょう?」
彼の理解出来ない発言と行動に、シタンは眉を顰める。
「そうだね。でも…ずっと、忘れてた気がする。傷が痛む事も、血が赤い事も…何もかも、全て…」
「…フェイ…」
「…この半年間、俺…ずっと死んでた。自分の心を殺して、偽って。…でもねシタンやバルト達と半年振りに、会って生き返ったんだ。」
「…生き返った早々、あの行動ですか?…駄目ですよ?もっと冷静に、行動しなければ。」
「分かってるよ。だけど…だけどね…シタンや皆の元に帰りたいって思った瞬間、体が勝手に動いてたんだ。気が付くとラティスに逆らって…リモコン壊してた。」
「体が…勝手にですか?フッ…貴方らしいですね。」
「俺らしいっか。ねえ…シタン俺、今…生きてるよね?…死んでないよね?」
フェイの真剣な質問にシタンは何も言わず、優しく抱き締める。
「私の温もり…感じますか?フェイ。」
「うん。感じる…感じるよ、シタンの温もり。とっても…暖かくて…心地良い…」
「生きていなければ、温もりも何も感じません。フェイ…貴方は、死んではいない。生きているのですよ…。」
「俺…生きてるんだね。シタン、有難う…俺を見捨てないでいてくれて。でも…どうして?…何で、俺がいる場所…分ったんだ?」
「アリアが、教えてくれたんですよ。彼女が貴方の情報を全て、提供してくれたのです。貴方が呱々で働いていた理由や…色々な事を。」
「…そうか。彼女が…(アリア、有難う…)」
「フェイ…傷が癒えたら、ラハン村に帰りましょう…ラハンの村人も貴方を心配していますよ。」
「駄目だよ。この間々じゃ俺…耐えられない。シタンに、申し訳なくて…」
「そうですか?…では、仕方ありません。貴方に罰を、与えましょう。」
「罰?俺…何すれば、良いんだ?」
自分を取り戻しても尚、表情が戻らないフェイにシタンは心が苛まれる。普通の人間から表情が、消失される事は容易な事ではない。それ相当の苦しみや悲しみ、絶望そして怒りが麻痺しない限り。彼の笑顔を取り戻す為なら、どんな事でもする…シタンは内心そう誓う。フェイを傷つけない様に、今一番彼に伝えたい言葉を口にした。
「罰として一生、私の傍にいなさい。私から離れる事は、許しません。」
「…こんな汚れた、俺が傍にいていいのか?…こんな俺が…」
「自分を蔑むものでは、ありませんよ?フェイ…それに、約束したでしょう?何があっても、離れないって。」
初めて告白した時にも、ソラリスの一件でも、交したあの誓約…忘れるはずは無い。フェイにほんの一瞬、笑顔が戻る。
「そうだね…シタン。」
シタンの元に帰れないと覚悟し、心を封印したあの日から半年…彼の悪夢は漸く、終わりを迎え様としていた。客室の窓から月夜が、差し込む。今宵は、満月。何か、願い事が叶うかもしれない。月の魔力の元、2人は共通の願いを夜月に託した。
『例えどんなに堕ちていこうとも、この人だけの天使でいさせて…』
                                    


FIN

back!

<言い訳>

…何だか,やおいのか普通なのか分からない小説になってしまいました。
文章…何だか変。(泣)読んでいただいた方,感謝です。 by 管理人。