DEAD HEART
シタンとユイの血を…唯一受け継ぐ娘「ミドリ」。彼の一人娘で、まだ幼い女の子。ミドリの年頃は両親の愛情を一心に受け、発育するのが世の常。それなのに…俺が一人占めしてる。ユイさんがいるとはいえ、寂しいだろうに。2日前、シェバト入りを果たし、食堂でユイと再会した時。彼はずっと、ミドリをみていた。優しそうな…いかにも父親らしい慈悲深い瞳で。幾らフェイを愛していても、シタンは彼女の父親なのだ。
−娘を想わぬ父など、いる訳が無い。―
俺に時折、みせる物寂しそうな横顔。…やはり。シタンはミドリが気になって仕方ない様子。それも仕方の無い事なんだ。彼は母親とは対なる父親なのだから。いつの時代にも…親は子供を愛し、子は親を愛してきた。確実に存在する血の絆。ミドリはシタンを“お父さん”と呼ばないけれど…きっと必要としてる。それが、親子と言うものだから。分かってた。…俺とシタンには、2人を繋ぐモノが何もないって事くらい…だけど彼の、傍にいたかった。シタンもそれを望んでくれてる。でも、血の絆には勝てない。初めから第3者の俺が入り込める空きなんて…何処にもなかったんだ。それでも一緒にいたくて…シタンから離れられないでいる。もしかしたら、彼は俺を…煩わしく思ってる?そんな訳ないのに、つい悪い方へと考えてしまう。自分はどうするべきなのか、彼にどう接してあげればいいのか…分からず…今日もシェバト宿舎の木造椅子に腰を降ろし…深く息を吐く。
「私に恋煩いでもしてるんですか?フェイ。」
「何時から…そこにいたんだ…今日くらい…ユイさんとミドリの所にいてあげなよ。」
フェイはすぐさま椅子から立ち、シタンから離れようとした。だが、彼はそれすらも許さず力一杯フェイの体を、引っ張り自分の元に引き寄せる。
「あ…」
彼の顔や手に触れる度、胸の鼓動が時計の秒針みたいに音を奏でる。胸が…胸が爆発しそうだ。
「何を…怖がってるんです…」
「べ、別に…」
何もかも、見透かしている彼の視線…彼に釘付けになる。シタンはフェイの首に、キスし紅く刻印した。
「っ…」
「貴方の傍に…ずっといます…不安になる事なんて、何ひとつない…そうでしょう?フェイ。」
シタンの服を引っ張り、涙を流すフェイ。愛してる…愛してる…だけど…俺が彼を必要としているように、娘のミドリだって…父親に抱きしめてほしい筈だ…こんな風に。
ミドリの事について、悩み始めてから…どれくらい時間が過ぎたんだろう。一行は1週間前ソラリスに侵入する為、下界に戻った。目的はアヴェ奪還とゲートの破壊。ユグドラシルにて移動する最中、ユイとミドリのことを真剣に考えてみた。彼女達に必要な人物。ユイは己を欲すが、ミドリは…シタンを求めているに違いない。言葉を交さぬとも、言いたい事が伝わる。それが親子の不思議な力。やはり、俺が身を引いた方がいいのか。シタンに抱かれ、幸せを噛み締める毎日。…幸せ過ぎる。もう、いい。もう…。このままだと幸せ過ぎて…離れられなくなる。彼を俺から解放してあげよう。シタンは、家族の元に帰るべきなんだ。俺はきっと、大丈夫。…だって充分すぎるほど、愛してもらったから。それでも…彼との愛しい日々を思い返す度、涙が出るんだ。ほら、一滴、2滴…次々に伝う暖かい雫が…。
だめだ、だめだ、ここにいちゃ、だめなんだ。大人にならないと。
そうだ…シタンの前から消えるんだ…
でも、でも。シタンがいないと心が…俺の中の全てが死んでしまう。
心?…俺自身が死ぬ?ああ、なんだ…只それだけの事なのか…
“…さあ、フェイ…これから俺を殺そう…彼の幸せの為に。”
皆が寝静まった頃、フェイは息を殺し廊下を歩く。一歩、二歩…。その瞳にかつての光は、宿っていない。その彼が足元をふら付かせながら、向かう先。それは已然バルトに教えてもらった秘密の抜け口。場所はブリッジの真下。ここは深夜、立入り禁止とされている。それだけに、人通りが全くない。運が良いのか、悪いのか。ユグドラシルをでるのに絶好のルートである。フェイはブリッジに着くと早速、操縦席に立つ。蓋はハンドルの付近にあると、親友から聞いた事がある。手探りで探す彼。…1ヶ所だけ固く盛り上がったモノがある。どうやら、それが目的の非常通路に繋がる蓋らしい。フェイは音を出す事無く、開き下に続く階段を降りて行く。薄気味悪く光のない道を、一心不乱に歩いて行く。僅かに差し込む光…出口だ。早く…彼から離れなければ。上空飛行しているユグドラシル非常通路から、フェイは飛び降りた。
―サヨナラ…シタン…サヨ…ナ…ラ―
『おい、空から人が降ってきたぞ…!』
『…!まじかよ…』
男達はフェイを木から降ろし、彼を地面に叩き付ける。
「う…」
彼は呻き声を僅かに発するが、意識は失われたまま。一瞬、目を覚ますのではと冷汗を掻く男達。だが彼が目を覚まさないことを確認すると、安心したらしく彼等は魔性の微笑みを浮かべた。
『…見ろよ。こいつ、傷だらけだが…まだ生きてやがる。』
『けっ!運が良い奴。ん?…結構、美味しそうな顔してんじゃねぇか。クク。連れてこうや。俺達のアジトに。』
『そうだな。俺も同じ事、考えてたぜ。…こいつが、壊れるまで可愛がってやろうぜ!』
『ああ。…ひぃひぃ泣かせるのは、嫌いじゃない。』
『決まったな。どう可愛がるか…これから考えるとしよう。』
欲深い男達の欲求をさも受け入れるかのように、空は暗く闇色に染まっていた。