俺の突っ込んだ所はゲレンデの端っこだったので、こうして転んだまま座っていても別に スキーヤーの人たちの迷惑にはならない。 でもリフトから降りた人たちは別のコースに行ってしまう人ばかりで俺に気が付いてくれ ないし、ここはさらに上にある上級者ゲレンデと繋がっているコースなのでスピードの 乗ったパラレルで上からかっこよく滑って来るスキーヤーの人たちに全く気が付いて貰え ないという欠点があった。 身体は冷えて来るし、誰にも気が付いてもらえないしで俺は本格的に困って半泣きになっ てきた。 とにかくこのゲレンデを自力で下まで降りるのは絶対に不可能だって判ったから。 助けを求めようにも、みんな凄いスピードで滑り降りて行くので声も掛けられない。 その時俺の目の前に天使が舞い降りて来てくれたんだ !! そのお兄ちゃんはやっぱり綺麗なフォームで上から滑って来て。 なのに俺を目の端で捕らえると、そのスピードでどうしてそんなに綺麗に止まれるんだっ ていうくらいの華麗なスキー捌きで俺からちょっと離れた下あたりでザザッと止まって。 そして無造作にスキー板を操りながらこの急な斜面を神業のような早さでザックザックと 登って来てくれて。 「おめ、そっただとこで何してっだ?」 て、俺に声をかけてくれたんだ !! 俺は縋るような目でそのお兄ちゃんを見上げたよ。 ほっそりした身体をシンプルな濃紺のウェアに包み、寒くないのか無帽にメタルのサン グラスだけの慣れた軽装。腕にはリフトの一日フリー券。強い訛りのある言葉は聞き慣れ なかったけれど、サングラスを外した顔は意外にも美少年で、大きな目がとても印象的な 中学生か高校生くらいの、生真面目そうなお兄ちゃんだった。 慣れた様子といい言葉の訛りといいきっと地元の人なのだろう。 「…立てないんだよ」 俺は仕方なく正直に言った。 お兄ちゃんは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。 「どっか怪我したんか?」 俺は首を横に振った。顔が赤くなる。消え入りそうな小さい声でそれでも正直に話した。 「ううん…立とうと思ってるんだけれど…どんどん下へ滑っちゃって…」 それで俺が初心者だとわかったらしい。 「んだば、ほれ」 お兄ちゃんは笑顔で俺に手を貸すと引っ張るようにして立たせてくれた。俺のウェアの 雪を払い、緩んでいた片方のビンディングを外してスキー靴の底に付いた氷をストックの 先でガリガリとかき落とし、もう一度きちんとスキー板を履かせてくれる。 その間俺はお兄ちゃんのほっそりした身体にしがみついていた。ともすれば急な斜面を ずり落ちそうになる2人分の体重をお兄ちゃんは自分のスキーのエッジを立てて両足を 踏ん張って支えていた。 「おめさ、スキーさ履く前にきちっと靴底の雪さァ落としておがねとすぅぐ板っこさ 外れっぺ。…こんでどだ?」 「ありがとう」 言葉は訛りが強くて半分くらいしかわからなかったけれど、俺は親切なお兄ちゃんに感謝 の気持ちを込めにっこり笑いかけた。お兄ちゃんも微笑み返してくれた。 すごく可愛くて綺麗な笑顔で俺は思わず見とれてしまった。 お兄ちゃんがちょっと眉をひそめて俺に問いかけた。 「このコースきついぞ? おめ、独りで降りられっか?」 俺はうるうると目を潤ませお兄ちゃんの濃紺のウェアをぎゅっと握りしめて取りすがった。 「俺…リフト乗り間違えたの。こんなとこ来ちゃって独りでなんて降りらんないよう。 お兄ちゃんお願い、俺を下まで連れて行って」 お兄ちゃんは面倒見の良いタイプらしく、嫌な顔もしないで引き受けてくれた。 「んだば仕方ねな」 神様ありがとう。 お兄ちゃんは自分のストックを外して一纏めに持つと、俺の後ろに廻って自分のスキーの 間に俺を入れ、脇の下から両腕を胸に回して俺の身体をしっかりと抱きかかえてくれた。 「このままボーゲンで下さ降りっからな。しっかりつがまっでろ」 「はいっ」 お兄ちゃんはなるべく俺を怖がらせないようにゲレンデの巾をいっぱいに使った距離の 長いジグザグボーゲンで下へ降りてくれた。それでもかなり斜度のある上級者用のコース なので、俺は半泣きになりながら必死で悲鳴を噛み殺していた。 なるべくお兄ちゃんの負担にならないようにと思い、自分も必死にエッジを立て、夏美 姉ちゃんに教わったボーゲンの基本を思い出しては協力して右や左に体重を移動させよう と思うのだが、はっきり言って俺のスキーは全く役に立っていなかった。身体を残して スキーだけ前へ前へとずるずる滑って行ってしまうので、俺は結局全体重を背中へ預けた まま荷物のように抱きかかえられお兄ちゃんに下までしっかり運んでもらってしまった…。 さぞかし重かったことだろうと思う。 ごめんねお兄ちゃん。そしてありがとう !! 今日はもうそのまま上がるというお兄ちゃんにつられて俺もスキー板を外すと肩に担いで なんとなく一緒に歩き始めた。 俺は従姉妹の夏美姉ちゃんたちと一緒に来ていることなどをぽつぽつと話した。 お兄ちゃんは相づちをうちながら面白そうに話しを聞いてくれていたが、俺が泊まっている ホテルを指差すとびっくりしたような顔をし、それから顔をくしゃっとさせて笑った。 「なんだおめ、先生んちさ泊まってたんけ」 「え?」 「あそこ、俺の担任の実家なんだ。俺達ガッコの連中もよく着替えだの風呂だの勝手に 使わせて貰ってる」 「へえ」 「おめ、一緒に風呂さいぐげ?」 「うん♪」 お兄ちゃんは俺と一緒にまず乾燥室で用具を下ろすと、フロントで顔なじみらしいおば ちゃんに声を掛けて「どさ?」「湯さ」などと暗号のような会話を交わしてからタオルを 借りて大浴場へ向かった。俺はおばちゃんからルームキーを受け取ると、大急ぎで部屋へ 上がってタオルと着替えを持って大浴場へ走って行った。
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おかしいな(^_^;;) 予定では終わるハズだったんだけれど…(^_^;;)
とりあえずクリスマスのうちに出来ている分だけアップしておきますね♪(←殴打)
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