俺は青島しゅんさく。12歳。小学6年生だ。 まずまずの成績だった通信簿と2学期一度も休まず学校へ通った「健康でしたで賞」の ミニ・賞状と書き初め用の大きな半紙を貰って小学校時代最後の冬休みが始まった。 今日は楽しいクリスマスの日。 俺はスキー場のゲレンデのリフト降り場から少し下がったところのコースの端っこで スキーごと雪だまりに突っ込んで尻餅をついていた。 吹きだまりに突っ込んだおかげでどうにか止まることは出来たのだけれど。 俺はそのまま立ち上がらずにボ〜ッとしていた。 正確には、立ち上がらないんじゃなくて、立ち上がれないんだけど…。 だって立ち上がろうともがくとスキーごとずるずる下へ滑って行っちゃうんだもん。 スキー初心者の俺が、何故付き添いも指導者も無く子供1人でこんなゲレンデの上の方 で途方に暮れているのかというと。
そもそも俺がここのスキー場に来たのは、従姉妹の夏美姉ちゃんの付き添いなんだ。 夏美姉ちゃんは今年大学を卒業して就職したばかり。美形揃いの青島一族の中でもまた 一段と華やかな顔だちをした向日葵のような美人だ。 それにすごく優しくて、俺は小さい頃からずいぶん良く面倒をみてもらって夏美姉ちゃん に懐いていた。 その夏美姉ちゃんが結婚を前提にお付き合いしていますと言って、この冬の始めに両親に 会わせたのが今の彼氏なんだ。 同じ会社の上司で夏美姉ちゃんよりずいぶん年上の身体の小さなおっさんだった。 笑わないと陰険そうに見えるけれど、でもホントはすごく良い人なんだよ。 おばさんも俺の父さんや母さんも良縁だって喜んだのに、おじさんはまだ早いと言って 2人の付き合いを許してあげないんだ。おじさん、夏美姉ちゃんのことすごく可愛がって いたから、こんなに早くお嫁に出すなんて思ってもいなかったんだろうね。 だからクリスマスに年休を取って彼氏とスキー旅行に行きたいと言っても反対されて。 女友達と一緒に行くとでも言ってごまかせば良かったのに、夏美姉ちゃんたらおじさんに こそこそしたくないんだって。 で、おばさんがなんとかなだめてくれて、従兄弟の俺を一緒に連れて行くという妥協案で どうにかおじさんも折れたんだ。 おじさんってば宿泊予定のホテルにわざわざ電話をかけて、部屋が和室で3人同じ部屋で 寝る形になっていることを確かめてから、ようやくしぶしぶスキー旅行を認めてくれたん だ。 俺に2人を良く見張っておけなんて言うんだよ。やんなっちゃうよ。 俺は無邪気な顔でうんわかったと言ったけれど、人の恋路を邪魔するほど野暮じゃない。 道中もスキー場に着いてからも、俺はなるべく2人の邪魔をしないように気を遣おうと 思っていたんだ。 なのに夏美姉ちゃんも彼氏も良い人で、昨日の午後も今日の午前中もスキー初心者の俺に つきっきりでスキーを教えてくれて。ホテルに戻ってからも俺が除け者にならないよう 気を遣って何をするのもどこへ行くのも3人一緒で。そりゃ俺は楽しかったけれど。 さすがにこれじゃマズイと思ったわけよ。 で、ロッジの食堂でお昼を済ませてひと休みしている時に言ったんだ。 俺は疲れたから午後から部屋へ戻ってお昼寝したいって。だから2人で滑っておいでよ って。 だってさ。今朝起きたら俺の枕元に銀紙の長靴に入ったクリスマスのお菓子と夏美 姉ちゃん手編みの毛糸の帽子が置いてあったんだぜ。 三角形の長い形で先っちょに毛糸の房の付いた真っ白い帽子。すげ〜下手くそな編み目だ けれど。 そして彼氏の枕元には手編みの渋いセーター。これまたお世辞にも上手とは言えない出来で。 でも、俺はものすごく感激したんだ。 不器用な夏美姉ちゃんが頑張って編んでくれたかと思うとその気持ちがホントに嬉しくて。 彼氏に頑張って編んであげたのを見ると夏美姉ちゃんってホントにこのおっさんが好き なんだなあって思って。 そして俺は知ってるんだ。彼氏が指輪の入った小さな箱を持って来ているってことを。 中身は見てないけれど、母さんが同じ形の箱を持っているからそれが指輪の箱だってこと くらい俺にもわかる。 そしてそれを昨日からお財布だの小物だのと一緒にナップザックに入れてゲレンデでも どこでもずっと持ち歩いているんだけれど、俺が居るもんだからなかなか渡すタイミング がつかめなくて困っているらしいってことも。 だから、俺からのクリスマスプレゼントは時間。 2人に、俺抜きの2人だけの時間をあげたかったんだ。 2人は顔を見合わせた。どうしようかと迷っているらしい。小学生の子供を1人でホテル に残しておいてもいいものだろうかと。だから俺は胸を張ってもう6年生なんだから全然 大丈夫だって言ってやったんだ。 結局2人は俺を信じて、ケーブルカーに乗ってさらに上にある樹氷の美しい別のスキー場 へと出掛けて行った。 スキーを担いで2人仲良く歩いて行く後ろ姿はとても幸せそうで。俺も嬉しかった。 俺は最初の30分くらいはホントに大人しくホテルの部屋に転がって持参の漫画本なんか を読んでいたんだ。でも、すぐに飽きちゃって。 ちょっとくらいならいいよねと、自分の貸しスキーを担いでゲレンデに出て来ちゃったんだ。 ゲレンデの下の方の初心者用のなだらかな斜面を、夏美姉ちゃんと彼氏に教わったように カニの横歩きのような格好でイッチニ、イッチニと少し登っては、ボーゲンで降りる。 これの繰り返しは、はっきり言って疲れる。俺は午前中夏美姉ちゃんたちに連れられて、 リフトに乗って初心者用コースを上から一度滑り降りていたことを思い出した。 とにかく、ちょっと怖かったけれど。何度か転んで夏美姉ちゃんたちにずいぶん助けて もらったけれど。リフトに乗って登って下まで滑って来れたんだ。 1人でも、出来ないことは無いと思っちゃったんだ。 俺はドキドキしながら共通リフト券を一回分だけ買って、なくさないように手袋の中へ 入れた。 リフト乗り場はいくつかあったけれど俺は夏美姉ちゃんたちと一緒に乗ったリフトの所へ 行った。でもそこはスキースクールのゼッケンを付けた初心者の人たちでものすごく混ん でいたんだ。 だから俺は、比較的空いていたリフト乗り場から券を使ってリフトに乗ったんだ。 それが中級〜上級者用コースへ登る最長のリフトだなんて知らなかったんだってば…。
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