金蛇狂舞 jinshe kuangwu 聶耳作曲(1934年)

中国国歌にもなった「義勇軍行進曲」を作った聶耳の作品。
この1934年という年は,聶耳にとって「当たり年」ということで,本に上げられているだけでも
9つの曲を完成させています。このとき彼は(誕生日が来てたら)22歳。
そしてその翌年に「義勇軍行進曲」を世に問い,翌々年には日本の藤沢市で溺死したのです。
まるで猛スピードで駆け抜けたような一生を送ったわけですね。合掌。

●題名●
金蛇は,「聶耳作曲」といっても,最初から最後まで彼が作ったわけではなく,
もともとは「倒八板」という民間音楽を題材にしたものです。

「倒八板」についていうと,もともと民間音楽に「老六板」(別名「八板」)という曲があって,
その末尾部分を編曲して曲頭にもってきたので,ひっくり返す意の「倒」をつけて,この名になったそうです。

でも聶耳はこれに「金蛇狂舞」という新しい名をさずけました。中国音楽愛好家にはおなじみのなので,
「金蛇は龍のことで,それが踊り狂う様子を表している」という説明をよく耳にされるのではないでしょうか。
要はにぎやかな曲,お祭りの曲だと。でも作曲した時期が時期だけに,これを当時の革命に対する
確固たる信念・成功への確信と喜び,などと結びつけて解説されることもあります。

さて,この「倒八板」。二胡の,わりと初級の曲としてこれが載ってたのですが,
なんと,聶耳は数小節の打楽器部分を入れただけで,あとはほぼ同じみたいなんです。
これで「作曲」と言えるんだろうか?
でもそれはあくまでも二胡用のメロディ譜をみただけのことで,
「倒八板」そのものを聞いたことがないので,なんともいえません。
もしかしたら民楽アンサンブルと民間のそれとはかなり感じが違ってるかもしれないし。

また,CDの解説を読んだら,この「倒八板」は揚州あたりで流行してたので
「揚八板」とも呼ばれてたらしい。北方風の曲だと思ってたんでちょっと意外な感じがしました。

●構成●
まず「倒八板」名前の由来である導入部から2小節の間奏をはさみ(ここは聶耳オリジナル),第1段の主題部に入ります。

この第1段ですが,「原曲」の「調」を変えてるらしいんですけど,まずこの原曲って「老六板」?「倒八板」?
二胡譜の「倒八板」をみた限りでは「金蛇」と同じ高さなんです。ということは原曲=「老六板」かもしれん。
しかもこの「調」が,中国の伝統的な概念に基づいた独特の「調」なんで,ちょっと私には分かりません。
どうもすいません。いつかまた分かるときがきたら更新しますね(いつになることやら・・)。

第2段は掛け合い部分で,ここには本曲独特の変わった技法が用いられているので,「特色」の項目で説明します。
通常はここで第1段→第2段を繰り返したあと,最後に第1段をより速く,強くした激しい再現部
(まさに「狂い舞う」という感じ)があって,盛りに盛り上がったあと,「665」の力強い3音で曲が終わります。

ちなみに,このページでは「板板」言うてますけど,これは中国でいう拍板という打楽器が拍子をとるので,
拍子のことを「板」というらしいです。いや,こんなに簡単にまとめたらいけないんだろうけど・・・

●特色●
さて,第2段についてですが,掛け合いを繰り返すうちに,フレーズがどんどん短くなっていく特殊な技法が使われています。
それについてはいろいろな言い方があるみたいですが,その前にちょっと回り道させてください。

「なんかどこひいてるかわからんようになる」中国音楽ではそんなぼやきをよく聞きます。
中国の伝統的な器楽曲ではこの繰り返しがほんまに多いのですが,
その「繰り返し方」にもいろんなパターンがあるようです。
ものの本によると,5つに分かれるそうで,そのなかの一つに「展衍」というのがあります。

「変奏」が主題を発展させていく技法とすれば,「展衍」というのはフレーズのほんの一部分を取り出して使うという違いがあります。
4月20日のコンサートにこられた方は,「春江花月夜」で

 ミーラド ソラ ソミミレ ドレ ミド レー

というフレーズが段の末尾で何回も繰り返されたのをおぼえていらっしゃる方もいるでしょう。
あれは「展衍」のうちの一種,固定フレーズが繰り返されるという技法です。

また「展衍」の中には,繰り返されるうちにどんどんフレーズの長さが変わっていくものもあります。
これを「層遞」といいます。「遞(テイ)」は「互いに」「変わる」という意味らしいです。

で,やっと金蛇に戻りますが,金蛇の第3段に使われてるのが,この「層遞」のうち,どんどん短くなっていく方。
じゃあ,そこんとこを音で書いてみましょうか?

ソーラソラソファソ ドレドレソラド
 ソーラソラドラソ  ドレソラド
  ソラソファソ    ドレソラド
   ソラソ       ドレド
   ソラソ       ドレド

図に示すとこういう感じ。(『民族器楽概論』112頁をもとに「ペイント」で作成。微妙によがんでますね)


この音形から,中国人はタニシ系の「巻き貝」とか「蛇の抜け殻」を想像したらしい。ほんでこういう技法を
「■(虫+師)螺結頂」とか「蛇脱殻」とか呼ぶようになった,ということです。

このような音数自体の増減に加え,楽器数・楽器構成の変化,強弱の変化なども加わり,より面白い効果を生み出しています。

最後にひとこと。金蛇を,西洋音楽よろしく「1・2,1・2・・・」と律儀に拍子をとって弾くと
もう訳わかんなくなります。こういう曲があると,中国音楽やってる醍醐味を感じますね。
(私ってちょっとひねくれ者かもしれない・・)

※演奏データ:
・冒頭部分,編曲によっては打楽器だけの前奏が加わったりしますが,
 それについても奏者によっていろいろ変わります。
 (天昇バージョンはピチカートでいきなり曲に入ります)
 通の方は「ああまたか」と思わず,その違いを聞き分けてみては?
・先生によく注意されるのが,「強くなっても急がない」ということ。
 とにかく調子いい曲なので,どんどんどんどんどんどん速くなってしまうので・・・。
 ただ,最後の再現部はアップテンポ。それでも速いなりにテンポキープしなければ。
・短い曲(計ったら1分30秒だった)ですが,このわずかな時間のなかに,
 強弱の変化,掛け合いの妙が詰め込まれています。
 それらをクリアしつつ,「一気呵成」でしあげるのがコツでしょうか?

※出典データ:
・彭亜娜・王俊・楊建編著『音楽芸術欣賞教程』(中南工業大学出版社 1997)179頁〜
・上海音楽出版社編『中国音楽欣賞手冊』(上海音楽出版社 1981)234,527頁
・李民雄『民族器楽概論』(上海音楽出版社 1997)第6章
・CD『春花秋月(民族器楽合奏薈萃二)』解説

→楽曲の段落分けについて,『音楽芸術欣賞教程』と『中国音楽欣賞手冊』では記載の仕方が異なりますが,
 本HPでは前者の分け方を採用しています。


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