空山鳥語 kongshan niaoyu 劉天華作曲(1928年)

中国で「音楽大師」と称される劉天華の代表的な作品。
劉天華についてはまたどっかでまとめないといけませんね。

●題名●

題名は唐の王維(701?〜761)の詩「空山不見人」からとった,と『中国音楽欣賞手冊』に書かれてましたが,
これを,自宅にある唯一の唐詩の本(しかも古本屋で買った)で調べてみると・・・
よかった,ありました。五言絶句「鹿柴」で見つけたぞ。全文は以下の通り。

     鹿 柴 

  空山不見人 但聞人語響  空山 人見えず  但だに聞く人語の響くを
               (山中に人の姿はみえず,ただ人の話し声だけが響いてくる)

  返影入深林 復照青苔上  返影 深林に入り 復た照らす青苔の上を
               (夕陽が林の深くまで差し込み 青苔を照らしている)

あ,これ「標音」だから中国語(ピンイン)読みだけで書き下し文や現代語訳はついてないんですよね。
こんなんでいいんだろうか。ヒマがあったら「あんちょこ」を探してちゃんと直しとかないと。

でも,「鹿柴」の注をみると「鹿を飼う柵をめぐらしたところ」?? それに鳥なんてぜんぜんでてこないし。
もしや,「空山不見人」から始まる別の詩があるんだろうか・・なんて不安がきざしてきました。
ご教示・ご指摘・ご鞭撻をお待ちしてます。いやマジで。

●構成●

この曲は5段構成で,前後に引子(前奏)・尾声(後奏)が置かれています。

引子では,山中で大声で呼びかけたら,こだまが返ってくる様子を表現しています。
人影のない静寂が広がる世界。そこに,ふと鳥の声が聞こえてきます。ここから五段のあいだ,
ときには一つの,ときにはたくさんの鳥の声が響きあい,からみあい,
ついにはめくるめくさえずりが四方八方に満ちあふれます。
尾声では第1段の主題がちょっと繰り返されて終わります。チュンチュン。

●特色●

この曲は,中国の全国レベルの二胡検定用の教科書(95年版)では7級,
江蘇省版(なんとおくづけ無し!!98年購入)では6級,と
中級レベルの曲なのですが,なかなか難しく,また鳥の鳴き声等で奏者の個性が出せるおもしろい曲です。
人によってはウグイスが鳴いたりね。でも中国にはこの鳥はいないみたいなので(中国語図解辞典にも載ってなかった),
あくまでも日本人むけの鳴き声ね。
中国音楽通の方なら「この曲もう聞き飽きた!」と思われるかもしれませんが,
といっても,やっぱこの曲はウケがいいんですよねー。「賽馬」もそうやけど。

鳥の声を模した曲では「百鳥朝鳳」や「蔭中鳥」など管楽器の独壇場の感がありますが,
これは擦弦の面目躍如と行ったところ。今回,プログラム解説のために『中国音楽欣賞手冊』を調べたところ,
この鳥の声を発する技法は「三弦拉戯式」を二胡に流用したものだ,ということでした。
(三弦:三味線に似た中国楽器)

ふーん,初めて知ったけど,「拉戯式」って何やねん・・・で,『中国楽器大典』の「三弦」の項。

清朝末期,「北の阿炳(アービン)」と言われたかどうだか知らないが,多芸多才の盲目芸人,
その名も王玉峰というものがおりました。この人が三弦の名手で,「三弦弾戯」というテクを編み出した。
なんとそれが三弦の音で当時の人気京劇俳優の声や,軍馬の駆ける音,鳥獣の鳴き声などあらゆる音を
まねする,というのこぎり芸のようなもんで,当時ものすごくウケたらしいです。

そのブームに南から逆襲したのが,上海の盲目芸人,沈易戈。革命後の民国初期,「三弦弾戯」をもとに
「三弦拉戯」を開発。これは王玉峰が弦を弾いたのに対し,三弦に弓を使ったというアイデアが光ってます。

ということは,このテクがちまたの三弦弾き芸人の間で大流行し,劉天華の目にもとまったのではないでしょうか?
「あ,これって“使える”じゃん!」劉天華の脳裏にひらめく豆電球。そしていちおう初稿ができましたが,
すごいのは,それから苦節十年,推敲を繰り返し繰り返してやっと決定稿が定まったということです。
まさに,高村薫「マークスの山」に匹敵する渾身の作品。劉天華の,音楽に対する真摯な姿勢がうかがえるエピソードです。


※演奏データ:
・引子は上にもかいたとおりこだまのイメージ。
・第一段,これ,手首が使えるようになるまでずっと弾けませんでした。今も自信ない。
・第四段の同音の三連符,ポジションをこまめに上下にずらして弾く人と,
同じポジションで指のいちだけ交替させて弾く人といます。
どっちでもやりやすい方でいいそうです。
・第五段,ポジションはどんどん高くなり,弓は内弦外弦をめまぐるしく往復する苦難の段です。
ここでどうしても開放弦の音が聞こえてしまうんですけど,どうしたらよいでしょうか? 練習あるのみ??

・これを高胡で弾く人がいますが,張先生曰く,劉天華は二胡の曲として作ったのだから
二胡で弾いたほうがいいと思う。あと高胡だとちょっと音質が硬いかな・・・とのこと。


※出典データ:
・田部井文雄・菅野礼行注『標音 唐詩三百詩』(大修館書店 1980)161頁
・輿水優等編著『中国語図解辞典』(大修館書店 1992)索引
・上海音楽出版社編『中国音楽欣賞手冊』(上海音楽出版社 1981)201頁〜
・楽声著『中華楽器大典』(民族出版社 2002)135頁
↑この本,最近買ったんだけど,「楽声」はペンネームで本名は李徳真さんだとか。
 冒頭のカラー広告が聞いたことのない楽器工場ばっかで笑えます。いや,私が知らんだけか?



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