<目の見えない・・・> @













  「ユリの香りだね。」

  揺れる電車の中、花束を抱えてうとうとし始めていた俺の隣から、澄んだ声がした。先日、めでたく子供を出産した姉さんへのお祝いの花束だった。
  
  隣を向くと、ショートカットの、薄い茶色の髪が揺れていた。

  その人が、俺に話しかけているんだと気づくのに数秒かかった。その人の目線は、俺ではなくまっすぐ前に向いていたからだ。

  「あ、えっと、姉の出産祝いで・・。」

  「わあ、おめでとう。」

  初めて俺の方を向くと、明るく笑った。名も知らぬ赤の他人のことに、こうも素直に喜べるものなのか。同い年くらいの少年だった。

  「あは、ありがと。」
  
  俺はぎこちなく愛想笑いを浮かべた。

  どうも話しづらかった。俺の方を向いていながらも、彼は俺の目をいっこうに見ない。

  と、彼の足下に、飼い主用の白い持ち手をくくりつけられた大きな犬がうずくまっているのが目に入った。

  それと、彼の手に握られた杖。

  俺はそのときになってようやく、彼が目が不自由であるらしいことを察した。

  「香りだけで分かるの?」
  
   あ・・しまった、失礼なこと言ったかも。思わず言ってから、後悔した。

  「ふふ、分かるよ。君が乗ってきてから、すごく強い香りがしてる。」

   彼は気を悪くした様子もなく、いたずらっぽく微笑んだ。 その笑顔に不思議な暖かみを感じて、
    俺はしばらく彼から目が離せなくなった。

   色白の肌に桜色の頬。物腰より幼く見えた。

   
   『間もなく、梶川〜、梶川です。』

   あ、降りなきゃ。俺が花束を持ち直す隣で、気づくと彼もアナウンスに耳を傾けていた。

   それから俺達は、同じ駅で降りた。

   驚いたことに、偶然はそれだけじゃなかった。

   「え?君も大橋病院だったの?」

   「うん。ホントは、そうかなーって思ってたんだ。この近くに大きな病院ってあそこぐらいだし。」

   そうなのか。俺はこのあたりの地理には詳しくない。彼の方はそうでもないようだった。とはいえ、彼は目が不自由なのだ。俺は母に書いてもらった地図を広げ、道を確認した。

   「この辺あんまり来ないの?もしかして今、地図広げてない?」

   「え、うん、当たり。全然来ない。」

   彼は俺がこの辺りの地理に詳しくないことと、さっきの紙を広げる音で推理したらしかった。何というか、慣れた感じがする、と思った。

   「よかったね、その地図なくっても大丈夫だよ。」

   「え?」

   「こう見えても、この目になってから五年のベテランだからねー。二、三回通えばだいたいの所には一人で行けるんだよ。まあ、まかせといて。」

   彼はからかうように笑うと、俺の前を賢そうな犬といっしょにすいすいと歩き始めた。
   
   俺は内心はらはらしながら、彼の斜め後ろについて行った。 



   
   「ね、ばっちりだったでしょ?」

   彼は得意げに微笑んで言った。
   
   駅からそんなに離れていないとはいえ、横断歩道や曲がり道は少なくなかった。それでも彼は、今お座りで次の指示を待っているこの犬と、見事なコンビネーションを見せ、難なく大橋病院へとたどり着いたのだ。
   
   「ホントだあー。いやいや、お見逸れいたした。」
  
   「うむ。分かればよろしい。」
 
   初めてあったとは思えないほど、いつのまにか俺達はうちとけていた。自分で言うのも何だけど、俺は結構人当たりのいいタイプだと思う。だけど彼の人なつっこさもかなりのものだと思った。

   それでも俺達は結局、じゃあ、とだけ交わし合うとお互いに名前も知らぬまま別れた。ごく自然に。また会えるような予感があったのかもしれない。

   それは俺達の最初の出会いだった。  (←ありがち。ごめん。急にやりたくなったの☆)


                                               《続く》




→モドル
ススム



マイフレンドひよこさんに書いてもらいました。
アリガトウアリガトウ☆
実は私とひよこで「私目が見えない設定のやつやる」
「じゃあ私口が聞けないヤツね」ってな感じで決めて
(なかばむりやり)書かせた・・・・じゃなかった、書いてもらったものです。
ありがとねーvv
次も期待してるからねー