イタチゴッコ[バルトSIDE]

Lucifel作

 早朝、4時。誰しもがまだ寝ているこの時間。
アヴェ王朝の忘れ形見と謳われる青年バルトは、
副官の部屋の前で考え事をしていた。
どうすれば許してもらえるのかと、
冷や汗を滝のように流しながら。
思い起こせば一週間前。フェイ達の乗る飛行船を、
撃ち落とした事が全ての発端だった。
あの日以来、シグルドは全く口を聞いてくれない。
そればかりか肌にも触れてもこない。
そして実感した。本当に怒っているのだと。

──…畜生…。普通、あん中にフェイがいるとは…思わねぇだろι

 事実シタンが生きて戻るまでは情けない話、
敵が乗り込んでいるのだと疑いすらしなかった。
相変わらずやる事が派手なのは自分の性分かもしれないと、
一人…廊下で顔を引きつらせ深く息を吐く。
こうして立っていると嫌でも、数日前に
浴びせられたシグルドの言葉を思いだす。

『若!貴方は本当に自分がした事を、理解されているのか?!
何故、何時も何時も確認も取らずに…ミサイルを発射するのです!
今回フェイ君達が生きていたから良いものの、
彼らが死んでいたらどう責任を取られるおつもりか!』

 今から回想しても、副官の怒鳴り声が生々しく蘇り鳥肌がたち身を震わせる。
彼を怒らせた事は本当に拙かった…。まさかあんなに怒り狂うとはι
日頃、言いたい事を我慢してのあの怒号だったのだろうか。
ある意味…29歳の恐るべしストレス発散なのかもしれない。
……普通なら笑い話で終わるのに、…非常事態だ。

 兎に角、謝ろう。それで許してもらえなければ、
余り気の乗らないが反省文を数百枚書いて提出するまでだ。
それにストライキされでもしたら、このユグドラシルは…動作を
とめる事になろう。

──副操縦士は当てになんねぇし、だせぇ…ι

 それだけは艦長として何としても、避けねば!
意を決して部屋に入り、シグルドを捜す。
カチカチカチと秒針が刻む音に緊張しながらも
彼の休むベッドに忍び足ではあるが急いだ。
とはいっても然程、広くないのですぐに辿り着いてしまった。
いざシグルドと話を!折角そう意気込んだのに。
目の前に広がるのは熟睡する彼の姿。
一気に力が抜け、脱力し項垂れる。
考えてみれば今は、就寝時間。
常日頃早起きの副官が寝てたとしても何等不思議ではない。

 一気に頭が真っ白になる。生唾を飲み声を荒げませんように…と、
滅多にしない神頼みすらこの時ばかりはしていたのに…
この様は何だろう。これじゃ馬鹿丸出しだ。

──…そもそも何で部下にこんな神経使わなきゃいけねぇんだ!
  海の男、バルト!やる時はやる!

『よし!』

 一瞬、上げてしまった大声に思わず慌てふためく。
それでも銀の髪を輝かせる男は、起きる気配すら感じさせない。
如何にもバルトの事などお構いなしといった印象を与えかねないほどの熟睡ぶり。

――何か面白くない。

“人が真剣に悩んでんのに、何だよ!これは!!”

 徐々に怒りすら覚えてきた。…否、悪いのは自分なんだけどι
でも、こういうのってありか?そこで漏れる盛大な溜息。
自分の目の前でこうも無防備に安眠されていると、悪戯したくなる
のが人間というもの。

だが…その前に。

周囲を見渡し白い紙を探し当てるとそこに
『シグ、ごめん』と太字でぶっきらぼうながらも記した。
とりあえずはこれで許してもらおう。後日……、怒られたら
その時は押し倒して良い事してチャラにする。
よし、それで行こう!どうも調子の良い考えが先程から
ちらほらする。全ての根源はそこにいる煩悩の塊の所為。
興味深げに顔をジロぉと見遣り頬を突いても、起きない。
どうしたら、こうも鈍感にいられるのだろう。まぁ、
寝ている人間に反応を示せというのが無理難題なのだろうが。

 余りにも癪に障るので油性の太ペンを手に取り、シグルドの顔に
鼻毛だのナルトだの…子供がやりそうな落書きを彼の頬や額。
鼻の下や顎にいたる場所まで、書いていく。恐らく起きて気づかれたら
さぞ、どやされる事だろう。だが、今はそんな事どうでも良かった。
ようは己の欲求が満たせればそれで良かったから。
我ながら立派な程に笑える顔に仕上げる。
まるで白紙の地図を書き終えたかの様に、シグルドを見…。駄目押しだと
いわんばかりに、『ヒュウガ作』と付け足しておいた。

全ての行為が終わると部屋を出…。廊下を数歩…歩いて角を曲がった早々、
その場に蹲り床をバシバシ叩きながら笑い崩れる。時には転がり時には泣き笑いして…。
恐らくその光景を見た物はバルトの頭がイカレタとそう…嘆く事だろう。
それ程までに彼の笑い姿は凄まじかった。通常…。こういう時、フェイが居てくれたら
抑制してくれるのだろうが、生憎…彼は今、ここにいない。
それが運が良いのか悪いのか理解しかねるが、今回の悪戯が成功した裏には
邪魔者が一人も居なかったことにある。

 何がともあれ、己の目標は達成されたのだ。これで部屋に帰り眠れる。
日頃しない早起きをした為か、些か足が震えている。この侭だと廊下にへたれこんで
しまうかもしれない。それだけは断固、阻止しなければ。自力で自室に戻ると
ベッドに倒れこみ精神的疲労を癒す。だがこの時の彼は知らなかった。
目覚めればシグルドの恐るべき報復が待っていることを。


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