「オオカミショウネンって、こういう意味だったんだね」
 少女は青く光る画面から目をはなし、回転椅子をくるり、とまわして少年に向きなおった。
「どういう意味?」
 少年は、ミネラルウォータのペットボトルをくわえたまま問う。
「君のコト」
「それは違うだろ」
 ビシ、とつっこみを入れて少年がベットに腰掛けると、スプリングは耐えられないとばかりに悲鳴を上げる。きぃきぃ。
「違わないよ。嘘吐きのことでしょ? 狼少年って。
 ちょっと、ベット座んないでよ。汚れるから」
「へいへ」
 少年はすこしむくれて床に座りなおす。でも床にだって、勿体ないくらいやわらかに淡い、ベイビィブルゥのカーペットが敷いてある。
 少女はもいちどディスプレイと向き合い、ほんの少し首を傾げる。
「狼の反対ってなんだろ?」
「なんで反対が要るの?」
 少年の反対は少女でしょ? 狼の反対が分かればさ、正直者って言葉が出来るじゃない?
「あ、羊かなぁ?」
「なんで羊なんだよ」
 少年はさも馬鹿にしたように頭をかいた。ミネラルウォータを一口。
「『狼が来たと嘘を吐いた少年』だろ?」
「え?」
「だから。狼少年は『狼が来たと嘘を吐いた少年』の略だろ。羊はその時狼に食べられるだけで、別に反対じゃないよ。でも、たとえ羊が狼の反対だとしても、それが『正直者』の意味にはなりっこないさ。狼少年と狼男はぜんぜん違うんだぜ?」
 そういって少年は、またミネラルウォータをごくごくと飲んだ。
「ふぅん」
 少女は不意に、ガコンという音をきいた。ベイビィブルゥがミネラルを吸いこんで、色を濃くする。
 転がるペットボトルは、少しだけ残った水に月を反射させた。ばさぁと、大仰にカーテンが風にはためいた。今日は気持ちが悪いくらいオレンジが濃い。満月。
「ちょっとぉ」
 少女は眉をひそめて、ベイビィブルゥに座り込んだ。ティッシュでとんとんと色をぬいていく。まあ、ミネラルウォータだから染みにはなるまい。
「こぼさないでよ。気を付けてよ。なんでいつも、こう、まわりに気配りがないって言うか……」
「今日は注文ないの」
 少年は静かに問うた。窓枠に足をかけている少年は、はためくカーテンの隙間にも、おかしかった。腕は毛むくじゃらで、爪が伸び、爪だけじゃない。身体のいたるところが伸びるというか、大きくなっていた。
 少女は少年の方に顔を向けて、フゥと溜息を吐いた。カーペットを拭いていたティッシュをぽいと投げ捨てた。
「ないわ。今日は勝手に喰べてきて。
 満月ごとにあたしの嫌いな人が死んでいったら、あたし、『羊少女』になっちゃうじゃないの」
「『羊少女』?」
今度は少年が眉をひそめる番だ。乗りかけだした身体を室内に入れた。
「正直者、だっけ?」
「そういう意味にはならないんでしょ?」
 少女は持て余したように長い睫毛をしばたかせた。
「『羊の皮を被って全てを見ていた少女』」
 にぃと笑う。月に映えてとても美しい。
 オレンジの満月は貼り付いたように凍っている。

「黒幕よ」
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