〈目の見えない・・・〉A
   姉の病室は一人部屋だった。俺はドアのプレートを確認して中に入った。
  「あら?英二、来てくれたの。」
  
   真っ先に姉の元気な声が飛んできた。姉はベッドの上に座り、その横には姉の旦那さん。そしてもう一人、男の医師がいすに座っていた。
  「こんちはー。ほい。おめでと、姉ちゃん、浩二兄ちゃん。」
   俺が花束を差し出すと、姉ちゃんは顔をほころばせた。昔は男勝りでよく俺も殴られてたっけか。その姉ちゃんも、母親ともなるとやっぱり何か違って見えた。  
  
  「ありがと。これどうしたの?珍しく気の利いた事してくれるのね。」
  
  「母ちゃんにお金もらった。」
  「そんなとこだろうと思ったわよ。」
  「ははは、でもわざわざありがとう、うれしいよ。」
  浩二兄ちゃんが言った。    
 
  「やあ、英二君久しぶり。」
  椅子に座っていた医師が、親しみのある笑顔を浮かべ、穏やかな声で言った。
  「こんちは、おじさん。とうとうおじいちゃんになっちゃったね。」
  「いやいや、うれしい限りだよ。この歳で孫が見れるなんてな。」
  この人は姉さんの旦那さんの父親、つまり姉さんのお養父さんにあたる人だ。この病院の精神科で医師をやっている。カウンセリングの仕事なんかもやっているらしい。
   
  「ああ、いかん、約束があるんだった。私はもう行くよ。」
   
  おじさんは時計を見るとあわてて立ち上がった。
  
  「わざわざありがとうございました、お養父さん。」
  
  「いやいや。まあ、ゆっくり休みなさい。じゃあな、英二君。またテニス教えてくれよ。」
  「おっけー、みっちりしごいてあげるよ。」
  「はは、厳しいねえ。」
  おじさんは笑いながら病室を出ていった。俺とおじさんは仲がいい。健康のためとか言ってよくスポーツをしている元気な人だから、たまにいっしょにテニスをしたりもしていた。
  「英二、そういえばこの間試合だったんでしょ?どうだったの?」
  
  「そうそう、俺も聞きたかったんだ。」
  
  試合の結果を二人に報告するのは、いつものことだった。
  
  「ふっふっふ、実はねえ・・・」
  
  
   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●
  
  
  「へええ、すごいじゃないか。」
  
  「あんまりほめちゃだめよ、調子に乗るから。」
  「やだなあ、俺はいつだって謙虚でしょ?」
  
   俺達は、数十分ほどテニスの大会のことで話し込んでいた。
  「あれ?これ父さんのメガネじゃないか。」
  ふと、浩二兄ちゃんが、テレビの上に置いてあった黒いメガネケースに気づいた。そう言えば見覚えがある。確かにおじさんのものだった。
  
  「おじさん、忘れてったみたいだね。」
  「ねえ英二、お養父さんに届けてきてあげてくれない?困ってるかもしれないし。」
  「はあい。おじさんも結構どじだよねえ。」
  「オヤジはたぶん精神科の方に行ったと思うんだけど・・・」
  「うん、だいじょーぶ。適当に探すよ。」
  おじさんの仕事部屋には何度か行ったことがあったから、俺はとりあえずそこに行ってみることにした。でも約束がどうのとか言ってたし、もう病院から出ちゃってるかもしれないけど。
  
  
  精神科の棟は他の棟より静かで、何となく独特の雰囲気があった。清潔感と、暖かみのある配色がされているこの空間は、結構好きだった。
  そこのある一つの閉じた扉の前で、俺は足を止めた。この部屋で会う約束をしてたって事もあり得る。大事な話の最中だとまずいから、ときどき通る看護婦さんを気にして、俺はなるべく不審じゃないように扉に耳を近づけてみた。
  
  ・・・おじさんの声と、もう一人誰かいるみたいだ。
  
  「・・・・はどうだい?きっと気持ちがいいよ。」
  「そうですね・・・。」
  子供の声のようだった。・・・俺は何か思い出しそうになった。んん?これって・・・。
  「それじゃあ、今日はこれくらいにしようか。」
  「はい。また来週来ます。」
  俺はあわてて扉から離れた。平然を装い、さも今来たかのような仕草で待機する。
  でもちょうど話が終わってよかった。俺は手に持ったメガネケースを確認した。・・・扉がゆっくりと開く。  
  出てきた人物に、俺は仰天した。
  「ああっ!さっきの・・・!」
  「え?あ・・!」
  おじさんと話していた声の主は、さっきここまで案内してもらった彼だったのだ。彼が用があったのは、偶然にも俺のおじさんだったということだ。
  彼の方も、俺の声を覚えていたみたいだった。俺は少しうれしかった。
  「あれ、英二君?何だ、二人とも知り合いだったのか??」 
  おじさんも驚いた顔で、俺と彼を見比べた。
  俺がおじさんに事情を話そうとしたけど、先に反応したのは彼の方だった。
  「ここへ来る途中、電車の中で会ったんです。そのあとここまで一緒に来たんですよ。彼はここへ来るの初めてみたいだったから・・・」
 
  「そうそう、案内してもらったんだよ。その節はどうも〜。」
  「ふふ、どういたしまして。」
  彼は俺の言葉に微笑んで答えた。ほんの一時間ほど前に出会ったばかりなのに、彼とは妙にテンポが合う。
  おじさんは感心したような顔でうなずいている。
  「そうかそうか。いや、驚いたよ。不二君、実は英二君と私は親戚関係でね。私の息子と英二君のお姉さんが結婚したんだ。」
  「あ、それじゃあ出産祝いって・・・。」
  「そ。おじさんは“おじいちゃん”になったんだよ。」
  それを聞くと彼は、おめでとうございます、と、さっき電車の中で見せたように朗らかに笑った。 
  何というか、ホントに明るくて暖かいような笑顔なのだ、それは。
  俺は彼がそんなふうに笑うのを見ていた。彼が気付かないのをいいことに。
  「ありがとう、不二君。じゃあ、気をつけて帰るんだよ。」
  扉が閉じ、廊下には俺と彼だけになった。
  「えっと・・・」
  「行こっか、不二?だよね。今おじさんがそう呼んでたし。」
  ちょうど、不二が何か言いかけたのとかぶってしまった。
  「ん?ごめん、何?」
  「あ・・・ううん、英二君、でしょ。」
  「英二でいいよ。ね、そのまんま駅行くんだったら、また帰りも一緒に行こ?」
  不二は何か呆気にとられたような顔をしたけど、すぐに笑顔でうなずいた。
  「うん。英二、道分かんないんでしょ。」
  「あっ、そうだっけ。じゃあなおさらじゃん。よろしくね。」
  俺がそう言うと、不二はおかしそうに笑って、あの明るい笑顔を見せた。
  「行こっか。」
  
  二人で玄関を出た。                                
                                            【続く】
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モドル
←ススム
第二話目ですね。
・・・・・・・・菊不二・・・・。
飢えているのでとても嬉しいです。
ありがとうありがとう。
受験なのに書かせちゃってごめんね。そして無理やり載せちゃってごめんね。
次もよろしくね。(鬼)