まだひらがなすらまともに書けないくらい幼い頃にピアノを始め、その頃父親がよく弾いていたのがベートーヴェンのソナタ『悲愴 第二楽章』だった。父親は、幼い頃にピアノを少しいじっていた程度だから、ピアノの音質はあまりよいとはいえないものだったし、手つきはぎこちなかったし、滑らかに弾くところもかたかたいわせていた。それでも幼い頃の私は『悲愴』という曲に強く心を打たれ、それ以来ベートーヴェンといえば、『エリーゼのために』でもなく、『運命』でもなく、『悲愴 第二楽章』というイメージが定着してしまった。ベートーヴェンの生涯はこの曲のように優しくて安らかなものではなかったはずだ。しいて言うならば『悲愴 第一楽章』にように激しく、『月光 第一楽章』のように暗い生涯だったのではないか、と思ったわけだ。